第65話:【大規模討伐隊、神獣ベヒーモスを撃退せしめる!】

 意外にも大規模討伐レイドの結果はセントアロガス新聞で小さく紹介されただけだった。


 中身も灰色竜グレイドラゴンを屠った神獣ベヒーモスを討伐隊が撃退したとしか書かれていない。



「仕方がないのです」


 フローラはそう言って困ったように笑っていた。


 討伐を率いていたゲイル王子が惨憺さんたんたる有様では記事にしようもないのだろう。


 それでも人の口に戸は立てられぬもので、討伐から1週間経った今では人々の間でまことしやかに噂されるようになっていた。


 曰く、ゲイル王子は討伐で大失態を晒していて、ベヒーモスを倒したのは名もなき魔法騎士だと。


 曰く、その魔法騎士は誰も見たことのない魔法を使い、ただ1人でベヒーモスを撃退したのだと。


「買いかぶりすぎだね」


 その噂にルークは苦笑しながら肩をすくめるのだった。


 あれから1週間、ベヒーモス戦で使い果たしたルークの魔力と体力も回復し、こうしてフローラへの謁見をできるまでになっていた。


 結局あれ以来ゲイルは姿を見せていない。


 フローラによるとゲイルはあれ以来すっかり沈み込み、自分の荘園に引きこもっているという。


「彼にとっては良い薬でしょう。それに今は安静にしているべきですしね」


 ベヒーモスとの戦いで身体の髄まで使い果たしたゲイルの魔力は一朝一夕で回復するものではなかった。


 しばらくは簡単なライティングの魔法すら使えないだろう。


「それでも彼なりに思う所はあったようですよ」


 フローラはそう言うと最新のセントアロガス新聞を広げた。


 そこには【アヴァリス伯爵を拘束!王国史上最大の疑獄に発展か?】の文字が躍っている。


 ルークたちが捕らえたガッシュがグリードとグルトン商会の繋がりを自供し、グルトンが隠し持っていた裏帳簿がアヴァリスの関与を示す動かぬ証拠となったのだという。


 貴族による汚職事件という扱いの難しい事件であったにも関わらず捜査は驚くほど順調に進んでいた。


 これにはゲイルの口利きが少なからぬ影響を持っていたらしい。


 何でも言うことを聞くというゲイルの条件は実現していないが、ルークはフローラを通じて今まで調べた資料を全てゲイルに送っている。


 フローラによるとそれが今回の逮捕劇に踏み切る契機となっているらしかった。


「意固地な人ですが、彼なりの贖罪なのかもしれませんね」


 フローラはそう言って苦笑した。


「おそらくこれから王都はかなりの混乱に陥るでしょう。アヴァリス卿の抜けた後を狙って策謀を巡らす者も出てくるでしょう。そうなった時にあなた方をていのいいお飾りに据えようとする人も出るかもしれません。しばらくは王都を離れていた方が良いかもしれませんね」


 その噂はルークの耳にも届いていた。


 アヴァリスから芋づる式に摘発されるのではないかと貴族たちは戦々恐々とし、既に密告や裏切りが相次ぎ、不審死を遂げる者まで出ている始末だ。


「お心遣い感謝します。しばらくはウィルフレッド卿の元でご厄介になろうと思っています」


 ルークが頭を下げる。


「私たち王族がもっとしっかりしていればこんな事態にはならなかったのですが……あなたには本当に迷惑ばかりかけてしまいましたね。私にできることがあれば何でもおっしゃってください」


 フローラの言葉にルークが頭を上げた。


「……それじゃあ1つお願いしていいですか?」





    ◆





「本当にいいのかね?君はナレッジ領の正統後継者であることを認められているのだぞ?」


「いいんです。僕に領主が務まるとも思えませんから」


 理解できないと言わんばかりに眉を吊り上げるウィルフレッド卿にルークが微笑む。


 あれから3カ月、アヴァリスに端を発する一大汚職事件、通称セントアロガス疑獄は一応の終結を見せつつあった。


 いくつもの犯罪が白日の元にさらされ、逮捕された貴族は十数名に及んだ。


 みな重い刑罰が科せられることになり、グリードは私財没収の上で爵位剥奪、投獄となった。


 首魁とされたアヴァリス及びトリナル家は私財没収、傍系に至るまで爵位の永久抹消のうえで国外追放となっている。


 彼らがその後どうなったのかは誰もわからない。


 グリードが治めていたナレッジ領はランパート領に併合されることになっている。


 ウィルフレッド卿は譲渡しようともちかけたのだがルークは頑として聞かなかった。


「前も言ったように僕にはやりたいことがありますから。それにウィルフレッド卿に治めてもらった方が領民も喜ぶと思います」


「まったく、仕方がないな。その代わり爵位だけは受け取ってもらうからな。それが飲めないなら縛り付けてでも領主になってもらうぞ」


 ルークはグリードが簒奪していた爵位を返還されることも断っていたのだが、流石にそれはフローラも認めてくれなかった。


 今のルークはランパート辺境伯付きのナレッジ伯爵ということになっている。


「受け取って実感したんですけど、爵位って持っているだけで肩が凝るんですね。概念に重量があるなんて知りませんでした」


「ハハハハハ!儂だって何度捨てたいと思ったかしれんぞ!ルークにもこの苦労に付き合ってもらうからな!」


 ぼやくルークを見てウィルフレッド卿が愉快そうに笑う。


「まあナレッジ領はしばらく預かっておこう。必要になったらいつでも言うがいい。館もルークの居所として残しておくから好きに使って良いぞ」


「ありがとうございます」


 ルークが頭を下げる。


「それで、お互い当面の懸念は晴れたわけだがこれからどうするのだね?」


「はい、まずは師匠の下に行こうと思います。今回の件で目指す方向が見えてきた気がするのでそれについて意見を聞いてみたくて」


「そうか、あの魔法は確かに凄かった。ルークならいずれ本当に根源魔法を手にするかもしれぬな」


 ウィルフレッド卿が顎髭をつまみながら頷く。


「しかしそれはあまりにも遠い道だな。領主として安穏と生きていた方がマシではないかと思えるくらいだ……しかし止める気はないのであろう?」


「もちろんです!」


 ルークは力強く頷いた。


「これが進む道と決めたことですから」


「うむ、ならばもう何も言うまい。何かを追い求める、それもまた1つの生き方だ。後の件はこちらに任せて思う存分やるがいい」


「ありがとうございます」


 ウィルフレッド卿と固い握手を交わすとルークは部屋を後にした。



 外に出ると旅支度を済ませたアルマが待っていた。


「さ、早く行こう。今日中にイリスのところまで行くんでしょ?」


「うん、今日は天気もいいし、気持ちのいい旅になりそうだね」


 抜けるような青空の元、2人は肩を並べて歩き出した。



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