世界の隙間より
星 太一
『猛毒少年にご用心』
Prologue:「avaritia」
これはマモンが復活したその日に起きた出来事です。
僕はその瞬間から興奮が全然冷めなくて、本当に本当に嬉しくって!
何かしらの形でお祝い出来ないかと頭をウンウン悩ませたものでした。
* * *
「わーっ、わーっ! わーい! わーい!! マモンがいるっ、マモンがいるよーっ!!」
「ちょっとある……チコ、はしゃぎすぎですよ。まだ家はちっとも片付いていないんですからね! つまずいたりしたらどうするんですか!」
「えへへぇー、間違えてるやぁ」
「ちょっと! 本当にしっかりしてください!」
あれからセミみたいに離れなくなっちゃった僕をそのままに小屋まで帰ってきた僕ら。無理矢理ひっぺがされ、動いてるマモンをにまにま見つめる。
「生きてるなぁ、生きてるぅ」
「こら! ちゃんと働いてください!」
「はいはぁい」
やばいなぁ、表情筋ゆるっゆるで全然集中できないよぉ。
うふふ、怒ってるなぁ。怒ってるぅ。
部屋中を埋め尽くす封筒の山も今は全然平気。何なら見ていてとってもいい気分。だって、だって、この封筒ひとつひとつにマモンの指紋が付いているんだぁ。マモンの生きてる証拠がたっぷりついているんだぁ!
「何気持ち悪いこと考えてはニヤニヤしてるんですか。ほら、早く分類を手伝ってくださいな」
「ねーねーマモン! お夕飯は闇カフェで外食にしようよっ!」
「この片付け終わらないとどこにも行けないんですよ?」
「分かってる、分かってるからさ! 早くどっか行こうよ!! 新しい世界を早く案内したくて堪んないんだよ!」
「話聞いてましたか? これらの分類作業が終わらないと、いつまで経ってもどこにも行けないんですってば!」
腕にべたべた貼っつく僕をもう一度無理矢理ひっぺがして今度は向かい側に座らせてくる。
こんな感じも久しぶり。幸せだなぁ。
「分かってる、分かってるってぇ! で、これは何に使うの?」
「新しいギフト企画のための資料です」
「ぎふと……?」
「要は天狗の賽銭箱を中身ごと乗っ取るんですね。その為にはこのように入念な準備が必要なんです」
「わ……悪魔……」
「『強欲』、ですから」
そういってにこやかに笑む。
ああ、コイツは前からこういうやつだった。
「物理的に金が欲しいですよね、誰しも誰しも」
「天狗さんが許してくれるかなぁ」
「何をおっしゃいますか! お忘れですか? 名門貴族の出で立ち、富の化身とは私のこと!!」
「あれ。懐かしいな、それ」
「欲しいと思ったら絶対手に入れたい! モットーは命より金!! それが私、『強欲』のマモン!!」
……これ、無事に帰ってこれるのかな。
「まあ、そういう訳ですからこの大量の封筒を今日中に何とかしたいんですよ。良いから手伝ってくださいな。そしたらお夕飯でも何でもしましょう」
「はぁーい!」
元気よく手を上げた満足度星五つの語り部。
よっしゃ。見てろよー、マモン。
わくわくする約束パワーはな、凄いんだぞ!
――ん?
安心して。僕も自分で何言ってるか分かんないから。
* * *
数時間後。
「「はひー、疲れたぁ」」
一度凝り出したらキリがないこの二人。
最初はテーマごとにファイル
外は気付けばすっかり暗くなってしまっていた。真っ黒な背景にさっき飾ったカランコエの白が何だか映えてる気がする。
でもでもっ! 元気ちゃん座敷童はまだまだ動けますよおー! どこにでも行けちゃいますよぉー!! なんたって、マモンがそこに居るんだからねっ!!
――ん? そうだよ、僕も自分で何言ってるか分かってないよ。
「闇っカフェッ、闇っカフェッ!」
「はいはい、行きましょうね」
「やったー! あのね、あのね! 僕ね、僕ね! ハンバーグが食べたぁい!」
「分かりましたから。落ち着いてください、チコ」
「落っち着いてるよおー!」
「……。で、今回出かけるにあたってなんですが」
余りにはしゃぎ過ぎている僕を見なかったことにしてマモンは一人説明を始める。
「この格好のまま出て行ってしまえば、運命神か悪魔王に見つかってサクッと殺されてしまうので――」
「ええっ!? 何で!?」
途端に意識を引き戻された語り部。余りの内容の重さにびっくり。
「や、何でって……ここは偶々あなたの支配領域下だから見つかっていないというだけで私は一応罪びとなんですからね? 分かってますか?」
「その設定すっかり忘れてたよ」
「おばかさん」
そうクスリと笑っておでこにちょっとデコピン。
「でも流石は名門貴族の出で立ち、富の化身こと私!!」
「自分で言う?」
「もう対策方法を考えてあります」
「それは凄い! で、どんなどんな?」
おだてられてすっかりご機嫌なマモン。
得意げに目なんかつむっちゃって、口をぱかっと開けば――
「『運命の書』は『記憶の宝石館』内のリストと違って偽名にも対応しているんですよね。だからそれの裏をかいてみようと思いましてだのなんだの云々ぐだぐだ」
「……?」
「だからー、読者の皆様にはちょっと難し過ぎるかもしれない説明御託をいつまで経ってもぐだぐだぺらぺら」
「……、……??」
……えー。
要するに姿形を魔法で変えて、更には偽名を使って街に繰り出せばいい感じに見つからないというのだ。(最初からそうやって言え)
「という訳で変身っ!」
ぽんっ。
そうして彼は透明なライムグリーンの髪を肩の辺りでゆるく纏めた眼鏡男子に変身した。
わーっ、よくあるRPGの知的キャラっぽい。眼鏡の縁が白銀というのも何か良い。だって僕のモノクルとおんなじなんだもの!
「眼鏡、縁のところがお揃いだね」
「ふふ。お気付きですか」
そう言って頭を一なでり。雰囲気が変わって何だかお兄さんみたい。
「チコなら気付いてくれるって信じてました。双子コーデっぽくって良いでしょう」
「う、うん!」
声もちょっぴり変わってて胸の辺りがもそもそくすぐったい。何ていうかマモンじゃないみたい。
「で、お名前はどうするの?」
「名前はクピドゥスにします」
「……それも確か強欲って意味じゃなかったっけ? そんな安直でバレないかな」
「良いんです。私はスペイン語じゃなくってラテン語を使いたいんです」
分かるような分からないような理屈をこねつつ彼はそこに更にシルクハットと黒いマントコートを着用。それだけでお洒落にみえる長身がなんていうかずるい。
脚も何でそんなに細いかなぁ! おちびおちびって皆に頭ぽんぽんされる座敷童にその身長を分けろよ!
「さ、行きましょうか」
――でもそんな文句も彼の差し伸べた手ひとつで引っ込んでしまう不思議。
ぎゅ、としっかり握ってくれたその手に頬ずりをしてから僕らは小屋を出た。丘の上から見下ろす街灯やガス灯の明かりが星空みたいでとっても綺麗。
夜闇に白い息がほうっと溶けた。
それを見てマモンが僕の腕を自分の方へと引き寄せる。
「今頃あっちは初春の時節ですかね。語り部様が風邪などのようなしょうもない病にかかりませぬよう、気を付けて頂かないと」
「何かの皮肉なの?」
「やだなぁ、愛情表現ですよ。……鼻垂れてますよ」
急いで手元で覆って吸い込めば彼が笑いながらマントコートの中に入れてくれた。
恋人みたいで、ちょっと……照れる。
* * *
久し振りに来た闇カフェはいつもの通りごちゃごちゃしていた。
空いてる席を探しつつ喧噪をかき分け、無理矢理座る。さっき通り過ぎた席では何か密談っぽいのしてたし、酔った誰かに腕は引っ張られそうになるし、何か凄い色の煙を鼻やら口やら耳やら色んな所から出してる妖怪はいるしで本当に闇鍋状態。
座った時にはさっきのとは違う新たな疲れが……。
というよりも気になることがひとつ……。
「ねえ、マモ……クピドゥス」
「はい」
「さっきのひと大丈夫かな……」
「死んではないので大丈夫ですよ、きっと」
「きっとって……」
にこやかに言う台詞じゃないよ。それ。
「それより服は大丈夫ですか」
「え?」
「ほら。あの時、奴が持ってたグラスが割れて酒が飛び散ってたじゃないですか」
「……や、そこら辺は大丈夫だと思うけど」
「そうですか」
かかってたら賠償金も踏んだくれたのにな、なんてぶつくさ。
ねえ、酔った勢いで腕引っ張っただけなんだよ?
何か蘇ったことで悪魔感が余計増したような気がする……。
「ま。過ぎた話は置いておいて! 私、お腹ぺこぺこです! 何か食べましょう」
「そ、そだね! 食べよう食べよう!」
すぐ後ろを担架が通り過ぎてった気がするけど、もう多分気のせいだよね?
いや、気のせいなんだ。
気のせい気のせい気のせい気のせい気のせい……。
そうして運ばれてきた料理。
クピドゥスことマモンは最早お馴染みである高級黒糖麩菓子パフェ大盛にベーコンとホウレンソウのクリームパスタ。僕はシンプルにチーズハンバーグをチョイス。デミグラスがちょっと焦げたようなこの匂いが堪らない! 肺いっぱいに吸い込んだその瞬間にはもうよだれが垂れていた。犬じゃないんだから、と笑いながら紙ナプキンを差し出してくるクピドゥスことマモンに別にいいじゃん、なんて返す。
だってこんなに健康的な夕食は本当に久し振りなんだからさ。(大きな声で言ったら怒られちゃいそうなので黙っておく)
「随分とお久し振りだね、座敷童くん――や、今は語り部様になるのかな」
「店主さん、こんばんは。良いですよ、座敷童のまんまで。その方が僕も呼ばれ慣れてるし」
「じゃあ、座敷童くんで」
ひょっとこ面の店主が料理を運びがてら話しかけてくる。こうやって彼と話すのも下手したら『猛毒少年にご用心』第三話以来になるのかも。
「それにしても節約家な君が外食なんて珍しいね。ボーナスでも入ったの?」
「いや、実は――えっと」
「友人のクピドゥスです、初めまして」
僕が言葉に詰まりかけた瞬間新たな(嘘)設定をぺらりと喋るクピドゥスことマモン(もういい加減面倒くさいからこれからはマモンって呼んじゃうね)。
「今日は久方ぶりに彼の元を訪ねたので、記念にここで夕食を」
「あら、そうだったの! なるほどねぇ。ウチを選んで頂き誠に感謝至極」
「いえいえ」
「じゃあ、そのパフェは座敷童くんからのオススメってことになるのかな?」
「え?」
「だって、そのメニュー頼むのこれまで一人しかいなかったからさ」
そう言ってからから笑う。
そんな何気ない会話をふと耳にした男がいた。
友人二人とこれまた夕食を摂っていた情報屋の男である。
左隣にはホットミルクを飲む魔導士、右隣にはカメラ部分に油を注してる異形頭。自身は相変わらずウインナーコーヒーだ。
「どうしました?」
「いや……」
ビフテキを丁寧に切りつつデヒムが彼に尋ねた。尋ねられた当の本人は件の会話を交わす三人をじっと見つめてほぼ上の空である。
『放っておきましょ。きっとまた何かネタでも見つけてるんですよ』
スケッチブックに書いてこっそりデヒムに渡すレトロカメラ。
『またお会計こっちに押し付けてどっか行っちゃいますかね』
それにデヒムも筆談で返す。
『彼のことですから、恐らくは』
『守銭奴め。……何とかして仕返ししてやりたいですね』
『仕返し、ですかぁ?』
眉間にちょっと皺寄せたデヒムのその発言にびっくりした様子のレトロカメラが今だ向こうの会話に夢中の彼をちらっと見る。
『どっ、どどどどどどどうやって?』
『落ち着いて。良いですか? 心ここにあらず状態の彼を置いて私達二人はそっと離脱するんです』
『でっ、ででででででもあなたはまだ食事中じゃないですか』
『とはいえもうすぐ終わります』
『……なるほど』
『そしたらこの席には彼と領収書だけが残されている状況になりますから、そしたら――』
「おい二人とも、聞こえてんぞ」
そこまで書いた瞬間、向こうを見ながら言った彼の発言にびくっとなる。
聞こえてる……? 何が? どうやって?
二人で蒼い顔を見合わせる。
しかし何だか満足気な彼はそれ以上を追求しない。によによしながらようやく元の姿勢に戻った。
「ふふっ、なぁるほどなぁ」
『何か新しいネタでも見つけたんですか?』
レトロカメラが首を傾げつつ尋ねる。
それに彼はいつものように答えた。
「ん? なぁーいしょ」
『えーっ』
「また純粋無垢をからかって遊ぶ」
ほぼ呆れ返った口調で言う魔導士の言葉ものらりくらりと躱しつつ彼はへへっといたずらっぽく笑う。そしてコーヒーをホイップクリームごとずいっと飲み干した。上唇に付いた子どもっぽい白をぬらりとてかる舌が丁寧に舐めとる。
「さてと。そろそろ飲み直しと参りましょうか。皆俺の家に集合な」
『え?』
「え?」
と、突然彼から言われた言葉に二度びっくり。
『そろそろご飯食べ終わるとはいえ……』
「まだ来て間もないですよ?」
『いつものポテトもまだ来てないじゃないですか』
「それは俺がテイクアウトで持って帰るからさ。な?」
『……』
「……」
「支払いも俺の方でしておくから。木霊の部屋の方に集合ってことで! ――な? 良いだろ?」
わくわくを明らか隠し切れていない顔が無茶なお願いを繰り返してくる。
……なるほど。
「また悪だくみですか? Raymond」
最後のホットミルクをすっと飲み干し、デヒムがぽつり。
それに彼は――小沢怜はお、とでも言いたげな顔で反応した。
「……ばれた?」
――、――。
「店主ー! お勘定!!」
「あっ。れいれいさんだ」
僕がぽっと放った一言にマモンがちょっとムッとする。
「いつの間にあの野郎のことそう呼ぶようになったんですか」
「あ、勘違いしないでね。第七話で和解したんだよ」
「ふぅーん」
「そ、そんな目で見るなよ! 本当なんだってば!」
「……体買われたとかそういうのも本当に無いんですよね?」
「んなっ! そんなことれいれいさんがする筈無いじゃないかぁ!」
「どうだか」
念押しで首筋なんかをちらっと確認してくる。だからそんなんじゃないって!
「何? 嫉妬か何か?」
「いや、そうじゃないですけど……」
「ご存知とは思いますけど、アイツが運命神と一番距離が近――わっ」
「わわっ、すまん!」
――と。ゲラゲラ楽しそうに歩き回る能面の老爺にドンっと体を押されたれいれいさん。勢いよくマモンの背にぶつかってしまった。
瞬間。
「よう。久しいな、アウァリティア」
「――!!」
マモンが脊髄反射的にナイフを引っ掴み、喉元目掛けて振った。しかし彼は涼しい顔でそれを受け止め尚も耳元にひっそり囁いてくる。
「やめとけよ。ここは公の場なんだぞ? 自ら己の正体を暴露してるようなものじゃないか」
「それに俺はお前さんの弱味を二つも握ってる。ちょっと叫べば一発よ」
「正体がバラされたくなかったら大人しく付いてこい。……買いたいものがある」
気付けば既にチコの腕が静かに握られている。
コイツにはこういう所があるから何というか好きじゃない。嫌いでもないだけだ。
対抗するかのようにチコの腕をこちら側に引っ張りながら悪魔はそっと呟いた。
「……、……良いだろう。欲しい物は何だ?」
「それは追々話すさ、クピドゥス」
自分の思い通りに事が運んで嬉しそうな怜はそのままこちらの席の分まで金を支払ってくれた。
気前が良いとかそういうんじゃない。これからこちらから買う情報がそれだけの価値を持つということなのだ。
宝を得るために必要な経費。
体が緊張で強張って仕方ない彼とは違ってチコは憧れのれいれいさんの車に乗れる! と終始嬉しそうだった。
* * *
「ほいっ! 皆お待たせーっ、デザートの雲パンだよぉ!」
『「わーっ! 美味しそうーっ!!」』
チコとレトロカメラが出されたケーキみたいなパンに大喜び。早速レトロカメラが愛用のケーキナイフで四等分していく。因みにお気付き・ご存知の方も多いとは思われるがレトロカメラには鼻と口がないので、ああは言っていたが永遠にこれを賞味することができない。
唯、彼は店主が美味しい美味しいと喜んで食べてくれる姿が見たい。
『ちょっと……切りにくいですね』
「はは、お砂糖たっぷりだからな。その代わり食感は保証するぜ」
「卵の良い匂いですっ、れいれいさんっ!」
「だろー? しかもな、めっさ簡単なんだぜ? 卵白と片栗粉とお砂糖をガショガショ混ぜて、形整えてオーブンにぶち込むだけ!」
「へぇー!」
「ちこりんも作ってみなよ」
「僕に上手く作れるかなぁ」
「大丈夫さ。いざって時はくっぴんが手伝ってくれるだろ」
『詳細な分量や時間などはインターネットを検索してくださいねっ』
……何か、著作権侵害防止のための丁寧な台詞があった気がするなぁ。
「どれ、お味見」
デヒムさんがひとつ、丁寧にクッキングシートから剥がしてぱくり。
「あ、美味しい」
「ふわふわぷにぷにですっ!」
「いけいけだろ!」
嬉しそうに僕に向かって微笑んだ後、いたずらっぽい笑みをによりと浮かべて彼はマモンの方を見た。
「くっぴんは食わないの?」
「私はくっぴんじゃないです、クピドゥスです!」
「ま……じゃなかった、クピドゥスー、そろそろお腹が苦しいよー」
「運命神にチコは渡しませんから!」
「誰も狙っちゃいねーよ」
はむっとパンを頬張りながらそう言った彼の言葉にマモンが突如ハッとなる。縫いぐるみを大事にする少女が如く僕を膝の上で抱っこしてた彼がぽかんとしながらこっちを見た。
「あれれ……あ、ああ、そっか。そうだったっけ……」
「おいおい頼むぜー。しっかりしろよぉ!」
ガハハと豪快に笑ってマモンの目の前にはいっと改めて雲パンを差し出す。
「ほれ。れいれいさんからプレゼントだぞぉ」
「その自称、何とかならないんですか?」
「良いじゃねぇか、ほら食えよ」
「何かこの後恩着せがましく情報搾り取ってきそうだから嫌です」
しかめっ面でそう言ってぷいっ。
「……、……何でバレたんだ」
「逆に何でバレないと思ったのかをお聞かせ願えますか」
ホットミルクを口に含んだデヒムさんがぼそっと言う。
それはそう。本当にそう。
「じゃ、じゃあさ! そういうのはしないからさ! 食べるだけ食べてみて! 今日初めて作ったけどマジで旨かったんだよ!」
「……」
「なっ?」
「……また後で食べますね」
「ええーっ!?」
「それよりも今はこちらの疑問について教えて頂きたい」
今までぷいっとそっぽ向いてたマモンが改めてれいれいさんの方に腹を向け、真剣な眼差しでじっと見つめる。
その強張った空気にその場にいた全員がじ、と緊張した雰囲気が伝わってきた。
「そうです……」
「私達を店で脅迫してまでここに連れてきた理由です!」
ビシーッと指差されたれいれいさん!
その言葉に友人二人がぐるりと顔を向けた!
「最低ーっ!」
『誘拐だァーっ!!』
「そっ、そんなっ、脅迫なんかっ!」
「遂に人間としての良心も捨てましたか」
「してないって! 俺してないってぇ!!」
「いや、これは読者の皆様にジャッジしてもらう必要がありますね」
「誤解だってばぁ! 信じてよぉー!」
『えーらいこっちゃ、えーらいこっちゃ』
友人に詰め寄られる涙目のれいれいさん。その周りをまわりながらレトロカメラさんが混乱の言葉をええじゃないかの要領でばら撒き続ける。
「違うんだよぉ! 俺はただ! 今度出るスピンオフの内容が欲しかっただけで!」
「まーたそんなしょうもない事のためにひとを脅して!」
「ひーん!!」
……スピンオフの、内容?
彼らの追いかけっこを雲パンもすもすしつつ、ぼんやり眺めながらふと考える。
「あれ。若しかして僕ら非常にヤバイ状況だったりする?」
「だからずっと言ってるでしょうに!」
これは逃げるしかないです、と小声で囁いてくる。
う、うーん。こういう時って、やっぱそうした方が良いのかなぁ。
「どうやって挨拶して帰ろうか」
「そんな挨拶してる暇なんて――!」
そうやってマモンが立ち上がりかけた時、れいれいさんがふと物凄く小さな声で、こんなことをぽつりと一言。
「や、実はさ。その……」
そのいつもの彼からは全く想像できないような表情にその場がドキリとして静まり返る。――いや、それは僕だけだっただろうか。今となってはもう分からない。
目を泳がせて何だか辛そうに、唇を震わせている。
恰好は唯、デヒムさんの叱責から己をかばってるちょっとお茶目なおじさん。それだけでしかないのに。
何だかそこに重い蒼が充満してる。
「いや、そう、じゃなくて……」
――しかしそれは一瞬だった。
「ほら。お金になるじゃん? 未公開エピソードってさ!」
「……」
「俺、お金だーい好きだから! 高値で売りたい訳よ!」
一瞬間後にはおどけた様子でにっこり笑ってそんなことを。
「騙されないでくださいね、二人とも。コイツの本心がどこにあるかなんて彼自身にしか分からないんですから」
「ありゃまっ、デヒムくんひどぉーい!」
「お涙頂戴なんてアンタの常套手段でしょうが」
「それはっ――! そ、うなんだけどさ!」
そう言ってはまたけらりと笑う。
ほらっ、酒のつまみにもなるでしょう? なんて冗談もいっぱい吐き飛ばしてる。
でも――何だか。
……。
……、……。
……、……、……。
「何話構成になるかは、まだ分かんないんですけど」
ぽとぽとと言葉を丁寧に紡ぎ始めた僕に、その場の誰もが驚愕した。
「沢山のキャラクタが色んなものをのこしていってくれました」
「チコ……」
咎めようとするマモンの手を制止してゆっくりと彼のルビーの瞳を見つめた。
分かって。
その言葉は彼には伝わっただろう。
「彼らの物語の中の、どれが欲しいかは僕には分かんないけど……」
「大事に胸にしまってくれるなら、話しても、良いかも」
「まずは、コーヒー淹れても良いですか」
* * *
昔々。
南の守護天使を目指して日々の鍛錬に励む少女がいた。
彼女の名はセレナ。
俺は彼女と共に、天使の最上位に就く――筈だった。
(つづく)
世界の隙間より 星 太一 @dehim-fake
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