第2話 対価交換

「オレの名前はレイだ。苗字はない。呼び捨てで構わないぞ」

「いや、初対面ではいきなり呼び捨ては…僕より年下のようだし君づけで呼ばせてもらっても?」

彼がうなずいたので、了承されたようだ。そして僕はソファーにおそるおそる腰掛けると…


「神崎ゆずる、18歳。現在は清掃員として生計を立てている。母親は昨年心筋梗塞で倒れてそのまま帰らぬ人となった。」

「…………」


「復讐したいのは片桐祐介、22歳。父親の経営するアパレルショップ3店舗の名前だけの重役で

月収は100万円と親のすねかじりの代表みたいな奴だな。それと、え〜現在進行中でアパレル店員を無理やり何人も喰いまくりと。見たまんまクズだなコイツ」

「あの…なんで…」


「うっさいなフェイ、オレはまどろっこしのが嫌いなんだよ。段階を踏まなくてもいいじゃねえか別に。どうせ復讐する事に変わりはないんだからよ。」

レイ君は僕ではない誰かと話ししているようだった。レイ君の視線の先を見るが誰もいない。


「ああ、悪い悪いゆずるに言ったわけじゃないから。」

レイ君は左手でシッシッと払うそぶりを見せた。


「何でゆずるの事知ってるのかって思うだろ?調べたのか?ってな」

僕はうなずく。


「簡単に言うとゆずるを視ているんだよ。」

「見ている…?」


「見ているんじゃない!視ているんだよ!体感しているのさ!ゆずるが今まで体験した事を体感している」

「……?」


「小学校3年の頃、下校途中でいきなり同級生3人に押さえつけられて、当時中学1年生だった片桐祐介が持っていた金属バットで右手を殴打か…14歳の発想じゃないなコイツ。誰でも良かったみたいだな。初めに通りかかった同級生を無理やり脅して言う事を聞かせて、次に通ったゆずるを襲わせたって感じ。」

「くっ…」

蘇る…


「その後、病院に運ばれるも複雑骨折で後遺症が残ると診断され、母親と一緒に学校、警察に訴えても子供の悪ふざけで聞き入れてもらえず、裁判を起こそうとするも片桐専属の弁護士につぶされ…」

「やめてくれ~~」

あの時の映像が鮮明に蘇る。事件が起きてからずっと頭にこびりついた映像が蘇る。


僕を押さえつけた同級生の怯えた笑み、バットを振り上げた片桐祐介の醜い笑顔、バットを振り下ろした時の高笑い…何もかもが鮮明に思い浮かぶ。


何よりも僕が許せないのが母を泣かせ続けた事だ。何度も何度も僕に泣きながら謝る母。母は何も悪くないのに結局僕を守り切れなかった責任を感じてずっと…後遺症の残った僕の右手を抱えてずっと…死ぬまで僕に謝っていた。


「殺してやりたいか?」

「…殺してやりたい。僕のためじゃない、母をずっと苦しめてきた罰をあいつに味合わせたい」


「わかった、だけど片桐祐介は死ぬほどの罪ではないな。あいつがどんなにクズ人間だとしてもだ。」

「じゃあ…どうしたら。」


「それ相応の罰は与えることができるさ。ふふっ罰だってさ、まるで神様のような言いぐさじゃないか。自分で言ってて笑えてくるよ。」

レイ君はまたどこか別の人に話しかけているかのような言いぐさだった。


「それで対価なんだが…」

「もちろん僕が今まで働いてきたお金と母の残してくれたお金があるので用意してきた。足りるかどうかはわからないが。」

そういって僕は2つの通帳をレイ君に差し出した。


「お金なんていらねえよ、ゆずるからはね。」

そう言ってレイ君は僕が差し出した通帳に興味が無いのか一瞥もくれなかった。


「じゃあ、僕は何を…」

「そうだなこの件が片付いたらオレのところで働いてもおうか、オレの相棒としてな。」

レイ君はアゴに手をかけたまま暫く考え込んで今、思いついたかのうように話した。


「相棒?」

「ああ、そうだ。まあ、実質は相棒という名の奴隷だけどな。」

そう言ってレイはニヤッと意地の悪い顔をしたが、僕にはそれが照れ隠しの為の冗談だと感じた。だから


「奴隷って…せめて週休4日にしてください!」

「おい!なにどさくさに紛れてしれっと4日も要求してんだよ!」

とボケてお互いに笑い合った。


どうしてだろう。まだ出会って何分と経っていないはずなのだが、僕には何か懐かしさというか、前からの知り合いのように感じられた。それにこんな僕を相棒にと、必要だと言ってくれるレイ君に感謝した。



「まあ、詳しいことは事が済んでからでいいか。あ、もちろん給料は出るぞ。」

「わかった。」

そうだ、まずは片桐祐介に復讐をしてからだ。


「フェイ」

レイ君が声をかけると光の粒子が降りてきた。一瞬光がフラッシュしたと思ったら…床に直径1mぐらいの魔法陣が描き出された。


「んじゃあ、早速始めようか。復讐ってやつをよ。お前の右手をダメにした代償を払ってもらおうか。」

そう言ってレイ君は僕をその魔法陣の中に立つように促した。


僕は一瞬だけ躊躇したが、意を決して魔法陣に1歩踏み出した。


魔法陣の中に入ると、僕の足元から徐々に文字のような模様がまとわりつくようにせり上がってくる。痛みなどはないが、なんというか…こう…アナコンダのようなものを連想して気持ち悪い。


「よけいな事を考えてんじゃね〜よ。お前の右手の痛みを思い出せ。心の痛みもな。」

レイ君に言われて僕はあの当時の事を思い出す。


思い出したくもない屈辱的な思いを。


バットで痛めつけてきた時の片桐祐介の醜悪に満ちた顔も、その後小学校を卒業するまで続いた同級生達のいじめも。中学、高校と障害を負った俺に向ける同情と無関心な眼差しも。そして何より責任を感じて亡くなる寸前まで僕に謝っていたの母の悲しい顔も…。


つい昨日のことのように思い出す。


まとわりつく模様が熱を帯びたように熱く感じてきた。徐々に徐々に足元から、腰回り、そして腹から胸へ。右腕から動かない右手に差し掛かってきた時、その模様が立体的になり、円を描くように右手を中心に回り出す。


「よし、ゆずる今から対価交換を行う。なに、痛くは無いよ。すぐに終わる。」


“εψ【イプサイシス】”


レイ君が叫んだと同時に円を描いていた模様が中心から白く発光し、僕の目の視界を奪ったと同時に右手が焼かれるような熱を帯びた。


「あちちちちち〜熱い!!!」

僕はあまりの熱さに右手を振って冷ますジェスチャーをする。


「痛くは無いと言ったな。あれはウソだ!」

レイ君は力強く言った。腕を組み仁王立のポーズで力強く言い切った。


「めちゃくちゃ熱いじゃないか!僕の右手がもげるかと…」

僕は文句の途中で口を遮った。


動く、動くんだ!僕の右手が動く!

小学校3年生の時に骨が粉々に砕けてから10年、全く動かなくなった親指が、ひとさし指が、中指、薬指、小指。全ての指が僕の思い通りに動く!


「うっうわああああああああ」

僕はレイ君が前にいるにも関わらず大声で泣いた。


今まで無意識に抑えていたものが溢れ出す。母が亡くなった時、悲しくても泣けなかった僕の涙が堰を切ったように溢れ出す。今、長年の闇が全て流れ尽くし浄化されたような気持ちになった。

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