第36話 美しすぎるプログラマは意識も高すぎる
―1週間後。
女学院代表としてメイカーフェアで展示する、『プロジェクションマッピング・ドレス(仮称)』の準備は、着々と進んでいる。
これまで全くプログラミングに興味がなかったチア部メンバーが、ルイ達の手ほどきにより、放課後、毎日のように学校のパソコン室にせっせと集い、オリジナルのモノグラムをデザインしたり、いろいろな複雑な模様の変化をつくりはじめたのである。
チア部の一部の部員がみずからプログラミングをやりはじめ、プログラミング部の提案に賛成してしまっているので、ルイ達のことが気に入らないチア部のリーダー・櫻井エリカも、さすがにそれを認めないわけにはいかなくなってしまった。
皆、思い思いにデザインしたドレスの形に白い紙を切り抜き、プログラミング言語Processingで作り出した模様をその紙に投影して、試行錯誤を繰り返している。
皆が、ドレスのプロトタイピングに夢中になりはじめた。
すべてが、プログラミング部に良い方向に動き始めていた。
…だというのに、都立日比岡高校に所属するプログラミングアイドル兼メイカーフェア・コンサルタントである下条ともみが、放課後、ヅカヅカとくすのき女学院に乗り込んできたのである。
「さすが偏差値58の元お嬢様学校…現在は斜陽の伝統校だわね。運動部で脳筋してるか、男子にモテることしか考えてなさそうな頭カラッポの女子たちしか見当たらないわ」
放課後のくすのき女学院を歩き回って見学をしてきたばかりのともみが、パソコン室の後ろでチア部の様子を見ながら、キツすぎる分析をした。
ちなみに、ともみが通う都立日比岡高校は、偏差値70のSランク名門校である。
「はいはい、意識高い系女子高生さんよ。いったい、何しに来た」
「なるほどね。Processingで模様を投影してつくるドレスのショー…あんたたちにしては、なかなか考えるじゃないの。見直したわよ、ルイ」
ともみがルイのほうを向いてニヤリと笑った。
「高校生ブースに共通するテーマとして、最近流行りの『SDGs』、持続可能な開発目標というテーマを考えたの。それにしたがって、出展する出し物の内容を少し変えてもらう必要があるわ」
「…おい、あのチア部のメンバーを見ろ。プログラミングなんて全然興味がなかったのに、好きなバッグの模様を再現してみたら、けっこうハマってて、今は自分のブランドの模様をつくろうとしてる。
アタシらは、単純にモノをつくるのが楽しいから、これをやってるんだ。環境問題とかジェンダー平等とか、よくわかんねえ意識高いテーマを勝手に付けられても、正直困る」
ルイが真剣な目でともみに反論を開始すると、ともみが、ププッ、と突然吹き出した。
「おい、なにがおかしい」
「フフフッ…、ハハハッ‼ ほんと、馬鹿正直ねえ、ルイって。
私だって、地球環境のことなんて真面目に考えちゃいないわよ」
「はあ?」
「これはね、大人へのアピールなの。より多くの大人たちに注目されることで、いいことがあるかもしれないわよ。お金出してくれる企業が現れて、結果的によりよい展示物が作れたら、ルイだってハッピーになれるじゃない?」
「…」
ルイが唇を噛んだのは、ともみの言ったことがそう間違っていないと認めたからだった。
実際、そうなのだ。ともみがメイカーフェアのPR担当として、華々しくネット上で告知されてからというもの、いくつかのIT企業から、メイカーフェアに参加する高校生のために、プロジェクションマッピング用のプロジェクターや、小型コンピューターを無償で貸与してくれる大人たちが現れたのである。ともみのバツグンの影響力によって、実際にはルイは恩恵を受けているのだ。
「…じゃあ、お前は心にもない、ウソをいってるってことか」
「ウソをつくことだって、世の中渡っていくには大切なのよ、ルイ」
ルイは、ウソをつけない。
ウソを言えなかったから、うまいようにプレゼンのスピーチができなくて、去年のハッカソンで負けた。
ウソを言えなかったから、自分で開発したゲームの良さを説明できなかった。
ウソを言えなかったから…。
今までしてきた失敗はすべてそのせいだったような気がして、ルイはうなだれた。
ともみのように、思っていないようなことでもうまく利用して伝える能力があれば、自分にももう少しいろんなチャンスが回ってきたのだろうか?
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