22話「決壊」ー後編
*
東京は銀座。オフィスビルやセレクトショップが並び、バーに寿司屋とナポリ級に人生で一度行けるか行けないかの街である。"築地の海鮮丼が食いたかったっす"と文句を垂れていた栗栖も、いざ銀座に着いてみれば何も言わなくなり、周囲の建物を目新しそうに見まわしているだけであった。
「そう言えば、俺は高校の時に修学旅行で東京に来たんだ。」
「ボス、急にどうしましタ?」
「人を変になったみたいに言わないでくれ。…そんな事を言われたモンだから、何を言おうとしたか忘れたじゃないか。」
怜子が笑っている。この後すぐ、辰実も思い出したのだが"銀座でイベリコ豚のカレーを食べたのだが、味が分からなかった"という話であったので黙っておく事にした。
辰実も、その時より大人になっている。分からなかったカレーの味だって分かるようになっただろうし、都会の雰囲気に食らいついたって味わっておかわりできるぐらいには成長しているハズだろう。
"TOKYO ARTWORKS FESTA"は、各都道府県で行われた選考を勝ち抜いた代表がブース形式でデザイン作品の展示を行う。有難い事に、ポートフォリオよろしく自社等の過去作品も置いて参加者どうしの交流も可能である。デザインに関わる者の"得意分野"を知る事ができ、これを機に仕事の幅を増やす事ができるのだ。
何ビルとも分からない商業ビルで行われる、"デザインの物産展"。
「利用できる事は全て利用した方が良い。」
"アヌビスアーツ"に用意されたブースは、1段違いの舞台を横目にした場所。"やる事は分かっているわね?"と人差し指を突きつけられた感覚であったが、現状"出展作品"の魅力を最大限に伝えるためには最も好ましい方法であった。
「どうして水掫さん、僕達に良くしてくれるんでしょうかね?」
「訳がありそうだな。すまないが経緯とかそういうのは全く聞いてない。」
「聞かなかったんですか…、聞いても教えてくれなさそうですけど。」
「何があろうと、俺達みたいな少数精鋭の戦い方は"槍でも大砲でも、戦艦大和でも活用できる事は最大限に活用する"。俺が視る限り、水掫さんは何か"俺達で"面白い事をしでかそうと考えているらしい。」
「それって結局"ダシ"じゃないですか…」
辰実の性分と熊谷の性分も、少しだけ似たような所が存在する。コミュニティの中での"上下関係"は理解しているが、そういったモノに縛られて自分の意見や行動が圧される=人に良い様にされたままでいる事を是としない。
「ダシだな、いい味出してはい御馳走様ー。」
水掫が用意した舞台の上でしか、作品の展示ができない。そもそもが"TOKYO ARTWORKS FESTA"という掌の上である、熊谷もそこまでは無意識のうちに妥協できるのだが、"自分達の作品"が自分たちの思うようにではなく"篠部怜子を綺羅星に仕立て上げる"という名目で辰実が動かされている事については、是認しているものの腑に落ちていない。
勿論、辰実だってそう思っていない。
「…なんて事で終わらせてたまるか。どうせなら美味しすぎて"俺達無しじゃいられない"ぐらいに言わせてやろうじゃないか。」
あくまで"大人"としてのやり方である。デザイン業界での経験は劣るも、いち社会人経験は熊谷に勝る辰実の"打算的真っ向勝負"。警察官として多くの犯罪者や上官を相手に立ちまわってきた辰実の、"小が大を制す"基本の型みたいなものである。
「格好良いですね、ソレ。」
「相手のルールで相手に勝てば、文句1つ言えやしないだろう?」
「絵に描いた"勝利"ですよ。」
「絵を描いて仕事してるからな」
直に開始のアナウンス。熊谷と辰実がブースの席に座っている後ろで、栗栖とマイケルは各ブースの配置図を眺めて話をしていた。
『皆さん、本日は"TOKYO ARTWORKS FESTA"にご参加頂き誠にありがとうございます。只今11時をもちまして本イベントの開始をここに宣言いたします。開始にあたり、パーソナリティの水掫様よりご挨拶がございます。』
"ボス"と、座っている辰実はマイケルに声をかけられる。手にしていたのは、イベント会場に入った際に支給されたタブレット端末。特に触る事なく放置していたが、突然起動し始め中継が始まった。
「"イキ"ですネ。」
「予め告知しておいてもらいたいな、こういうのは。」
ホテルの客室だろうか、一般人の小遣いでは入るのも憚られるような豪勢な客室。都会のビルを簡単に見下すスタイリッシュなガラス製のテーブル。シャンデリアに使われているクリスタルはどれもトップのブライダルメーカーがこだわって扱っているダイヤモンドぐらいに、透明で不純物の無いモノを使っているのだろう。
照明の加減でギラついた結晶が画面に映ると、"素晴らしいモノを魅せて頂戴"と、水掫の飢えた声が辰実には聞こえたような気がした。
『改めまして、パーソナリティの水掫です。…本日ここに集まった作品はどれも素晴らしいモノ、皆それぞれ大手メーカーや個人事務所まで規模の大小はあれど皆が皆"富める技を持った者"。お互いに楽しんでいって頂戴な。』
"…それでは、貴方達と過ごす時間が更なる美の向上に繋がらん事を。"
中継が終わり、"それでは、時間いっぱいまでご自由に"とアナウンスが流れイベントは開始。
「交代でブースにいるようにしよう。時間は15時までだったな、常に2人はブースにいるようにして、交代で他を回ったり休憩を取ろう。」
「分かりました」「了解」「へいボス」
「…但し"篠部"の準備ができたら、全員ブースに戻るように。」
3人の返事を確認した後、4人が囲む空に辰実は右手を伏せて出した。意図を汲んでか、3人も躊躇わず辰実の手の甲の上に手を重ねる。この日のために"アヌビスアーツ"のTシャツも作った、皆の団結が固い事は見れば分かる。
「絶対に"美"なんて1文字で形容させはしないぞ。」
行儀の良すぎるデザインの祭典なのに、何故か"アヌビスアーツ"だけはスポーツの団体戦よろしく気勢溢れる様子でブースに座った。最初に自由散策ができるのは熊谷と栗栖、はじめは辰実とマイケルが待機する事になった。
「あそこまで大風呂敷言ったけど、今回の立役者はここにいないんだよな」
「ボス、我々は"ヒキタテヤク"ヨ?」
「いつの間にそんな日本語を覚えたんだ…」
「栗栖が昨日言ってタ」
「…そうだな。ただあの子のために舞台を用意したんじゃない、俺達が俺達のために舞台を用意したんだ。」
今回上手くいけば、県内だけではなく全国にも"アヌビスアーツ"の仕事範囲を展開できるだろう。…しかし、1つ飛躍をすればその分の働きをしなければならないのは事実である。
「ボス、ボクはどんなに人気者ニなっても、今の"アヌビスアーツ"のままでいれるのが嬉しいデース。」
「ああ。変わらないよう努めるよ。」
喫緊であるかどうか、分からない距離感にいるか"確実に"立ちはだかる課題であった。グラビア復帰を考えている怜子が、もしグラビア復帰する場合に"アヌビスアーツ"は今の5人ではなくなる可能性も十分にある。
「しかし、今ここにいる目的も忘れないように。どんな事があっても1つずつ片付けていこう。」
左の向こうでは、栗栖が職人気質風の男と話をしている。右の斜向かい、数メートル先では熊谷が建築デザイン会社の社員と名刺を交換していた。
(…あとは、篠部の準備がいつできるかだな)
"アヌビスアーツ"のデザイン班は5人いる(後は経理で伊達さんという初老の男性がいる)。今回辰実、熊谷、栗栖、マイケルの4人は"仕込み"としてこの場でブースをやっていたり、あちらこちらを回って名前を売るのだ。
彼らの作品を最も効率的に伝えるには、怜子の存在が不可欠である。
こうやって辰実とマイケルが待つ間も、熊谷と栗栖は各方との交流をしてきてくれている。今の所は"アヌビスアーツ"という名前さえ少しでも頭に刷り込んで来られれば問題ない。"仕掛けるなら前半だ"と思いつつ、あと何分かで開始30分が経とうとしているために辰実は今一度深呼吸し、脈を落ち着かせた。
「お、アクセサリーのデザインですか?」
待機中、辰実とマイケルま関西弁口調の男に声をかけられる。ざんばらな短髪に、丸眼鏡をした辰実と同年代くらいの男。私服のカッターシャツ姿であるが、首に下げているストラップで出展している側の者だと分かった。
参加者以外の来客はちびちび対応しているが、こうやって同じ参加者が来てくれると話がしやすい。
「申し遅れました、神戸で"南京クラフト"言うデザイン会社におります青田(あおた)と申します。」
「"アヌビスアーツ"店長の黒沢と申します。お見知りおきを。」
立ち上がり、辰実はテーブルに置いていた名刺入れを手に取り、名刺を渡した。この日のために新調した名刺、黒をベースにグラデーションのある青い丸枠にアヌビスの顔をあしらっている。変わった事と言えば、アヌビスは正面を向いており、丸枠の中から顔を半分出していた。
「"アヌビス"ってあの、エジプトの神様の事ですか?」
「ええ。今年に入って名前を変えたんですよ。」
青田は、気安い男だった。
「"南京クラフト"…。会場入り口から左に入った所の辺りでしたか?」
「お!よう覚えてますね。」
「ざっとパンフレットには目を通しましたので。」
隣では、マイケルがイベント来場者を対応している。47都道府県のデザイン会社だけではない、水掫から招待を受けた人やデザインの祭典に興味を持って来た人もいるだろう。SNSアカウントを閲覧できるQRコードを読み取っている来場者もいた。先程からひっきりなしにマイケルの携帯電話が振動している。"これでフォロワー来たか分かるようにしてるヨ"というのは先程、辰実も聞いている。
(フォロワーが増えてるネ~、良いコト良いコト)
「今度、アクセサリーのデザインを受け持つ事になってまして。色々と参考にさせてもらえたらええかなと。」
「そうですか、でしたら是非。」
辰実が青田に手渡したパンフレットには、2カ月前に携わった"Lucifer"のアクセサリーと、モデルの写真が載っている。モデルは3人いるのだが、パンフレットの半分は怜子で埋めていた。
「20代前半、20代後半、30代前半の3つに分けてモデルとデザイン案を用意したんです。コンセプトとか、詳しくは書いてますよ。」
「へえ…。しかし、綺麗なモデルさんですね。アクセサリーもさることながら。」
「20代前半のモデルは、うちの社員なんです。」
"え?どこかのモデルさんとかじゃないんですか!?"と驚く青田に反応するように、辰実の携帯電話が振動する。画面に"篠部怜子"と表記されているのを見るや否や、"失礼"と一声し電話に出た。
『篠部です、準備ができました。』
周囲を見渡す。舞台の近くには、十分に人が集まっている。様子を見に来た熊谷も栗栖も、辰実の方を見て"準備ができましたか?"と目で合図をするため、頷いて返答。
「よし、やってくれ。」
『…はい』
電話を切る辰実。
「青田さん、これから面白いモノが観れますよ。」
「え!?何ですか!?」
(凄く食いついたな…)
「見れば分かります、少しお待ちを。」
*
会場控室。
「…凄い!まるで私じゃないみたい。」
驚きのあまり、感嘆符を忘れる。鏡に映った怜子の姿は、友人と出かける時に手を抜かない時の化粧(本人曰く、あまり化粧が得意ではない)では何段飛びしても届く事のないくらいに綺麗に準備されていた。
「普段はナチュラルメイクと言うよりも、そもそもメイクが薄いのかな?化粧映えしない顔でも、メイク感を出した方が綺麗に見えるというのも憶えておいて。」
全体を塗るのではなく、顔立ちを整えるために陰影や肌の色の印象を操作する。これが化粧における基本だと、鏡に映った怜子の後ろで腕を組んでいる背の低い女性は言う。
水掫が呼びつけた、彼の知人でメイクアップアーティストの塚松(つかまつ)。青みがかったジャケットに赤いシャツを着た、キリっとした女性を見た時に怜子は、切れ味鋭いオーラにたじろいでいた。実際は優しい口調のお姉さんで、瞬く間に怜子は打ち解ける事ができた。
目の下、頬のファンデーション。ノーズシャドー、シェーディングによるフェイスラインの調整。塚松のメイクは全て"基本"に忠実であった。これは怜子が元々整った顔立ちをしている分もあると思われる。
「いつもと違うように見えるのは、アイラインを少し太く、アイシャドウとリップの色を不自然にならない程度に濃くしたからよ。…普段補足描いてるアイラインを太くしたのが大きいと思う。」
アイラインの引き具合は、目力や目元の印象を大きく左右する。いつもと段違いに怜子を綺麗にしたメイクが、つけさせた自信が、祭典の人込みをランウェイに変えるのだろう。
「そうそう、写真撮ってSNS上げてもいい?」
「え、いいんですか?」
「私としては仕事で来てるし。"アヌビスアーツ"さんが良いって話なら。」
「良いと思います、会社の宣伝にもなりますので。」
「じゃあ、連絡先交換しときましょうか。自分で望んでやった仕事の上で、こうやって関わった人と繋がれるのって良いよね。」
(凄いなあ、自分の仕事に自信を持って、それで楽しそうに生きてる。)
怜子には、そういう大人が羨ましかった。元々グラビアアイドルを続投する予定だった怜子は、その道を絶たれてしまったために"アヌビスアーツ"へと就職した。デザイン事務所での仕事は楽しいが、改めて"グラビアに復帰したい"という考えを持っている怜子にとっては、また今の仕事に自信と意欲を持ち切れていない。
そんな自分も、変えていかなければならないのだ。
会場をランウェイに変え、自分の今やっている事に確信を持たせるには、何か1つ自分も力になって上手く行かせるしかない。"経験"よりも"成功"が人を変える、まだ大人になり切れていない怜子は、早く一人前の社会人=大人になりたかった。
「そろそろ、行かないとね。黒沢さんに連絡はしといて。」
電話をかける怜子。電話の向こうでは、ブースに来た人数の多さが分かる。そもそもイベントに来場している人が多いのだろう、辰実が出た瞬間にイベントの盛況ぶりを理解する。
「篠部です、準備ができました。」
『よし、やってくれ。』
「…はい。」
準備されていた、ノースリーブにスカート丈の長いドレス。ヒールサンダルも全て黒、シンプルな装いで飾らない事で、プラチナの枠にアクアマリンをあしらったアクセサリーを惹き立てる。真ん中の位置で結んだ長い髪、ヘアゴムの飾りにも、同じようにアクアマリン。
怜子が、1人の"作品"として舞台に立つ準備はできた。
案内されるままに、会場の入り口とはまた別。ちょうど部屋の真ん中を切るように舞台まで勧められる場所、大扉の前に立つ。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
昨晩、ラウンジで怜子を案内してくれた男。会場入りする前の深呼吸も許さず、大扉を開けて無理矢理に足を進ませた。何を考えているか分からないが、一流のスタッフなのだろう。
呼吸は、躊躇い。躊躇う暇も無ければ、すぐさま腹は決まる。
*
"TOKYO ARTWORKS FESTA"会場。
会場出入口ではない大扉が突然に開くと、近くにいた人達は一斉に音の示す方へ視線を向ける。照明に反射したプラチナとアクアマリンが、コンマ単位で測れない速さで怜子の存在を観衆に教えた。
黒い大理石の床が敷き詰められている会場、しかし大扉から舞台に向かうまでの一直線が白いマーブル。"いかにも"なランウェイを一歩ずつ進み始める。その一歩一歩が、纏められた長い髪が揺れる瞬間が、彼女に飾られた"作品"が、舞台に近づく度に目を惹いた。
「誰?」
「え、すごい綺麗…」
「確か、さっき話したデザイン事務所のパンフレットに載ってたアクセサリーだ」
熊谷や栗栖と話をしていた参加者や、ブースでパンフレットを見た来客はすぐに"アヌビスアーツ"だと分かる。
「どこのモデルだよ?」
「見た事もないぞ、でもこんな綺麗な人ならテレビで見てもおかしくない」
ドレスの黒が、露になっている怜子の顔や肌に注目を集めさせる。髪の細かい線が照明で銅の色に光れば、貫くようにプラチナとアクアマリンが光る。人前に出慣れている怜子を緊張で押し潰さんとする会場の人だかりも、彼女をトップスターに変えたメイクがくれた"自信"でどうにでもなった。
「うちの社員ですよ、元々はグラビアアイドルなんですけどね。」
「…ズルいですよソレは、いやでも表現として考えるなら適材適所やと思います。」
「小さな事務所なんでね。出来る事は最大限やらないと生きてはいけないんです。」
舞台が近づく度に、怜子が東京を染めていく。
(盛況だ…!この瞬間を間近で見たいのだが観衆にもみくちゃにされて動けん!)
(マズいですよ黒沢さん、ブースどころじゃない!)
(帰ったら母ちゃんに自慢してやる)
(テキサスのファミリーに"オミヤゲ"ですネ)
行く先が舞台だと分かった観衆は、近くにある"アヌビスアーツ"のブースなんて忘れて怜子の周りに集まり始める。
3歩、2歩、1歩…。
怜子が、舞台に上がる。
この場にいる全ての観衆が、東京が、彼女に注目した。
舞台を囲み、カメラを向ける者もいた。ある者は携帯電話のカメラを向け、ある者は一眼レフを突きつける。大人になった1人の女の子を高揚させるシャッター音が、角度を変えポーズを変え、一瞬を形に残す時間を楽しませてくれる。立ち姿、表情を変えながら。時々ピアスを人差し指で押し上げてみたり。この瞬間においては、彼女はプロである。持っている表現力が、更に観衆とシャッターを高揚させて、怜子の緊張を吹き飛ばす形で返ってくる。
「トビ、できるだけ写真を貰ってきてくれ。今難しいと思うから後でも構わん。」
「はいもう、貰って来れるだけ貰ってきますよ!」
ブースの近くにもできた人だかり、"あの子は誰だ?"と聞かれて"うちの社員です"と答えるルーティーンに数分でもう疲れてしまうとは辰実達も情けない。
「すまないが3人、少しだけ場を任せていいか?」
「いいですけど、黒沢さんは何を?」
「少しばかり仕込みに行ってくる。」
パンフレットを1冊、小脇に抱えてブースの後ろに消えて行った辰実。観衆に囲まれて籠城戦のブースから、怜子の立っている舞台を眺めた。
(昨日の話では、取材の"準備"だって水掫さんが言ってたんだよな。…イベントが終わって取材をするとは考えづらい。)
盛況の"あと"、その状態で取材をするとは考えにくい。どんな出来事も、終わってしまえば多少なりとも"虚しさ"が残る。水掫の考えは確実にそこまで及んでいると言っていいだろう。"怜子を綺羅星に変える"と言ったのだ、ここで注目の的になった怜子が"綺麗な子がいた"で終わらせるではなく、1人の"スター"に仕立て上げる事くらい考えて実行する所に違いない。
(俺の推測が間違ってなければ、"取材"は今ここで始まる!)
辰実以上に考えが及ぶ存在ではあるものの、水掫の考えには分かりやすい所がある。人を綺麗に魅せるには"どの場面で"どうするのかを優先に考えているからだ。
今ここで怜子をスターに変えて見せるなら、彼女という"存在を"覚えてもらうために手を尽くす。結局の所、本当に凄い人物と言うのは突飛な事をしてのけるよりも、当たり前の事を当たり前に、ただ人より力を入れて行っているという話なのだろう。
行き過ぎた"当たり前"は、時に人を破天荒に魅せる。
『ご盛況の所、失礼致します。これからパーソナリティの水掫より、会場内の舞台にて出展者へのインタビューを行わせて頂きます。』
会場に入ってくるスタッフ数名。"すいません、通して下さい"と言いながら観衆の波を割っていくと、その線をジャケット姿の水掫が舞台に向けて歩いて行った。ちょうど彼が舞台に到着する前に、観衆の間を縫って現れた辰実が、持っていたパンフレットを怜子に渡すとすぐさま観衆の中に消えて行った。
"じゃあよろしく"、"分かりました"とアイコンタクト。普段よりキリっとしたメイクで頷く怜子が頼もしい。
パーソナリティと役者が、舞台に揃う。スタッフがマイクを怜子に手渡した。
「まずは、参加してくれてありがとう。…実際にモデルがいて着けてる所を見ると、本当に素晴らしいデザインだった事が分かるわね。」
「ありがとうございます。新入社員の私がモデルであったり、デザイン案の作成に参加させて頂けた事に感謝しています。」
新入社員がモデルとして参加した訳ではない、元々モデルとして採用されていたのが降ろされて、また戻って来ただけである。その裏に"アヌビスアーツ"の辰実や"青鬼プロダクション"の浮田が絡んでいる事はあるのだが。
「大学に通いながら、グラビアのお仕事もしてたのよね?さすがはプロだわ、メイクをして舞台に立ってカメラに映った時に、貴女のどこに魅力を感じるのか分かった。」
「…ありがとうございます。元は"わわわ"というローカル誌でグラビアをやってたんです。」
進行するインタビュー。観衆にはカメラを向ける者や、インタビューの内容ではなく携帯電話の画面に夢中になっている者。その画面への注目も、すぐさま怜子へと変わる。様子を見守っている辰実は、パンフレットの予備を前に出そうと引っ込んでいた熊谷に後ろから声をかけられた。
「黒沢さん」
「どうしたトビ?」
「…見て下さい。このインタビューの内容、SNSで生中継されてます。ここに参加している人もコメントを投稿してますよ。」
「驚いたな。だがこうなった以上、どうにもできない。」
決壊。"アヌビスアーツ"が、地元の壁を壊して全国デビューする瞬間。自分たちが"決壊させた"という自覚はブースの面々に無い。辰実が言う"どうにもできない"の意味は、熊谷もすぐに分かる。
「"元"グラビアなのよね?復帰は考えてないの?」
「グラビアへの復帰ですか。少し離れて思った事ですが、やっぱりグラビアのお仕事を続けたいという気持ちはあります。」
「人気もあったんでしょう?貴女には、もう一度自分を輝かせる力はある筈。」
直に接したのは数回であるが、辰実が水掫の性格を理解するには十分な時間であった。
"とんでもない事になる"。辰実はそれだけ呟く…。
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