第57話:絶対支配

 ゲイルの魔法は確かに強力だ。


 しかしその魔法を受ける側は所詮ただの人間なのだ、どうしても肉体という限界がある。


 ルークの眼は兵士の身体に蓄積する疲労を確実に捉えていた。


 見てる間にも1人の兵士が独眼鬼サイクロプスのこん棒で吹き飛ばされた。


 しかしうずくまる間もなく立ち上がり、戦いに身を投じている。


「あんな状態では身体が壊れてしまいますよ!」


「仕方がないのです。絶対支配ドミネーションがかかってる間は王子の意志が兵士の意志になります。それは身体が壊れようが続くのです」


「そんなこと……」


 ルークは知らず知らずのうちに歯噛みをしていた


 有無を言わさず相手を動かす、それではまるで生きた人形ではないか。


 戦いとは言えそんなことが許されていいのだろうか。


 そしてルークの懸念はもう1つあった。


「このままじゃ負けてしまう……」


 ルークの心配通り互角に見えた戦いは徐々に劣勢へと移りつつあった。


 オークやゴブリンはあらかた片付いてはいるものの、4体の魔獣はあまりに強すぎる。


 そして蓄積されたダメージが着実に兵士たちを蝕みつつあった。


「ぐおおおおっ!!」


 牛頭鬼ミノタウロスの攻撃で十数人がまとめて吹き飛ばされる。


「クソ!7班!1班の援護に回れ!」


 叫んだゲイルの頭上に影が差す。


 振り返るとそこには虎頭鬼ティグロプスが人の背丈ほどもある大剣を振りかざしていた。



「ぐぬおおおっ」


 大木をも立ち割りそうな一撃を受け止める。


 しかしそこでゲイルの集中力が切れた。


 兵士たちの動きが一斉に重くなる。


 そしてその隙を逃す魔獣たちではなかった。


「「「ごああああああっ!!!!!」」」


 4体の魔獣の咆哮がドームに響き渡る。


豪雷連弾サンダーバレット!!!」


 攻撃に転じるために無防備となった魔獣の顔面にルークの魔法がさく裂した。



「な、なんだっ!?」


 突然の加勢にゲイルも驚いている。


「動きを止めないで!まずは牛頭鬼ミノタウロスだ!左足を狙って!」


 戦闘の真ん中に飛び込んだルークが左手を横に薙ぎ払う。


旋風斬ウィンドスラッシュ!」


 風の刃で左膝を切り裂かれた牛頭鬼ミノタウロスが片膝をつく。


「うおおおおおっ!」


 それを見た兵士たちが一斉に襲い掛かった。


「貴様!何をしに来た!」


 ルークの存在を視認したゲイルが怒りに吠える。


「すっこんでいろ!ここは俺の戦場だ!」


「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」


 ルークの防御魔法が独眼鬼サイクロプスのこん棒を受け止める。


 新たな敵を認めた狗頭鬼ケルベロプス虎頭鬼ティグロプスが両側から剣を構えて襲い掛かってきた。


「このおっ!」


「クソが!」


 巨大な鎧姿となったアルマとゲイルがその剣を受け止める。


「貴様らなぞいなくても倒せるんだ!引っ込んでろ!」


 怒号を吐き散らしながらゲイルが虎頭鬼ティグロプスに斬りかかった。


 凄まじい剣圧で虎頭鬼ティグロプスを圧倒していく。


 しかし剣の方がゲイルの力に耐えきれずに折れてしまった。


「剣だ!」


 号令で近くにいた兵士が一斉にゲイルに向かって剣を投げる。


 剣の限界を構わずに切り伏せ、折れたら即座に次の剣に取り換える、これがゲイルの戦い方だ。


「す、凄い……」


 それはルークも圧倒されるほどの迫力だった。



「ぐおおおっ!」


 アルマを弾き飛ばした狗頭鬼ケルベロプスがゲイルに飛びかかる。


「動くなっ!」


 しかしゲイルの一声がその動きを止める。


 絶対支配ドミネーションの前には魔獣すらも逆らえないのだ。


 ゲイルは動けなくなった狗頭鬼ケルベロプスが取り落とした大剣を拾いあげるとその首を両断した。


 狗頭鬼ケルベロプスが地に落ちると同時に虎頭鬼ティグロプスも倒れ伏す。


 ゲイルはたった1人で強力な魔獣を2体屠ったのだ。


 ほどなくして独眼鬼サイクロプスが崩れ落ちた。


「ふう」


 独眼鬼サイクロプスを倒したルークが息をつく。


 ほぼ同時に周囲から歓声が上がった。


 見渡すと兵士たちが牛頭鬼ミノタウロスの首級を掲げている。


「どうやらあちらも終わったようですね」



 一息ついたルークの胸倉がいきなり掴まれた。


「貴様ァッ!これはなんのつもりだ!」


 鬼の形相でゲイルが睨みつけている。


「何って、加勢をしたのですが」


「誰がそんなことを頼んだ!余計な真似をしてしゃしゃり出てくるんじゃない!」


「落ち着いてください、あのままでは……」


「黙れ!貴様は俺との勝負に負けたくないから手を出してきたのだろうが!こんなもので俺に勝ったつもりか!」


 弁明するルークだったがゲイルは頑として聞き入れなかった。


 頭では理解できている。


 確かにあのままではじり貧だっただろう、いずれ多くの兵士が倒れていたはずだ。


 しかしルークに加勢されたという事実は何よりも受け入れ難かった。


 この男がいなければ己の大規模討伐レイドは失敗していたかもしれない、それだけは認められない。


「いいか、貴様はまだ俺には勝っていない!こんなものが勝負であってたまるものか!」


 指を胸先に突き付けながらゲイルが吠える。


「お、王子」


「なんだ!俺の邪魔をするな!」


「も、申し訳ありません!し、しかし早く封印を行わねば……」


 怒号に身をすくませながらも説得を続ける魔導士の言葉にゲイルが気を取り直す。


「そう言えばそうだったな。こんなことをしている場合ではなかったか。いや……そうでもないな」


 ゲイルはそう言うと何かを思いついたようにほくそ笑んだ。


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