第37話:約束の日

「さて、今日がお約束した期日ですが、金貨5万枚は用意できたのでしょうな?」


「……まだだ、だがすぐに用意できる」


 不快な笑みを浮かべるアヴァリスに苦虫をかみつぶしたような顔でウィルフレッド卿が答える。


 アヴァリスと約束した1週間の期限が来たがルークとアルマ2人の姿はない。


 おそらく金貨を用意することは出来ずに逃げたのだろう、とウィルフレッド卿は考えていた。


 それでいい、アルマが生きてさえいれば問題はない。


 ルークであればきっとアルマを守ってくれるだろう。


 あとはこの男をなんとか言いくるめるだけだが、果たして穏便に進むかどうか。


 多少手荒なことになるのもやむ無しか……



「ただいま帰りました」


 ウィルフレッド卿が覚悟を決めようとしていた時、応接間のドアが開いた。


 ルークとアルマが立っていた。


「アルマ!それにルークも!帰ってきたのか!」


 ウィルフレッド卿の声には約束通り帰ってきたことに対する驚きと喜び、そしてアルマを連れて逃げなかったことに対する微かな悔恨が混ざっていた。


「お待たせいたしました。走竜が逃げてしまったもので戻るのに少し手間取ってしまって……」


 ルークは部屋に入るとアヴァリスに対峙した。


「今日がお約束の1週間でしたね」


「ふ……ふん!約束の金貨は用意できたんだろうな!銅貨1枚分でもまからんからな!」


「わかっていますよ」


 ルークの合図と共に従者が木箱を乗せた荷車を部屋に運び込む。


 木箱の中にはびっしりと金貨が詰まっていた。


「木箱は全部で5箱、全てに金貨が1万枚ずつ入っています。どうぞご確認ください」


 金貨は全てイリスのところから持ってきたもので、1万枚でいいと言ったのだがイリスが持っておけと言って聞かなかったのだ。


「ここじゃ川の中に投げて遊ぶくらいの使い道しかないんだよ」


 そう笑ってイリスが2人に無理やり金貨を持たせたのだった。


「ば、馬鹿な……用意できるわけがない……」


 アヴァリスの顔が怒りと困惑で青黒くなっていく。


 ウィルフレッド卿の懐事情は把握しているはずだった。


 用意できても金貨4万数千枚が限界、それ以上は領地屋敷を抵当にでも入れなければ無理な相談だが、それはアヴァリスが圧力をかけて押さえている。


 ウィルフレッド卿は今日、屈辱に塗れた顔で自分の前に跪くはずだったのだ。


 それが何故……?どんな詐術を使ったというのだ……?



「どうぞ、心ゆくまで数えてください。ただしこの場でお願いします。私も見ていますから」


 アヴァリスの額に血管が走る。


「わかっているわ!きっちり数えてやるからそこで見ていろ!1枚でも少なかったら容赦せんからな!おい、さっさと数えるぞ!」


 アヴァリスは従者を怒鳴りつけると金貨を数え始めた。





    ◆





「ほ、本当にある……だと?」


 アヴァリスが顔面蒼白になって呟いた。


「おい、本当にしっかり数えたんだろうな!数え間違いじゃないのか!」


「ほ、本当です。2度数え直しました」


 疲れ切った顔で従者が答える。


 既に日は沈み、あたりを闇が包もうとしていた。


「納得していただけましたか?」


「き……貴様……」


 アヴァリスが憎しみのこもった顔でルークを睨みつけた。


「どんな不正を働いたのだ!あんな短期間で金貨1万枚を用意できるわけがない!」


「いえ、これはあなたにお見せしたキマイラの血を売って得た正当な報酬ですよ」


「馬鹿な!商人どもにキマイラの血は絶対に買わないように言い含めて……」



 そこまで言ってアヴァリスは慌てて口を閉じたが既に遅かった。


「アヴァリス殿、今何やら聞き捨てならないことを仰っていたようですが、もう一度言っていただけますかな」


 ウィルフレッド卿が低い声でアヴァリスに迫る。


「い、いや……私は何も……」


「商工長官ともあろう其方が商人に圧力をかけていたとなるとこれは由々しき問題ですぞ。王土を守護する辺境伯としてこれは見過ごすわけにはいかぬ事案であるように思えるのですが、どうなのですかな?」


「ぐぬぬ……」


 脂汗を流しながら悔しそうに呻くとアヴァリスは突然ルークを指差した。


「そ、それを言うならランパート候、其方はどうなのだ!そちらこそそのような怪しげな者を屋敷に引き入れているではないか!」


 それはもはや悔し紛れの言いがかりに過ぎなかった。


「辺境伯ともあろう者が素性の知れぬ者を招き入れるなどあってはならぬこと、大いに問題ですぞ!」


「何を言っているのかね」


 ウィルフレッド卿は呆れたようにため息をつくとルークに手を差し伸べた。


「この者、ルークというのだが、私は彼の後見人をしているのだよ」


「は?」


「え?」


「そうなんですか?」


 アヴァリスだけでなくルークとアルマも呆気にとられる。


「辺境伯である私が彼の身元を保証しているのだ、これ以上確かなことが他にあるのかね?」


「そ、それは詭弁というもの!」


「ならば訴えますか?なれば私も其方の先ほどの発言について徹底的に調査をさせていただきますが、いかがか?」


「ぐぬぬ……」


 完全に沈黙したアヴァリスにウィルフレッド卿が扉を差し示す。


「わかっていただけたようならばそろそろお引き取りを願えますかな?もう日も落ちている。これ以上の長居は帰り道に苦労しますぞ。そしてもう二度と私の娘には関わらないでいただこう。当然だが貴公の息子との結婚などもってのほかだ」


「クソ!」


 取り付く島もないウィルフレッド卿の言葉にアヴァリスが怒りに身を震わせながら立ち上がる。


「ランパート候、今日のことは必ず後悔しますぞ!」


 捨て台詞を吐きながら金貨の箱と共に荒々しく去っていった。



「後悔などとっくにしているさ。姦計に嵌ったとはいえ貴様と関わってしまったことをな」


 ため息をつくとウィルフレッド卿はルークとアルマに笑顔で両手を広げた。


「2人ともよく帰ってきてくれたな」


「お父様!」


 アルマがその腕に飛び込む。


「ルーク、君には助けられてばかりだな。お礼のしようもないほどだ」


「いいんです。僕もお役に立てたようでなによりです」


 ルークはそう言ってウィルフレッド卿に笑顔を返した。


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