第143話:ガストン

「巫女?」


 ガストンの言葉にルークの眉が微かに上がる。


 ガストンは薄ら笑いを浮かべながら話を続けていた。


「てめえらクランケン氏族だけが巫女さんを専有してちゃ不公平ってもんじゃねえのか?鎮神祭には巫女の祭事が必要だってのによお。ところがここにおわすキール様ときたら俺たちが何度頼み込んでも来やしねえ。だからこうしてご足労願いに来たってわけよ」


「ふざけるな!!祖先の功労に報いず魔族に島を売り渡そうとしている貴様らが祭事など軽々に言うな!」


 キールが顔を真っ赤にして怒っている。


「ガストン、二度は言わないぞ。今すぐ、キールを、下ろすんだ」


 エラントが血の気の引いた顔でガストンを見据える。


 その手には腰に差していた短刀が握られていた。


「おいおい、今夜は鎮神祭じゃなかったのかよ。そんな神聖な夜を血で汚そうってのか?だがてめえらがその気ならこっちだって受けて立つぜ?」


 ガストンの全身から殺気が膨れ上がる。


 周囲の空気が張り詰めていく。


「そこまでにしてはどうですか」


 静まり返った浜辺に凛とした声が響いた。


 声の主はルークだった。


「誰だあ、てめえは?」


 ルークは物怖じすることなく足を進めるとガストンの前に立った。


「僕はアロガス王国から来たルーク・サーベリーと言います。そちらのキールさんに招待されてこの島に来ています。キールさんを放していただけますか」


「ああ!アロガス王国から来ただあ!?じゃあてめえは低能なクランケン氏族を操っていやがる人族の一味かよ!」


 ガストンは憎々しげに吠えるとエラントを睨みつけた。


「人族のクソを島に招き入れるたあどこまで堕ちてやがんだてめえらはよおっ!てめえらこそ島の恥じゃねえか!」


「その人は関係ない!キールが勝手に呼んだだけだ!」


 エラントが怒鳴り返す。


 もはや一触即発の状態だ。


 その場にいる誰もが暴力沙汰になることを覚悟しかけていた。



 パァァン!



 浜辺に強大な破裂音が響いた。


「うおっ!」


「な、なんだっ!?」


 エラントとガストンが思わずたじろぐ。


 それはルークが両手を叩き合わせた音だった。


「て、てめえ!驚かせんじゃねえよ!」


 気色ばむガストンに向かってルークが左手を突き出した。


「まずはキールを放してください」


「うおぅっ!?」


 ルークが指を鳴らした途端にガストンの右腕が抱えていたキールを放す。


 浜辺に着地したキールはすぐにルークの下に駆け寄った。


「て、てめえ……何者だ……」


 肩の付け根を押さえながらガストンが睨みつける。


「さっきも言いましたがアロガス王国のルーク・サーベリーです」


「そうじゃねえ!てめえ、俺様に何をしやがった!てめえみてえなお坊ちゃまがどんな手品を使いやがったんだ!」



 ガストンが吠えた。


 しかしその獰猛な態度とは裏腹にガストンは今しがた自分の身に起こったことに怖気を振るっていた。


 ルークが指を鳴らした瞬間に痺れるような衝撃がガストンの腕の付け根を襲ったのだ。

 キールを抱えていられないほどの強烈な痺れは今もガストンの右腕をうずかせている。

 目の前の吹けば飛ぶような優男が何をしたのかガストンには全く理解できなかった。


 魔法のように見えたが詠唱を行ったようには見えない。


 それどころか魔法が発生したことすら感知できなかった。


 これはガストンにとって未知の経験だった。


 本土から来た恰好だけの軟弱ものだと高を括っていたが、今やガストンの眼にはルークが得体のしれない存在として映っていた。


 知らず知らずのうちに背筋を冷たい汗が伝う。



 ガストンが驚き恐れるのも無理はなかった。


 ルークは指を鳴らした瞬間に左腕に埋め込まれている挿植魔法インプラントで極小の雷撃魔法を発生させたのだ。


 視覚で感知できないほどに小規模で極短時間の魔法だったが、ガストンの神経を一瞬麻痺させるには充分すぎるほどの威力を持たせていた。


 正確に神経の場所を解析できるルークにしか行えない魔法だ。



「てめえは……何者だ……」


 冷や汗を流しながらも精一杯虚勢を張るガストン。


 その背後にいた若者が何かに気付いたように耳打ちをしてきた。


「ガストン、こいつひょっとしてあれなんじゃねえのか?ほら、あのベヒーモスを倒したっていう……」


「なにぃ!?」


 ガストンの眼が大きく見開かれる。


「アロガス王国から《ベヒーモス殺し》が来てるって噂だったが……それがてめえなのか!」


「そんな風に呼ばれてるんですか」


 苦笑しながら頬を掻くルークをガストンは信じられないというように見つめていた。


「馬鹿な……こんな小枝みてえな野郎が……ベヒーモスを倒したってえのか!ありえねえ!」


 だがガストンの勘はそれが真実であると囁いている。


 そして今も疼く右腕がそれを実証していた。


 ガストンは粗暴であることを自他ともに認めていたが、その本質は慎重であり特に最後の判断では自分の勘を頼りにしていた。


 現にそれで何度も命を救われてきた。


 それ故に自分の勘に背くわけにはいかなかった。



「クソ……わかったぜ、てめえらの狙いがよ」


 ガストンが忌々し気にエランとを睨み付ける。


「てめえら、こいつを用心棒として呼び寄せやがったんだな!この卑怯共が!てめえらの力で立ち向かうこともできねえのかよ!」


「いや、我々はそんなことは……」


「僕も別に用心棒で来たわけでは」


 エラントとルークが否定してもガストンは聞く耳を持とうとしない。


「そっちがそういうつもりならこっちにだって考えがあるぜ。ちょうどこっちも用心棒を雇おうと思ってたところなんだ。こうなった以上引っ込みはつかねえぜ。俺たちの用心棒を見て後悔するんだな!」


 吠えるだけ吠えるとガストンは手下を連れて去っていった。


「あれは……いったい何だったの?」


「さあ?」


「何を呑気なことを言ってるんだ」


 顔を見合わせるアルマとルークにエラントが深いため息をついた。


「君たちのせいで大変なことになってしまったみたいだ」


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