第43話:意外な決着

 どよめきと歓声が城の中庭を埋め尽くしている


「凄い試合だったな!」


「これだけでもパーティーに出た価値があるというものだ!」


「流石はゲイル王子だ!なんという勇猛果敢な攻めっぷり」


「でもあのルークという従者も大したものだぞ。ゲイル王子の攻撃をあそこまで受けきった者なんて初めてだ!」


 ゲイルを讃える声とルークの健闘を讃える声が2人の戦いと同じように大きさを競い合っている。


 しかしそんな賞賛の雨にも関わらずゲイルは鬼のような形相でルークを睨みつけていた。


(降参だと?この俺に固有魔法を使わせておいて未だに立ち続けている貴様が!)


 ゲイルの固有魔法は絶対支配ドミネーション、対象を意のままに操ることができる王者の魔法だ。


 絶対支配ドミネーションに防御魔法はほとんど効かない、防御魔法を含めて相手を支配するのがこの固有魔法の力だからだ。


 にもかかわらずルークはゲイルの剣を受け止めた、ということはルークの魔力がゲイルと同等か、上回っている可能性すらある……


 そしてゲイルにはもう1つ気になることがあった。


(こいつは……まさか剣が折れることを分かっていたのか?)



 最後の一撃、あれをまともに受けきれないことはルークもわかっていたはずだ。


 それなのにルークは真正面から受け止めた。


(まさか……あの戦いの中でお互いの剣のダメージを測っていたというのか……!)


 実際ルークがしていたのはまさにそれだった。


 勝敗を付けることが難しいと分かった時からルークは相打ちを狙ってお互いの剣に蓄積していくダメージを解析していたのだ。


 最後の一撃が両者の剣の破断限界を超えることはわかっていた。


 だからこそ真正面から受けることができたのだ。


 それでもゲイルの地をも割るような斬撃を受け止めるのはルークと言えども肝を冷やす行為だったのだが。


 しかしゲイルにはそんなことがわかるはずもない。


(俺の固有魔法を凌ぎきり、しかも剣のダメージを冷静に観察できる、そんな奴が存在するのか……?)


 今やゲイルの眼にルークは人の姿をした未知の存在として映っていた。


(こいつは危険すぎる。こいつを生かしておけばいずれ大きな障害となって俺の前に立ちはだかることになる)


 戦士としてのゲイルの勘がそう告げている。


 なによりもゲイルの自尊心プライドがこのような形での勝利を認めていなかった。


 相手の方から与えられた勝利、それはゲイルがもっとも忌み嫌うことだ。


 よりにもよってそれを行ったのがルークであることはゲイルにとって許しがたいことだった。


「……けるな」


「今、何と?」


 ゲイルの呟きにルークが不思議そうな顔をする。


「ふざけるな!」


 ゲイルが吠えた。


「たかが剣が折れたくらいで決着がついただと!そんなもの俺は認めん!!剣がなくても拳が、魔法がまだ残っているだろうが!」


「しかし、これ以上戦っても……」


「御託はいい!俺が認めんと言ったら認めんのだ!かかってこないのならこっちから行くぞ!」



 ゲイルが拳を構える。


 全身から発する迫力は怒気を超えて既に殺気へと変わっている。


 ルークも不承不承ながら構えをとった。


(参ったな、このままだとどちらかが無事では済まないぞ)


 とりあえず行くところまで行かなければゲイルは納得しないようだ。


 ルークは覚悟を決めた。


 結果がどうであれ最後まで付き合うしかないだろう、と。




「行くぞ!!!」




「お待ちなさい」




 ゲイルが飛び出そうとしたその時、静かな声が響き渡った。


 同時にゲイルの張っていた結界が音もなく消失する。


「誰だ!俺の邪魔をするな!」


 怒気を孕んだ声でゲイルが振り返る。


「殿下、王子ともあろう者がそのような態度ではいけませんよ」


 晴れた秋空を吹き抜ける風のように涼やかな声が返ってきた。


 そこにいたのは輝かんばかりに美しい女性だった。


 実際にその身につけた豪奢なドレスや装飾品、その白髪とも言えそうなほどのプラチナブロンドが中庭の照明を受けて輝いている。


 そしてその美貌はそれらをかすませるほどの美しさだった。


「フローラ・ナイチンゲール様だ……」


「相変わらずお美しい……」


「それになんて堂々とした佇まい。流石は王家の1人だ……」


 ルークもその女性のことは知っていた。


 フローラ・ナイチンゲール、王族の1人で現王の姪にあたる。


 類まれな魔法の才能を持っていると言われるが、ゲイルの結界を消失させたのも彼女の力なのだろうか。


「フローラか……邪魔をするな。俺は忙しいんだ」


 ゲイル王子がぶっきらぼうに答える。


 しかしその全身から発していた殺気は雲散霧消し、態度もどこかやりにくそうだ。


「そうはいきませんよ」


 フローラは相変わらずにこやかな笑みをたたえながらゲイルの前に出た。


 ゲイルを見つめるエメラルドグリーンの双眸に恐れは全く見えない。


「相変わらず短気なのですね、ゲイル王子。みなさん怖がっているじゃないですか」


「む……」


 ゲイルが口ごもる。


「そのようにすぐに癇癪を起こしてはまだまだ民を率いる王にはなれませんよ。たとえまだ王子といえども泰然自若と構えていなくては」


「……そんなこと、お前に言われなくてもわかっている」


 ゲイルの口調にはどことなく拗ねたような響きが籠っていた。


「あれは一体?」


 近くに寄ってきたアルマにルークが小声で尋ねる。


「あれは王子の従姉のフローラ様。ゲイル王子もあの人には頭があがらないともっぱらの噂なの」



「あなたも怖かったでしょう?」


 フローラがルークの方に振り向いた。


「ごめんなさいね。この人、いつもこうやって人に突っかかっているからみんなに怖がられているの。本当は悪い人ではないのだけれど、ごめんなさいね」


「い、いえ……そのようなことは……」


「フローラ、お前が謝ることではない!」


 ゲイルは頭を掻きながらぼやくとルークを一瞥した。


「……興が冷めた。今日はこれで勘弁してやる」


 そう言うと振り返りもせずに去っていった。


 フローラも一礼をしてその後についていく。


「……なんだったんだろう?」


「さあ?」


 ルークとアルマは頭をかしげるばかりだったが、とりあえず当面の問題は解決したらしい。


 その後のパーティーはつつがなく進行していき、ゲイルと好勝負を繰り広げたルークが一時パーティーの主役になるという一幕はあったものの特にトラブルもなくお開きの時間を迎えることとなった。



「アルマ様にルーク様」


 灰色の髪をした執事が2人を呼び止めたのは城から帰ろうかという時だった。


「フローラお嬢様がお2人との歓談をご所望です」


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