第142話:クランケン氏族の宴会

 陽気な楽器の音色が夜の浜辺に漂っていた。


 かがり火に灯された人の輪の中心で不思議な恰好をした村人たちが踊っている。


「どう、楽しんでる?」


 キールがルークの横に座り込んだ。


 真っ赤な鳥の羽をつけた髪飾りをつけ、体にはきらびやかな装飾品を幾つもまとっている。


 さっきまで踊りの中心にいたのだ。


「うん、しかし凄いものだね。こんなお祭りは初めて見たよ。それに踊りも。あれは何か謂れがあるのかな?」


「そうだろう?これはクランケン氏族に代々伝わる言い伝えを元にした踊りなんだ」


 キールは得意そうに胸を張ると奇妙な装飾を身にまとって踊る2人の男を指差した。


 1人は暗灰色の巨大なお面を被り、体にも同様の甲冑を身にまとっている。


 もう1人は白く長い帯を幾本も身体から垂らし、真っ白なお面を被っている。


「あれは昔この近隣に現れた2体の神獣を模してるんだよ。そしてあたしがその神獣を鎮めた女神ってわけ」


「なるほど、昨日のパーティーでも聞いたけどこの付近に伝わる女神伝説を伝えているんだね」


「そう!この島はその2体の神獣を封印した時にできたと言われてるんだよ。あたしたちのご先祖は女神さまを助けた褒美としてこの島を与えられたと言われてるの。だから今もこうして女神さまを讃えて毎年お祭りを開催してるってわけ」


 キールは立ち上がるとルークに手を差し出した。


「さっルークも踊ろ!」


「いや、僕は……大事な踊りに混ざっちゃってもいいのかな?」


「構わないよ!踊りはみんなで楽しむものなんだから!」


「キール!」


 キールがルークの手を引っ張ろうとした時、人の輪の外から声が上がった。


「無事だったのか!」


 人の輪を断ち割るように進んでくる人影が見える。


 それは端正な顔立ちをしたキールと同年代くらいの若者だった。


 後ろに同じような年頃の若い男を数名控えている。


「エラント……」


 若者の姿を見た途端にキールの顔にうんざりしたような表情が浮かぶ。


 エラントと呼ばれた若者はキールの目の前に立つといきなりその両肩を掴んだ。


「キール、心配したんだぞ!ドーキンに襲われたと聞いたけど無事なんだろうね?」


「大丈夫だってば」


 ぶっきらぼうな口調でキールがその腕を払う。


「だから言ったんだ、本土に行くのは危険だと。君だってわかっているんだろう?今の島が緊張状態にあるってことを。いつ何時襲われたって不思議じゃないんだ。それに君はただの一般人じゃない。君の決断が島の行く末に影響を与えるということをもっと真摯に……」


「そんなこと言われなくたってわかってる!」


 苦言を呈するエラントにキールが爆発した。


「今の島が危険なことくらいあたしだってわかってる!あたしだって行きたくて行ったわけじゃない!でもしょうがないじゃん!あそこで断ってたらどうなるのか、そのくらいエラントだってわかるでしょ!」


「キール……」


 たじろぐエラントだったがキールの怒りは全く収まる様子がない。


「だいたい心配したなんていってもあたしの心配じゃないじゃん!あんたはいつだって一族一族そればっかり!」


「いや……それは……キール、僕だって若衆頭という大役を仰せつかっているんだよ。だからどうしても村のことを考えなくちゃいけないんだ。それをわかってくれないか」


「だったら心配したなんて上辺だけの言葉を使うな!」


 叫ぶとキールは走り去っていった。


「キー……」


 伸ばしたエラントの腕がやがて力なくうなだれる。


「なんで……わかってくれないんだ……」



「あの……キールは……」


「何しやがる!」


 ルークがエラントに話しかけようとした時、遠くで叫び声がした。



「あれはキールの声だ!」


 叫ぶなりルークは駆け出した。


「ルーク、私も行く!」


 アルマがルークの後に続き、その後からクランケン氏族も追いかけてきた。


 闇の中をかけていく影が見えた。


 1人ではなく数人の集団だ。


「待て!キールをどうするつもりだ!」


 キールが暴れているせいかルークたちは容易にその集団に追いつくことができた。


「チッ、追いつかれちまったか」


 それは野獣を思わせる屈強な体躯と鋭い眼差しを持った若い男だった。


 顔と体にはキールたちクランケン氏族とは違った模様のタトゥーが彫られている。


 キールを小脇に抱え、後ろには幾人もの男たちを従えていた。



「ガストン!」


 エラントが叫ぶ。


 その声を合図に浜辺が緊張に包まれ、村人たちが一斉にガストンを取り囲んだ。


 誰もがナイフを手に険しい顔で闖入者を睨み付けている。


「ガストン、リヴァスラ氏族の貴様が何の用だ!今夜は神聖なる鎮神祭だぞ!」


 エラントがリーダーと思しき男に詰め寄る。


 しかしガストンと呼ばれたその男は全く動じることなくせせら笑うようにエラントを見下ろしていた。


「そういきり立つんじゃねえよ、エラント。自慢の色男が台無しだぜ」


「ふざけるな!そんなことよりもキールを今すぐ放せ!」


「そうだ!さっさと下ろせ!あたしは物じゃないぞ!」


 ガストンに抱えられたキールが腕を振り回して怒鳴る。


「そいつは聞けねえ相談だなあ。なんたって今夜は鎮神祭の大事な夜だからなあ」


 へらへらしながらガストンが嘯く。


「鎮神祭の夜に巫女が必要だってことはお前らにだってわかってんだろ?だからこうして迎えに来たってわけよ」


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