第23話:親子喧嘩

 修練場は水を打ったように静まり返っていた。



「信じられねえ」


「あのタイロン隊長が……」


 やがて感歎の呟きが修練場を覆っていく。



「タイロン。どうだったのだ、彼は?」


「どうもこうもありませんよ」


 タイロンは近寄ってきたウィルフレッド卿に対して大きく息を吐いた。


「見た目からは想像もできないとんでもない戦士ですよ、彼は。この中で彼に勝てる者は誰1人としていないでしょうよ」


「本当か!?」


「ご先祖様の名前に誓って。ここの衛士が全員束になってかかっても勝てるかどうかってとこでしょうね。まあ俺ならそれでも勝てない方に賭けますがね」


「ううむ……タイロンがそこまで言うのか……」


 顎を摘まみながら唸り声を上げるウィルフレッド卿にルークが笑みを向けた。


「どうでしょう、これで僕もダンジョン攻略に連れていっていただけますか?」


「あ、あんたがダンジョン攻略についてきてくれるってのかい?ウィルフレッド様、この人が来てくれるんなら百人力ですぜ!俺が保証しまさあ!」


 ルークの言葉にタイロンが喜色満面で叫ぶ。


「……わかった、そこまで言うのであれば承知するよりほかあるまいな。もとより人員不足であるのは否めないことであり、志願してくれる者がいれば歓迎したいのは山々であったしな」


 ウィルフレッド卿はそう呟くとルークに手を差し出した。


「せっかく休暇に来てくれたのに歓迎するどころかその身を危険に晒させることになって心苦しいのだが、どうかよろしく頼む。この礼は必ずすると約束しよう」


「こちらこそ、自分から申し入れたことですから。よろしくお願いします」


 ルークがその手を強く握るとウィルフレッド卿は笑みを返した。


「ダンジョン攻略は3日後に行う予定だ。それまでは我が屋敷を自宅だと思ってくつろいでいてくれ」






    ◆





「私もダンジョンについていきます」


 アルマがそう言ったのはルークとアルマ、ウィルフレッド卿で夕卓を囲んでいる時だった。


「それは絶対に駄目だ」


 即座にウィルフレッド卿が拒否する。


「なんでですか。ルークにはいいと言ったのに」


「それとこれとは話が別だ。そもそも娘をダンジョンに連れていく父親がどこにいるというのだ」


「それこそ貴族の娘が領地や領民のために立ち上がらずにどうするんですか。私だって魔法騎士養成学校を出て衛兵として実戦も経験しているんです。少しはお役に立てるはずです」


「駄目なものは駄目だ。お前は大人しく待っていないさい」


「なんでですか!さっきだって人手が足りないと言ってたじゃない!」


「駄目だと言ったら駄目だ!娘を危険に晒せるわけないだろ!」


「お父様の分からず屋!」


「駄々をこねたって絶対に行かせんからな!」


「絶対に行くったら!……ってなんでルークは笑ってるのよ」


 アルマが隣で笑い声を漏らすルークに口を尖らせる。


「ごめん、でも……2人はやっぱり父娘おやこなんだな、と思って」


 口元を押さえながらルークが微笑む。


「僕も父が生きていた頃は口答えをして口論になることもあったなって。今にして思えば凄く馬鹿馬鹿しい理由だったりするんだけどね。でもそれも振り返れば父子だからこそのことだったのかもしれない、2人のやり取りを見てたらそう思えてきて」


「……そうか、エリック卿はまだ君が子供の頃に亡くなったのだったな」


 ウィルフレッド卿がフォークとナイフを置いて呟く。


「はい、僕が12歳の時でした。やはりダンジョン攻略に行った後の帰り道で事故に遭い、そのまま回復することなく……」


 ルークが真っすぐにウィルフレッド卿を見つめた。


「今でもあの時僕が側にいれば、と思わない日はありません。当時の僕に何かができたとは思えないけど、それでも側にいたかった。アルマ……アルマさんもきっとそうなんだと思います」


「ううむ……しかしなあ……」


 それでも煮え切らないウィルフレッド卿にルークが微笑んだ。


「反対しても彼女なら勝手についてくると思いますよ。おそらく閉じ込めても無理でしょうね。なにせ不撓不屈ふとうふくつで知られるランパート辺境伯のご息女なのですから」


「ハッ!これは一本取られたな」


 その言葉にウィルフレッド卿が破顔する。


「確かに我が娘ならば諦める訳もないか」


「約束します、アルマさんには傷1つ付けないと。ですからどうか彼女の同行を許していただけませんか?僕からもお願いします」


 ルークはそう言って頭を下げた。


「ルーク……」


 アルマが息を漏らす。


「……わかった、ついてくることを許そう」


 しばらくの沈黙の後でウィルフレッド卿が頷いた。


「お父様!」


「ただし絶対に無茶はしないと約束するのだ。衛兵として働いていたとはいえダンジョンは全く別物だ。前に出ず、常に後衛に徹すること、それを約束できるなら同行を許そう」


「わかってます。決して無茶はしないと約束します!」


 アルマはそう叫ぶとウィルフレッド卿に抱きついた。


「お父様大好き!」


「まったく、こういう時だけ調子が良いのだな」


 苦笑しつつもウィルフレッド卿の相好は崩れきっている。



「ルーク、君に頼りっぱなしで申し訳ないのだが娘のことをお願いできるだろうか。どうか守ってやってくれないか」


「アルマさんのことは僕にお任せください。絶対に守ってみせます。必ずやランパート公のご期待に応えてみせます」


「ルーク……」


 それを聞いたアルマが顔面を真っ赤にして蕩けている。


 ウィルフレッド卿がルークに笑いかけた。


「私のことはウィルフレッドと呼んでくれて構わんよ。君はもう私の友人なのだからね。それに私の前であっても娘に対して律儀にさんを付けなくともよいぞ。君がさん付けするたびに娘が拗ねた顔をしてるからな」


「べ、別に拗ねてなんか!」




「わかりました。それではウィルフレッド卿、改めてよろしくお願いします」


「うむ、こちらからもよろしく頼むよ」


 ルークとウィルフレッド卿は再び固い握手を交わし合った。


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