第3章:南海の決闘

第131話:フローラの招待

「ルークさん、アルマさん、南国に興味はありませんか?」


 フローラがそんなことを切り出してきたのは春というには肌寒い空気が街を吹き抜ける頃だった。


「南国……ですか?」


「ええ、今の時期は素晴らしいですよ。雨も少なく、木々の花が一斉に咲き誇ってまるで天国のようなんです」


「フローラ様、それってイアム地方のことですか?」


 目を輝かせるアルマにフローラが頷く。


「その通りです。我が国屈指の保養地として国内外にその名が知られていますね」


 その名はルークも耳にしたことがあった。


 イアム地方、南方領土サウザンテリトリーとも呼ばれるアロガス王国の最南端に位置する領土だ。


 南洋に面していて風光明媚な場所としても知られている。


「イアム地方には王族の保養地もあり、毎年今の時期に休暇も兼ねて1週間ほど滞在するのが慣例となっているのです。ただ今年はどうしても外せない用事ができてしまって……」


 フローラは困ったようにため息をつくと2人を見た。


「どうしようかと考えあぐねていた時にあなた方のことを思い出したのです。よろしければお2人でいかがですか?宿泊と食事は王族の屋敷を提供しますから」


「いいんですか!?」


 アルマが身を乗り出した。


 その眼が爛々と輝き、鼻息も荒くなっている。


「ちょ、アルマ、そんなに勢い込んじゃ……」


「もちろんですよ」


 たしなめるルークにフローラは柔らかな笑みを浮かべながら頷いた。


「それにお2人にはベヒーモス討伐の褒賞がまだでしたよね。良い機会ですのでのんびりと骨休めをしてくださいな」


「そ、そうですか……フローラさんがそうおっしゃるのであれば……」


 アルマの気持ちはルークにもわかっていた。


 イアム地方と言えばセントアロガスの若者たちの間で憧れの行楽地として君臨している名所だ。


 名家の子息子女の中には毎年必ず行くという者も少なくない。


 アルマがイアム地方のガイドブックを見ては羨望の溜息をついていたのも一度や二度ではなかった。


 ルークの返事にフローラは嬉しそうに手を叩いた。


「良かった!今年は王族の者が誰も行けなかったから気を揉んでいましたの。どうぞ気兼ねなく過ごしてくださいね」





     ◆





「イ、ア、ム♪イ、ア、ム♪」


 アルマは嬉しそうに鼻歌まじりで荷物を詰め込んでいる。


「いいな~あたしも行きたいのに」


 その横でシシリーが悔しそうに鼻を鳴らした。


「なんだってこの時期にセントアロガスの商工会議があんのよ。しかも絶対出席なんて」

「しょうがないじゃない、シシリーはメルカポリスでの件を報告しなくちゃいけないんだから。こっちの方が良いかな?でもルークは水色よりも白の方が好きかな?」


「あんた……ひょっとしてあたしがついていかないのを喜んでない?」


 心ここにあらずといった様子で服を選んでいるアルマをシシリーがジト目で睨む。



「べ、別にぃ~。そ、そんなことないよぉ?シシリーと一緒に行けなくて残念だと思ってるよぉ?」


 慌てて取り繕うアルマだったがその眼は完全に泳いでいる。



「まあ別にいいんだけどさぁ……」


 ため息をつきながらシシリーはアルマのトランクから水着を引っ張り出した。


「流石にこの水着はダサすぎでしょ。今時子供でも着ないっての。あたしが選んだ奴があるじゃん、あれ持っていきなよ」


「あ!あんなの着れるわけないでしょ!ほとんど紐よ!紐!あんなの着たらルークに嫌われちゃうでしょ!」


「あんたねえ……未だにそんなこと言ってるわけ?ルークには紐の中身まで見せてんでしょうが。今さら何を恥ずかしがってんのよ」


「い、言い方!それに……ルーク以外に見せるのが嫌なの!」


「じゃあ何のためにイアムに行くのよ。まさか海にまで普段の修道女みたいな恰好で行くつもりじゃないでしょうね。それこそ引かれるってえの」


「う……そ、それは……」


「いいこと、アルマ」


 シシリーがアルマの肩に手を置く。


「あんたたちが行くのは恋人たちの聖地イアムなのよ?イアム旅行がきっかけで婚約、結婚まで進んだカップルなんてセントアロガスの屋台よりも多い位なんだから。ここで更に一歩踏み出さないでどうすんのよ?」


「そ……それは……そう……かも……だけど……」


「アルマ、イアムでは誰もが開放的な気持ちになるというわ。それはあの堅物のルークだって例外じゃないはず。あなたの新たな一面を見せつけてルークの心を鷲掴みにしてやるのよ!」


「そ、そうかな……」


「そうよ!イアムの太陽でこんがりと焼かれたアルマの巨大なおっぱい、これに落ちない男はいないわ!」


「やっぱやめた」


「なんでよ~いいじゃ~ん」


「あんた絶対に面白がってるだけでしょ!」


 2人の騒ぎはいつ果てるともなく続くのだった。






「こんなもんかな」


 一方でルークも荷造りを済ませていた。


 アルマと違って小さなトランク1つに着替えや生活用品など最低限のものを詰めただけのシンプルな旅支度だ。


「まさかこんな形でイアムに行くことになるなんてね」


 ルークはそう独りごちるとベッドに寝転ぶと頭の中でフローラの言葉を思い出した。


 あの後、ルークだけ呼び戻されたのだ。


「あなたに特別にお願いしたいことがあるのです


 2人きりになるとフローラはそう切り出してきた。


「イアム地方、南方領土は我が国の保養地でもありますが、同時に政治的に繊細な場所でもあります。ですのでそこで見聞きしたことを私に教えてほしいのです」


「僕がですか?」


「他ならぬあなただからです」


 フローラはそう言って微笑んだ。


「私たち王族ではどうしても目の届かぬ場所が出てしまいます。あなたでしたらそのような場所にも目が届くと思うのです。そして正確な判断ができるとも」


「……わかりました」


 しばしの逡巡のあとでルークは頷いた。


 フローラには今までいろんな場面で支援してもらっている。


 その恩を返すのは今を置いて他にないだろう。


 ルークの返事にフローラの顔に花のような笑顔が開く。。


「良かった、あなたなら了承してくれると思っていました。これは他言無用でお願いしますね。アルマさんには折を見て説明しておいてください」




「イアムか……」


 ベッドの上で再びルークは呟いた。


 フローラがそこまで頼むということはただならぬことが起きているに違いない。


「一体何が起きているんだ?」

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