第33話:魔神イリス
「ルーク、ルーク、ルーク!今まで何をしてたんだよぉ!寂しかったんだぞ!」
山を飛び越えて抱きついたイリスがルークの頬に強烈なキスを浴びせながら叫ぶ。
「ちょ、ちょっと師匠、いったん離れてください」
「嫌だ!絶対に離さないぞ!」
イリスがルークを更に強く抱きしめる。
「そ、そうじゃなくて、アルマが挟まってるんですってば!」
「は?」
イリスが目線を下げるとその豊かな胸の間でアルマが青い顔をしている。。
「誰こいつ?」
ルークがため息をついた。
「そのことも含めてきちんと話しますから一旦家に行きましょう。それよりもですね……」
そう言うとルークは改めてイリスに笑みを向けた。
「ただいま帰りました、師匠」
イリスもとびっきりの笑顔で返す。
「お帰り、あたしの可愛いルーク」
2人の間でアルマは半ば失神しかけていた。
◆
「ふぅ~ん、その小娘がルークの探していた友人ってわけなんだ」
イリスの無遠慮な目がアルマを見回す。
「こ……小娘って」
アルマの笑顔がひきつる。
3人は山の麓にあるイリスの屋敷へやってきて、ルークが山を下りてからのことを説明していた。
「え……と、イリス……様、お初にお目にかかります。アルマ・バスティールと申します。この度は……」
緊張で顔を引きつらせながらアルマがイリスに挨拶をする。
魔族や獣人など亜人は珍しいことではないアルマだったが魔神を見るのは初めてのことだった。
人間よりも遥かに高い魔力を持つ魔族が神と崇めているのが魔神だ。
そんな存在に対してただの人間がどう接していいのか、アルマにわかるはずもない。
(うぅ……何を言えばいいの?ルークは平気な顔してるけど……こ、怖い)
アルマは内心逃げ出したいほどだった。
「ふぅ~ん、へぇ~~、ほぉ~~」
当のイリスはというと、そんなアルマの悩みなどお構いなしで嘗め回すような視線を送っていた。
「あ、あの……イリス……様?」
アルマが話を続けようとした時、イリスがむんずとアルマの胸を掴んだ。
「ひゃああぁっ!?」
突然のことに甲高い声を出してルークに飛びつくアルマ。
「な、なにをっ?」
「ふぅ~ん」
イリスが指をワキワキさせながら呟く。
「小娘の割に結構あるじゃないの。ルークおっぱい大きいの好きだもんねえ」
「え、ルークそうなの?」
「師匠!」
ルークが赤面しながら咳払いする。
「でもさ……」
イリスがルークを見つめた。
その眼は慈愛に満ちている。
「本当に会えたんだね。あたしも嬉しいよ」
「師匠……」
2人の様子を見ていたアルマは温かな気持ちになると同時にちくりと胸が痛むのを感じた。
2人が過ごした5年間は自分には想像もできないような時間だったに違いない。
それは決して共有できることのないルークの思い出だ。
2人の間には自分が入っていけないような絆があるのだ。
そんなことを思っているとイリスと目が合った。
イリスがからかうように口元を吊り上げる。
「ま、人にしちゃなかなかのものを持ってるようだけど?あたしには敵わないけどね」
そう言いながら嘲るようにアルマに向かって胸を突き出す。
「うぐっ」
山脈のように隆々と突き出たイリスの胸を見てアルマが涙目になる。
「師匠、アルマをからかうのは止めてください」
ルークがため息をつきながら仲裁に入った。
「ル、ルークはやっぱり……大きい方がいいの?」
「そうじゃなくて……もういいや、勝手に本題に入らせてもらいますよ」
ルークはそう言いながらバッグの中からキマイラの血が入った瓶を取り出した。
「今日来たのはですね、師匠にこれを買い取ってもらいたいからなんです」
「ふぅ~ん」
イリスが瓶をとってしげしげと眺める。
「ま、ものは悪くないね。あまり長引かせずに倒したみたいじゃないか。魔法でごり押ししたわけでもないから血が濁ってないね。人界に降りて腕が鈍ったということはないみたいだね」
「凄い……そんなことまでわかるんだ」
アルマが驚きに眼を見張る。
「それで、幾らで買ってほしいんだい」
「金貨1万枚」
「いいよ」
イリスがあっさりと答える。
「そんな簡単に?」
「別に金に困ってるわけじゃないからねえ」
驚くアルマにイリスが肩をすくめる。
「というかいい加減処分に困ってるんだよ。ついてきな」
そう言うと立ち上がって2人を小部屋へと案内した。
「正直1万枚と言わず幾らでも持っていっていいんだけどね」
そう言って扉を開けたそこは……床から天井までびっしりと金銀財宝で埋め尽くされていた。
「な、な、な……」
アルマは驚きのあまり魚のように口をパクパクさせている
「驚くことじゃないさ。これでも昔はちょっとした崇拝の対象になっていたこともあってね。今でもあたしに届くと信じて川に供物を流す連中がいるんだよ。ま、実際に届いてはいるんだけどさ。あとは山賊に襲われた船だとか金を抱えた土座衛門が流れ着いたりね。そういえばルークも川に流れてるのを拾ったんだったね」
「そ、それでこんなに……」
生唾を呑み込んでいたアルマだったが、不意に思い至ることがあった。
「そういえば、ここは入ると死んでしまう結界で囲まれているのになんでルークは入ってこれたんですか?」
「それかい、それなら理由は単純さね。ルークは1回死んだんだよ」
「ルークが死んだ!?」
「正確に言うと心臓が止まった、だね。偶然なのか運命なのか川に落ちたショックと水温でルークの心臓は一旦止まり、その時に致死の結界を通り抜けたんだろうね。そうやって流れ着いたのをあたしが拾ったって訳さ」
「そんなことが……」
アルマは改めてルークを見た。
なんという偶然、いやそんなもので片づけられるものではない。
何度も振り下ろされてきた死神の鎌を全て乗り越えてルークはここにいるのだ。
「ありがとうございます」
ルークがイリスに頭を下げた。
「それで……申し訳ないですけど実はもう1つお願いがあるんです」
「ああ、それも大体わかってるよ」
イリスが手を振る。
「とりあえず今日はもう遅いから続きは明日にしないか。山登りで疲れただろうし今日はゆっくり休みな」
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