第2話:退学

「トリナル・トリプルズ……」


 声の主を認めたルークの声が一段低くなる。


 そこにいたのはよく似た顔を持った小太りの3人組、トミー・トリナルとその弟のトムソン・トリナル、2人の従弟であるトーマス・トリナルだ。


 この3人はいつも一緒にいることからトリナル・トリプルズと呼ばれている。


 ルークとアルマと同学年であり、王都で宮廷貴族をしているアヴァリス伯爵の息子と甥なのを鼻にかけ、田舎の出であるルークやアルマをことあるごとに見下していた。


 そしてルークが魔法を使えなくなって以来その態度は度を越えてあからさまになっている。



「聞いたか?弟よ。この栄えあるアロガス王立魔法騎士養成学園から退学者が出たらしいぞ?」


 トミーが隣にいるトムソンに仰々しく尋ねる。


「しかもそいつは魔法が使えない”枯渇者”だとか。やれやれ嘆かわしい、なぜそのような半端ものが我らの学園に紛れ込んできたのやら」


 振られたトムソンが大げさに頭を振るとトーマスがその言葉を継ぐ。


「そもそもそのような者がいつまでもいたのが間違いなのでは?本来ならば”枯渇”したと分かった時点で追い出すべきだったんだ」


「「まったくだ!」」


 トミーとトムソンが爆笑しながら大きく頷いた。



 ルークは何も返さなかった。


 この3人の軽口はいつものことだ。しばらく我慢していれば留飲を下げて去っていくだろう。


 しかしアルマはそうは思っていなかったようだ。


「あなたたち!そのような物言いは失礼です!今すぐルークに謝ってください!」


 凄い剣幕で3人に食って掛かる。


「謝ると言っても……なあ?」


「そうそう、僕らは噂話をしていただけだぜ?ひょっとしてそれがルークだったのかい?」


「くっ……よくもそんな白々しい」


 あくまで嘲りの態度を崩さない3人にアルマが歯噛みをする。


「アルマ、いいんだ。僕が退学になるのは事実だ。もう行こう」


 ルークはそんなアルマの肩に手をやると踵を返して東屋を後にした。



「バスティール嬢、そいつとは関わり合いにならない方がいいと忠告しておきますよ」



 悔しそうな顔で踵を返したアルマにトミーが言葉を投げかけてきた。


 


「なにせ君の身体はもはや君だけのものじゃないのだからね」


「っ!」


 その言葉にアルマの顔が強張る。


 それはルークにとっても初耳だった。


「アルマ……それは一体……?」


 うすら笑いを浮かべながらトミーが言葉を続ける。


「聞いたよ、君には後宮親衛隊の推薦が来ているのだろう?おめでたいことじゃないか」


 その言葉はルークの足下を泥濘へと変えた。



 後宮親衛隊、それは王族の後宮を守る女性魔法騎士であり、優秀な者しか所属することが許されないエリート部隊だ。


 そして同時にこの隊に所属する者は魔法騎士とは別の未来も開かれることになっている。



 それは王家の嫁となること。



 後宮親衛隊に所属する者は必然的に王家一族と接する機会が増えることになり、嫁として嫁ぐ者も多かった。


 というよりも王家の嫁になる前に箔をつけるために親衛隊に入れられる、という噂までまことしやかに語られるほどだ。


「アルマ……それは本当なの?後宮親衛隊に入るというのは……」


 アルマが悲し気に顔をうつむける。


 それは肯定に他ならなかった。


「3日ほど前に突然言われたの。卒業後に受け入れる用意があると。今日もそのことをルークに相談したくて……」


 その言葉にルークはハッとした。


 ここ最近アルマの元気がなかったのはそのせいだったのか。


 アルマの悩みに薄々感づいてはいたのに自身の進学のことばかり気にかけてないがしろにしていたことに気付き、ルークは頭を掻きむしりたい気分だった。



「アルマ……ごめん。僕は自分のことばかり考えていた。アルマはそんなことがあっても僕のことを心配してくれていたのに」


「ルーク……」


 涙を浮かべた目でアルマが見上げる。



「バスティール嬢、それだけじゃないはずだ。君はゲイル王子の婚約者にも内定しているそうじゃないか」



 そんな2人を面白くなさそうに見ていたトミーが言い放った言葉がナイフのようにルークの胸に突き刺さった。



「それは出鱈目です!私はそんなこと了承していません!」


 アルマの叫ぶ声がまるで遠くから響いてくるように聞こえる。


 アルマが王子と結婚……?


 ありえない話じゃないと頭の中から声が聞こえる。


 王国でも影響力の大きいランパート辺境伯の一人娘であるアルマが王子に嫁ぐことはなにも不思議ではない。


 それでもルークにとってそれは寝耳に水の話であり、アルマが急に自分とは違う世界の住民になった気がした。



「将来の王妃ともなろうお方がこのような”枯渇者”と仲睦まじくしていてはあらぬ噂を立てられてしまいますよ」


 トミーがにやにやと笑いながら話を続けている。


「それにしても大したものですねえ。元学園史上最高の天才の手を借りておいてその者が”枯渇”した途端に王子に乗り換えとは。その身のこなしの早さ、見習いたいものですなあ」


「なっ……」


 顔を紅潮させたアルマが叫ぼうとした時にはルークがトミーの前に詰め寄っていた。


「アルマはそんな人じゃない!今すぐ彼女に謝れ!」


「なっなにを、私はただ事実を言っただけで……」


 凄まじい剣幕のルークに恐れをなしたトミーが後ずさる。


「何が事実だ!彼女がどれほど努力して今の成績を勝ち取ったかも知らないで!さあ早く彼女に謝るんだ!」


 ルークがトミーに向かって指を突き立てたてた。



「炎操!」


 突然響いた言葉と同時にルークの腕が炎に包まれた。


「うわあっ!!」


 全身に広がろうとする炎を消そうと地面を転げまわるルークの前にトミーの弟のトムソンが立ちはだかる。


「田舎貴族の分際で僕らに指図するんじゃないよ。お前のような無能はそうやって地面に這いつくばっているのがお似合いだ」


「トムソン・トリナル!学生同士の争いに魔法を使うのは厳禁のはずです!」


「ふん、こいつが暴力を振るおうとしたから諫めたまでだ。言ってみれば正当防衛だよ」

 アルマの抗議にもトムソンは素知らぬ顔で笑っている。


「それにこいつはもう学生じゃない。その規則もこいつには当てはまらないさ」


「悔しかったら魔法で防いでみるんだな」


 トーマスとトミーがへらへらとあざ笑いながら付け加える。



 先ほどの炎はトムソンの固有魔法・炎操だ。


 この世界では上位魔法を使える者は誰しもが固有魔法を持っている。


 固有魔法とは体内に魔法式を固定することで複雑な詠唱ではなく顕示宣言コーリングだけで発動させることができる、その人にのみ使える魔法のことだ


 体内に固定できる魔法は1つだけで複数持つことはできないが強力で即時発動できることから魔法騎士の必須能力とされている。


 学園では上位魔法を覚えたあとで鑑定魔法をかけて固有魔法を見出すのが慣例となっているため、魔法を使えるようになる前に”枯渇”してしまったルークは当然の帰結として使うことができなった。


「とっととこの学園から去るんだな、お前みたいな落ちこぼれと同じ空気を吸っているだけでこっちまで”枯渇”してしまいそうだ」


 3人はそう吐き捨てると去っていった。




「ルーク!ごめんなさい!私のせいで……」


 地面にうずくまるルークにアルマが治癒魔法を施す。


 ごく一般的な初歩魔法だがそれすらも今のルークには使えなかったからだ。


「ありがとう、もう平気だよ。それよりも……」


 ルークは傷みに顔をしかめながら身を起こすとアルマを見つめた。


「彼の言ったことは本当なの?ゲイル王子の婚約者に内定しているというのは」


 ルークにとって火傷の痛みよりもそっちの方が気がかりだった。


 アルマはうつむきながら頭を横に振った。


「……まだわからないの。一度お会いしないかと言われただけで」


「そうだったんだ……」


 ルークは大きく息をついた。


 少しだけ胸のつかえが取れた気がした。



「私、後宮親衛隊のお誘いを断るわ」


「いや、それは止めた方がいいと思う」


 ぽつりと呟いたアルマの言葉をルークは即座に反対した。


「なぜ?」


「アルマ、前から言ってたよね。立派な魔法戦士になって父親を助けたいと。後宮親衛隊ならこれ以上はない名誉なことだと思う」


「……でも」


 尚も逡巡するアルマにルークは微笑みながら手を差し出した。


「アルマならきっと後宮親衛隊だって立派に勤められるはずだよ。君のことを一番近くで見てきた僕が保証する。そして僕だって諦めるつもりはない。君がどれだけ登りつめてもいつかきっと追いついてみせる。だから一番の高みで待っていてほしい。君を目標にしたいんだ」


「ルーク……」


「約束だ。次に会う時に僕は最高の魔法騎士になってみせる。だから君も夢を諦めないでくれ」



「……わかった。私もルークに負けないくらい立派な魔法騎士になって待ってるから。約束だよ」


 アルマは涙を拭うとその手を握り返した。






 そして一週間後、ルークは正式にアロガス王立魔法騎士養成学園を退学となった。


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