第132話:イアムへ

「うわぁ~!」


 王族専用の竜車の窓から顔を出したアルマが歓喜の声をあげる。


「見て見て、ルーク!海だよ!」


「ほんとうだ!本当に海は水がどこまでも広がっているんだ……」


 アルマの隣から顔を出したルークも驚嘆の声を漏らす。


 丘の上を進む竜車の眼下には白い砂浜を縁取るカラフルな家々と果てしないエメラルドグリーンが広がっている。


「綺麗……本当に天国みたい」


 アルマは感動の吐息を漏らす。


 ルークも息をするのも忘れたように彼方を見つめていた。


「あの果てには何があるんだろう……師匠は世界は丸く繋がっていると言っていたけど、本当に海の向こうに進み続けたら戻ってこられるんだろうか……」


 竜車はイアムの街の中をゆっくりと通り抜けていく。


 広々とした道路では鮮やかな大輪の花が満開となった街路樹が芳しい香りを放ち、その下に並ぶ屋台が美味しそうな匂いを漂わせている。


 そして通りには開放的な格好をした男女が笑顔を振りまきながらそぞろ歩いていた。


「す、凄い……みんな水着で歩き回ってるんだ……嘘、あんなのほとんど裸じゃない……!は、犯罪じゃないのかしら……」


 アルマは赤くなったり青くなったりしながら食い入るようにイアムの街を見つめている。



「……?」


 一方でルークは街の様子に妙な違和感を覚えていた。


(おかしい……なんでこんなに兵士の数が多いんだ?)


 竜車が一区画進むまでの間に必ず数名の兵士を目にする。


 これはセントアロガスでもあり得ない密度だ。


 南国だからなのか装備は軽量だが完全に武装していていつでも戦いに出られると言った雰囲気を見せている。


「すいません、イアムって治安が良くないんですか?」


「いえ、そのようなことはございません。ただここは魔界と国境を接していて緊張状態が続いておりますゆえ、兵士も多く駐屯しているのでございます」


 同行してきたナイチンゲール家付きの執事 ― 名前はアルフレッド・レーベンといった ― が真っ白になった顎髭をさすりながら答える。


「それでは王族がここを訪れるのは……」


「はい、属領への往訪問及び魔界に対するけん制の目的も多分に含まれております」


「そうなんですか……」


 ルークは竜車とは思えぬくらい柔らかな座席に深く身を沈めた。


 二週間という長い旅程も全く苦にならなかったのはこの竜車の座席のおかげだ。


 窓の外ではこの世の悩みなど存在しないのではないかと錯覚してしまうような平和な光景が広がっている。


 しかしそんなイアムも世の理、政治的軋みと無縁ではないのだ。


 これがフローラの言っていたことなのだろうか。




「見て、ルーク!魚人も歩いてるわ!わたし魚人なんて見るの初めて!ここって魔族もたくさんいるのね!」


 ルークの思案をよそにアルマは嬉しそうにはしゃいでいる。





 ルークたちを乗せた竜車は海岸沿いを高台に向かって進んでいく。


 高台の上には遠目にも鮮やかな宮殿がそびえていた。


 白磁のような白い壁に海の色と同じ碧蒼色エメラルドグリーンの屋根を戴いている。


「あちらがおふた方の滞在される碧蒼宮へきそうきゅうでございます」





   ◆





「ようこそおいでくださいましたサーベリー卿ならびにバスティーユお嬢様」


 碧蒼宮へきそうきゅうに到着すると1人の貴族が出迎えてきた。


「サーベリー卿、アルマ様、こちらはオーブリー伯爵オミッド・ウィルキンソン卿にございます。ウィルキンソン卿にはここ翠碧宮の管理をしていただいております。此度の滞在も取り仕切っていただくことになっています」


 アルフレッドが長身痩躯のその男をルークたちに紹介した


「ご紹介に預かりました、吾輩南方領土サウザンテリトリーの監督官をしておりますオミッド・ウィルキンソンと申します。お会いできて光栄至極にございます。どうぞ、吾輩のことはオミッドとお呼びくださいませ。親しい友人たちはみなそう呼んでおります」


 オミッドが若干芝居がかった所作でルークたちに挨拶をする。


「お初にお目にかかります、ナレッジ伯爵ルーク・サーべりーと申します。この度は歓待していただきありがとうございます。こちらはランパート辺境伯のご息女アルマ・バスティーユです」


「アルマ・バスティールです。よろしくお願いします」



「これはこれは!お噂はかねがね聞いておりましたが、それ以上のお美しさですな!アルマ様がビーチにいけば他の女性共はみな恥じ入って海から出られなくなってしまうでしょう!」


 オミッドは大げさな身振りと共に2人を促した。


「ささ、まずは長旅でお疲れでしょう。部屋へ案内しますからどうぞおくつろぎください」



 案内されたのはセントアロガス市民の平均的な家よりも遥かに広い豪奢な部屋だった。


 当然各部屋に風呂とトイレが付き、ルークとアルマの部屋は室内の扉で自由に行き来できるようになっている。


「こちらはフローラ様が滞在する時に使われている部屋でございます。食事はこちらでもダイニングルームでも好きな時にとることができます。何かありましたら私が隣室におりますので、いつでもお申し付けください」


 同行してきたアルフレッドはそう言うと一礼して去っていった。



「……すっごいね。流石は王族だわ」


 ベッドに身体を投げ出したアルマは目の遥か先にある天井を見ながら溜息をついた。


「私の部屋が幾つ入るんだろう」


 辺境伯の娘とは言え質素堅実を旨としているバスティーユ家と王族とでは暮らしぶりに天と地ほどの差がある。


「王族が休暇で使う離宮だからね。日常を忘れるために特に贅をつくしてあるんじゃないかな」


 窓を大きく開け放つと目の前に青空とエメラルドグリーンの海が飛び込んできた。


「今はフローラさんの好意に甘えて楽しむことにしよう」


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