第35話:強化

「大丈夫ですか?」


 ソファの上で伸びているイリスにルークが心配そうな顔を向ける。


「平気だっての。あたしは魔神なんだぜ?」


 イリスがなんてことないように手を振った。


「ま、ルーク以外の人間が来たもんだからちょっとはしゃぎすぎちまったってのはあるけどな」


 そう言って目をやった先には正体をなくしたアルマが転がっている。


「いつの間にか仲良くなったんですね」


「まあな。話してみたら案外馬の合うだったよ。言ってみれば志を同じくする同士みたいなもんだしな」


「?そうなんですか?」


「そういうものなんだよ」


 ルークから受け取った水を飲みながらイリスが答える。


「それで、ルークのもう1つのお願いってのはこれだろ?」


 イリスは懐からアルマの持っていた展鎧装輪てんがいそうりんを取り出した。


「やっぱりわかってましたか」


「そりゃまあね。しっかしあれだね、ルークは魔法はもう言うことないけど魔道具作りはまだまだだね」


「面目ないです」


 苦笑しながらルークが頭を下げる。


「でもまあ良い魔道具だよ。あの娘に対するあんたの思いがしっかり伝わってくる。魔道具に必要なのはそこに込められた思いの強さだからね。魔法というと魔素と魔法式が全てだと思われがちだけどそれを使う者の思いとか気持ちってのは意外と効果に影響を及ぼすんだよ。こいつにはアルマを守りたいというルークの気持ちがこもっている。きっと何度もあの娘を助けてきただろうね」


「僕もそれには助けられました。でも僕の実力ではまだアルマの力を引き出しきれなくて……師匠のお力を借りたいんです」


「わかったよ」


 イリスは展鎧装輪てんがいそうりんを弄びながら答えた。


「あたしがこいつをもう少しマシに作り直してやるよ。とりあえずそこでぶっ倒れてるのを連れていってやりな。邪魔でしょうがないよ」


 失礼します、とルークはアルマを担いで部屋を出て行った。


「さてと……」


 イリスが両手を前にかざす。


 その間に浮かんだ展鎧装輪てんがいそうりんがバラバラに別れた。


「このあたしがルークを好いてる女のために何かを作ってやる羽目になるとはね……とは言えそれも師匠の役目か……!」





     ◆





 その夜、ルークとアルマは再びイリスの私室へとやってきた。


「できたよ」


 イリスがアルマに投げてよこしたのは小さなネックレスだった。


「ほんとにこれが展鎧装輪てんがいそうりんのような鎧になるの?」


 信じられないと言うようにネックレスを見るアルマ。


「大丈夫だよ、師匠は僕なんかよりも遥かに腕があるんだ。きっと凄い魔道具になってるはずだよ」


「そうそう、あたしの作ったものに間違いはないぞ」


「そ、そう……?」


 2人の言葉にアルマが恐る恐るネックレスを付ける。


 アルマは興味津々で見守る2人の目の前で顕示宣言コーリングを発した。



重装鎧纏フルアーマメント!」



 その瞬間、アルマの着ていた服が四散した。



 最初は何が起こったのか理解できずにぽかんとしていたアルマだったが、自分が一糸まとわぬ姿になっているという状況を呑み込んでいくと同時にその顔が真っ赤になっていく。


「な、なにこれええええええっ!!」


「ヒィーハハハハハハ!」


 素っ裸でしゃがみ込むアルマにイリスが床を転げまわって爆笑している。



「どうよ?どうよこれ!展鎧装輪てんがいそうりんの服を吹き飛ばすとこだけ実装してみたのよ!いや、ほんと凄いわこれ!服だけ奇麗に飛ばすなんてルークあんたやっぱり天才だよ!」


「イ、リ、スゥ~~~」


 涙を浮かべたアルマがイリスを睨みつける。


 ルークがかけたシーツを体に巻き付けると部屋にあった燭台を掴んだ。


「このクソ魔神!封印くらいじゃ生ぬるい!私がこの手で葬ってやる!」


「何を恥ずかしがってんだい。普段からルークとあれやこれやしたいと妄想してるくせに!昨日言ってたことをやるチャンスじゃないか!」


「それを言うなあああああ!」


「2人とも落ち着いて!」


 真っ赤な顔のルークが2人を引き離した。


「師匠、真面目にやってください。ほら、アルマもその燭台を放して」




「わかったわかったって。ちょっとしたジョークだろ。そんなに怒るなってば」


「ジョークで裸に剥かれてたまるかああ!」



「まあまあ、師匠もアルマをからかわないでください。それよりも本当にできてるんですか?」


「そりゃもちろんさ」


 じたばたと暴れまわるアルマを後ろから羽交い絞めにしながらルークが尋ねるとイリスが小さな首輪を投げてよこした。


「そいつがあたしの作った新・展鎧装輪てんがいそうりんさ」


 アルマがそれを胡散臭げに眺める。


「本当に確かなんでしょうね?」


「あたしを信じろって!あたしは創造の魔神と呼ばれてたんだぜ?その位の魔道具はお手の物だって!」


「それが不安なんだけど……」


 ぶつぶつ言いながらイリスがその首輪をつける。


 金具を止めた瞬間に首輪が見えなくなった。


「どうだい、偽装魔法もかけてあるんだ。それなら怪しまれないしどんな服にも合うだろ?」


「た、確かにこれは凄いわね。着けてる感覚も全くない」


 アルマが驚いたように首に手をやった。


「ついでにそいつには顕示宣言コーリングも必要ないよ。ただ念じるだけで良い。さ、やってみな」


「……メチャクチャ不安なんですけど」


 ジト目でイリスを睨んでからアルマが目を閉じる


 数瞬後、アルマの首元が光り、全身を包み込んだ。


 光が消えるとそこには全身を鎧に包んだアルマが立っていた。


 しかしそれは重厚巨大な鎧ではなく儀礼鎧のように細身のすっきりしたデザインだ。


 兜の頭頂部からはイリスの黒髪のような真っ黒で長い房が垂れ下がっている。


 ぱっと見では全く防御力があるように見えない。


「す、凄い……」


 しかし実際に身にまとったアルマはその鎧の能力に唖然としていた。


 この鎧に比べたらルークの作った展鎧装輪てんがいそうりんですら重石のようだ。


 ゆらり、とアルマが動いた瞬間にその姿が消え、一瞬後に部屋の反対側に立っていた。


「どうだい、あたしの作った鎧は?これならあんたの《重装戦士》の力を存分に発揮できるだろ」


 イリスが得意そうに笑う。


 それはアルマにとって疑問の余地がなかった。


 着ているだけで全身から力がみなぎってくる、というか全身を覆っていた枷が外されたようですらある。


「そのとおりね」


 アルマはその事実をあっさり認めた。


「悔しいけどイリスの言う通りだわ。これがあれば私は何倍、いえ何十倍も強くなれると思う」


 そう言ってイリスの方へ振り向く。


「つまり、あんたに鉄拳制裁をくらわすのも可能ってことかもね」


 そして拳をボキボキと鳴らしながらゆっくりとイリスの方へ迫っていく。


「面白え。あたしも最近運動不足気味でね、ちょいと体を動かしたいと思ってたんだ。ついでに稽古もつけてやるよ」


「2人とも……いい加減にしてください」


 ルークの盛大な溜息が部屋の中に消えていった。


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