第3話:苦い帰郷
「叔父上、ただいま戻りました」
ナレッジにあるサーベリー家の屋敷へと戻ったルークは一息つく間もなく叔父のグリードがいる書斎に向かった。
「うむ、長旅で疲れたろう。しばらくゆっくり休むといい」
グリードはそっけなく言うとそれから先はもうルークなど存在していないかのように再び机へと顔を向ける。
「……説明はしてくださらないのですか」
「説明?なんのことだ?」
「何故僕が学園を退学にならなくてはいけないのですか?僕が学園を卒業することは父の遺言でもあったはずです!」
「そんなことか」
グリードは顔をあげると面倒くさそうに椅子に背を預ける。
「我が領も財政が厳しいのだ。あの学園の高い学費はとても払えぬのだよ」
「そんなはずは……!」
「ルーク」
抗議の声を上げようとするルークをグリードが遮った。
「そもそもあの学園に通い続ける意味はあるのか?」
ルークは言葉を詰まらせた。
グリードが何を言いたいのかはよく分かっている。
「ルーク、いい加減認めるのだ。お前は”枯渇”したんだ。魔法が使えなくては魔法騎士にはなれない。ならばあの学園に通う意味もないはずだ。違うか?」
「し、しかし……」
ルークはそれでも食い下がった。
叶わぬ夢かもしれないがそれでも諦めたくなかった。
それに仮に諦めることになったとしてもせめて納得したかった。
魔法が使えなくなったのは既に受け入れている。
金がないという理由だってもっともだ。
しかし既に支払ったものを返金してまで退学になるのは納得できなかった。
それにそもそ学費は父親がルークに遺した遺産で支払っていたはずだ。
「学費は私の財産から出ているはずです。なぜそれを叔父上が……」
「しつこい!」
追求しようとするルークに業を煮やしたグリードが怒号を張り上げた。
「儂はお前の後見人だ!お前に最もふさわしい道を用意してやる義務がある!これは亡き兄との約束なのだぞ!その儂があの学園はお前に不要と判断したのだ!」
グリードはひとしきり叫ぶとルークに羊皮紙を突き付けた。
「ルーク、魔法騎士になどならなくてもお前の生きる道は幾らでもある。まずは領主として教養を身に着けるのだ。お前が新しく通う学園も手配しておいた」
「こ……これは……!」
羊皮紙に書かれていた内容にルークは眼を見張った。
それは国の外れにある小さな全寮制の学園だった。
一度行ってしまえば戻ってくるのに1カ月はかかるだろう。
これでは体のいい追放だ。
この人は魔法騎士学校を退学させるだけでは飽き足らず、領地からも追い出そうとしているのだ。
「自然に囲まれていて落ち着いた学園だ。そこならば気持ちを切り替えて勉学に励むことができるだろう。出立は1週間後、持ち帰った荷物はほどかないでいた方がいいだろうな」
素知らぬ顔でそう言うとグリードは話は終わったと言わんばかりに再び机に視線を落とす。
その背中は一切の抗議は受け付けないと物語っている。
「……わかり……ました」
ルークは歯を食いしばりながら言葉を絞り出し、書斎を出ていった。
◆
その夜、ベッドが変わったこともあって寝付けなかったルークは1人屋敷の廊下を歩いていた。
頭の中には先ほどのグリードの言葉が渦巻いていた。
サーベリー家が治めるナレッジ領に金がないとはとても思えなかった。
小さな領地ではあるが土地が豊かなこともあり、領主はもとより領民も不足ない暮らしをしていたはずだ。
少なくとも父が治めていた頃は。
そんなことを考えながらルークは知らず知らずのうちにグリードの書斎のある棟へと足を踏み入れていた。
廊下の奥、書斎から明かりが漏れている。
「叔父上……?」
碌に仕事をしてる姿を見たことのない叔父が夜遅くまで書斎にいることを不思議に思いつつルークは書斎のドアをノックした。
もう一度グリードと話をしたかったからだ。
しかし中からは何の反応もなく、ドアはうっすらと開きっぱなしになっている。
「トイレにでも行ってるのだろうか……」
独り言を呟きながら部屋の中に頭を入れると机の上に書きかけの羊皮紙が乗っているのが見えた。
何故かその羊皮紙から目を離すことができなかった。
あの羊皮紙には何かがある、あれを見なくてはいけない、頭の中で何かがルークに叫んでいる。
音を立てないように静かに書斎に入ると周囲に気を配りつつその羊皮紙に目を落とし……
「こ、これは……!」
そこに書かれている内容に言葉を失った。
それは爵位譲渡宣言書だった。
ルーク・サーベリーは継承する伯爵位を叔父であるグリード・サーベリー子爵に譲り渡すと宣言してあり、ご丁寧にルークのサインまでしたためられている。
「な……なんでこんなものを叔父上が……」
その時ルークは全てを悟った。
何故叔父が突然自分を退学させたのか、それは今年ルークが16歳になるからだ
16歳になるとルークは成人として認められ、父親の遺した伯爵位を受け継ぐことになる。
叔父はその前に自分が伯爵位を譲り受けるように画策しているのだ。
そしてそのためにはルークが16歳になるまでに然るべき手を打つ必要がある。
学園にいる間にルークが16歳になってしまうと手を出せなくなる、だから強引に退学させたのだ。
ルークの背筋に冷たいものが走った。
微かに近づいてくる足音が聞こえたような気がした。
足音はやがてはっきりと響きながら近づき、ドアの向こうからグリードが現れた。
「いかんな、急に腹具合が悪くなったせいでドアに鍵をかけ忘れたか」
ぶつぶつと呟きながら机に向かったグリードがふと窓の方を振り向いた。
両開きの窓を勢いよく開いて外に顔を出す。
そこには小さなベランダとどこまでも続く夜の闇が広がっているだけだ。
「やれやれ、窓の鍵まで閉め忘れるとは。少し用心が足らんな。あの小僧も帰ってきているというのに」
軽くため息をついて窓を閉め、内側から鍵をかける。
ベランダの下の張り出しに掴まりながらルークは書斎の灯が消え、人の気配がしなくなっても息を殺して身を潜め続けていた。
どうやって寝室まで戻れたのかは覚えていない。
気が付けばルークはベッドの中で毛布にくるまりながらがたがた震えていた。
もはや疑う余地はなかった。
叔父は自分を殺そうとしている――――
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