第44話:フローラ・ナイチンゲール
2人が通されたのは王城の奥にある王家の居住区だった。
案内されたフローラの私室はそれだけで一軒家ほどの広さがある。
「ごめんなさいね。こんな夜遅くに呼びつけてしまって。甘いものは好きかしら?なにか食べたいものがあれば遠慮なく言ってね」
フローラが微笑みながらテーブルの上にあるクッキーを勧めてきた。
「いえ……大丈夫です、ありがとうございます」
ルークはそう言うとフローラへ目をやった。
今は部屋着に着替えているとはいえ、思わず眼で追ってしまいそうになる華やかさを持っている。
それでいてそれを鼻にかけるでもない、自然な魅力をフローラは持っていた。
(いったい何のために呼ばれたのだろう?やはりさっきのゲイルとの試合についてなのだろうか……?)
「いけない!そう言えば自己紹介がまだでしたね」
フローラは慌てて立ち上がるとスカートの裾をつまみ上げた。
「初めてお目にかかります、私はフローラ・ナイチンゲールと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそお会いできて光栄です!私はルークと言います。よろしくお願いします」
ルークは慌てて跪いた。
「アルマさんとは何度かお会いしたことがありますね」
「はい、覚えていただき光栄です」
「どうぞおかけになって。そんなに緊張なさらずにくつろいでくださいな」
2人はフローラに促されるままにソファへと腰を下ろした。
座ったら立ち上げれなくなりそうなくらい柔らかなソファだ。
「ルークさん、王子との試合を拝見させていただきました。とてもお強いのですね。どこで修練をお積みになられたのですか?」
「アロガス王立魔法騎士養成学園です。アルマお嬢様とは同期だったんです。とは言え途中で退学してしまい、それから独自に研鑽を磨いてきました」
「そうだったんですの!お1人であんなに……さぞや厳しい修練をしてきたのでしょうね」
「そんなに大したものではありません。一人前の魔法騎士になりたくてがむしゃらにやってきた結果です」
ルークは話しながらも内心冷や汗をかいていた。
フローラの口ぶりは無邪気なようで的確にルークの隠したい部分をえぐってきている。
この人は一体何が目的なのだろうか?
「それで、その……フローラ様は何故私たちをお呼びしたのでしょうか?先ほどの王子殿下との件についてでしょうか?」
ルークは敢えて核心に踏み込むことにした。
このまま話に乗っていてはフローラのペースに流されてしまいそうだ。
「そうね……それもあるといえばあるのですけど……」
フローラが形の良い唇に人差し指をあてて悩むようなしぐさを見せていたが、やがて笑顔になるとルークへ向き直った。
「遠回しな話はお互いのためにならなさそうですね。先月あった誘拐犯大量摘発、あれはあなた方が率先していたというのは本当ですの?」
「な、何故あなたがそれを!?」
流石のルークもこれには仰天した。
まさかフローラの口からあの件が出てくるとは。
「その質問はこの方に答えてもらうのが良いかもしれませんね」
フローラの合図で部屋のドアが開く。
そこに立っていたのは……シシリーだった。
「「シシリー!?」」
ルークとアルマの声が響き渡る。
「なんでここに?」
「実を言うと以前からシシリーとは連絡を取っていたのです」
フローラが話を続けた。
「末席とは言え私も王家に籍を置く身、王城内の色んな噂話が耳に入ってくるのです。どうやらゲイル王子はその件について苦労している様子。従姉としてなにか力になれないかと思っていたところ、最初に誘拐犯を捕まえたのはあなた達だと聞いてまずシシリーにお話を聞いたというわけです」
「そういうこと」
シシリーがニヤニヤしながら言葉を継ぐ。
「私もいきなり呼び出されて驚いたんだけどさ、フローラ様……じゃなくてフローラは結構話が分かる人だよ。私みたいな庶民の意見も聞いてくれるしね」
ルークとアルマは顔を見交わした。
いったいこの人はどこまで知っているのだろうか?
箝口令が敷かれているとは思えないが、それでもルークとアルマ、シシリーがあの事件に関わっていることを知っているものは僅かなはずだ。
にこやかな笑みにごまかされてしまいそうだがその奥には計り知れない叡智が隠れているのかもしれない。
「で、でもさっき会った時は何も言わなかったじゃない」
「あ~、あれね。驚かそうと思って黙ってたのよ。どう?驚いたでしょ?」
「あんたって人は……」
アルマが頭を抱えている。
「フローラ様……あなたは、いったいどこまで知っているのですか?」
「何でも知っているわけではありませんよ。私は私にできることをしているだけですから。ただ……」
尋ねるルークにフローラが微笑む。
「誘拐犯に加わっていた魔導士、名前はゾムダックというのですが、彼が使用していた密造薬に関わりがある商会は目星をつけています。グルトン商会という小さな商会なのですが……」
「グルトン商会!?」
ルークは目を丸くした。
グルトン商会と言えば裏冒険者たちと繋がっていた商会ではないか。
「あら、ご存じでしたの?」
「は、はい……実は……」
ルークはランパート領のダンジョン討伐で起こったことをフローラに説明した。
「そうだったのですか……」
ルークの説明を聞いたフローラが大きく息をつく。
「これは更に調べる必要がありそうですね。とはいえグルトン商会は小規模ながら有力貴族と懇意にしている御用商人でもあります。証拠を集めるのもそう簡単にはいかないでしょう」
フローラはそこまで言うとルークの方を見た。
「お2人にもシシリーと共に協力していただきたいのですがお願いできませんか?何かが分かれば教えてほしいのです。その代わりできうる限りの支援はさせてもらいます」
「……わかりました。フローラ様のお誘い、喜んで受けさせていただきます」
ルークはフローラの前に跪いた。
これはルークにとって願ってもない提案だった。
碌に権力を持っていない3人ではいずれ行き詰まることは目に見えている。
そんな時に王家に支援者がいるならこれ以上心強いことはない。
「それではよろしくお願いしますね。それと……これから私に敬称は不要ですよ。私たちはチームなのですから」
フローラがルークに笑いかける。
大輪の花のような笑顔だった。
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