23話「デンジャラス・ゲーム」ー前編

(前回までのあらすじ)


"TOKYO ARTWORKS FESTA"当日を迎えた"アヌビスアーツ"一同。緊張と興奮冷めやらぬ会場、水掫の計らいで舞台近くにブースを構える事ができた。


作品が"アクセサリー"である事を踏まえ、実際に完成品を付けた怜子を舞台に立たせる作戦。これも水掫の用意があっての事ではあるが、辰実も賛成した作戦はメイクアップアーティスト塚松の協力もあり、怜子を"綺羅星"へと仕立て上げる事に成功する。


舞台へと歩いて行った彼女は、瞬く間に東京を魅了した。



 *


「えらい事になっちまったな。」


"アヌビスアーツ"事務所、入り口すぐの応接スペース。商店街のまとめ役である屋良正明(やらまさあき)は、数日前に発刊された"わわわ"の最新号を手に取って苦い顔をしている。


「ショックだろうな。特にあの子は。」

「ここ数日"体調不良"で休んでいまして、早く立ち直ってくれると良いんですが…。」


"売れないからやめろ"、"嫌がらせなんてされたグラビアがこの先やっていける訳がない"、"売れている先輩の言う事は絶対"。屋良さんが読んでいた記事はインタビュー記事であったのだが、名前を伏せられた元グラビアアイドルが話をしている(と書かれている)のは、具体的な暴言の数々であった。


…この記事には、それを"怜子に言われた"と書かれている。記事の見出しは、"元グラビアアイドル篠部怜子、後輩への暴言が明らかに!"。前置きには怜子が後輩に行った暴言を理由に契約を解除した事や、その後輩にインタビューした旨の話。


「怜子ちゃんは今、商店街のイメージガールとしても活動してくれてる。…それがこんな記事を書かれたとあっちゃあ黒沢さん、アンタが引き継いだデザイン事務所どころか商店街が危ないぜ?」

「仰る通りです、本当に申し訳ありません。」


「いいや、アンタを責めたっていけねえ。」


テーブルには、また別の記事を切り抜きしてラミネート加工したモノ。先日の"TOKYO ARTWORKS FESTA"で怜子が舞台に上がった写真と、出展したアクセサリーの簡単な草案を載せている。


このイベントで得られた事は大きい。


それは、新しい仕事の確保。今までは地元企業を相手に仕事をしていたが、知り合った他のデザイン会社の依頼や、合同企画に在り付く事ができた。それだけ"仕事が来る可能性"が高まるのは大きい。更に言えば水掫の注目を浴びた事も、"アヌビスアーツ"の求心力を高めた事だろう。


「インタビューの内容でしょう。」

「ああ、あの東京でやったイベントで受けたってのか?」


「ええ。その時に"グラビアに戻りたい"と言いましたので。」


予想はできていた。


怜子が"グラビアに復帰したい"と東京で宣言すれば、たちまち"わわわ"にとっては怜子を契約解除した理由について問われる。そうなれば明るみにしなかった"真実"が白日の下に晒される事は確かと言っていい。


…しかし、"わわわ"は予想以上に大きく出てきている。辰実は、一見して対抗のしようが無い自然災害みたいな何かを相手にしている気分であった。


「戻るとかそういうのは、個人の自由だろう?何で契約を切った側があんな事を今更掘り返すんだよ。」

「あの子がグラビアに復帰する事に、思う所があるのでしょう。…それに、今回の一件で"わわわ"が企業価値を問われる可能性がありますので。」


"企業価値?"と屋良さんは聞き返す。


「今やローカル誌の権勢を握っている"わわわ"に、契約を切られたグラビアが東京を騒がせた。契約を切った理由が明らかにされていなければ、"あの企業はわざわざ金の卵を捨てたのだ"と馬鹿にされる事になります。」


「放っておきゃ良いだろうよ、そんなもん。」


「放っておけない理由があるのでしょう。…少なくとも今になって"契約を切った原因"を明るみにしたという事は、余程篠部の事を触れ回って欲しくはないのでしょう。」


"冷静だな、黒沢さん"と言い、屋良さんはグラスに入った麦茶を飲む。事の大きさに熱を出してしまった感覚を、どうしてでも冷まさなければいけないと思っている所であるのに。


「頭が落ち着いているのと、事を収められるのは別です。正直、俺も今どうしたら良いのか分かりません。完全に、圧倒的なパワーでねじ伏せようとしてきている。」



 *


"わわわ"オフィスビル。


企画部の何人かとグラビアアイドル、あとそのマネージャーが集まる会議室。この日は、"わわわ"内のグラビアアイドルのイベント企画について話をしていた。


「…今度のイベントは、来月末から関西と合同でやるっていう奴ですよね。横山さん的には、どういう風に進めるとか、誰を推したいとかあるんですか?」


ノリの軽そうな若い社員に話を振られたのは、企画プロデューサーの横山。センター分けのロン毛に口髭顎鬚、色眼鏡の男が、いやらしく笑みを浮かべる。


本日は、機嫌が良さそうであった。


「そうだね~、指宿(いぶすき)ちゃんとかどう?」

「あの子ですか。」

「これから推していくじゃない?どうせなら関西を踏み台に売り出していこうよ。」


怜子と同期のグラビアアイドルである。何とか続けられてはいるが、怜子のように人気があるという訳でもなかった。現在も人気という訳ではなく、かと言って市場成長率が高いと訳でもない。


「あの子のシンデレラストーリーなんて良いじゃない?4年間今まで陽の目を浴びなかった彼女の転機を、"作ってやる"のも。」


話を振った若い男は、横山の話に頷いて手拍子だけをしている。



(ゴマすりには分からないでしょうね…)


横山の取り巻き社員が流れ作業で賛成する中、熱を冷ますように苦言を呈すのは人気グラビアアイドルのマネージャーを務める早瀬真啓(はやせまひろ)であった。


昨年に別のローカル誌の編集部からヘッドハンティングされてきた社員で、一部の社員からは注目を浴びている。


…但し、横山の取り巻きにはこの場で良い顔をされていなかった。


「私は反対です。足掛かりにするではなく、もっと人気をつけて土台を作ってからでないと。…あの子には早いと思いますが。」

「だったら大きい所でやらせてみたら人気出ない?」

「長い目で考えるならハイリスクハイリターンではなく、小さなイベントやっ仕事からでも確実に成功させて、ファンを獲得するべきです。」


「リスクって何?…あの子だって4年もやってるんだから土台ぐらいあるでしょうよ。」


早瀬が問題としているのは、これと言って推していく点が見当たらないにも関わらず、あれこれと尾ひれをつけて人気があるように仕立て上げる事。イベントが大きければ大きい程、張り子の虎はすぐにバレる。


「横山さん、"時期的に"今じゃないとダメですか?ワンクッション置いてもいいのでは。」

「早瀬ちゃんは何が言いたいの?」


(ちゃん付けで呼ぶな、気持ち悪い)


横山の事が生理的に受け付けられない早瀬。特に謎の自信がある面構えが気に入らなかった。


「先日、篠部怜子の"パワハラ"に関する記事を出した所でしょう?東京を騒がせてきた所であんな記事が出たんです、方々から"どういう事だ"と言われている事は間違いありません。…同期であれば、イベントに出てきた所で何をほじくられるか分かりません。」

「いやそんな事無いからー。だって事実しか書いてないんだよ?変な事を指宿ちゃんに訊かれた所で"何も知りません"でシラ切れるじゃない。」


「…何も知りません、の意味がよく分かりませんが。」


「だから、パワハラは事実だっての!」


横山は語気を強めた。


(どうやら、本当にほじくられたくない事みたいね)


同期であれば、何か知っている可能性は高い。今ここでそんな指宿を推していく事自体が、今後の彼女の活動に難癖をつけられやすくなる。何もしなくても騒がれるのに、このままではある事ない事を言われて活動がしにくくなるというリスクは十分に考えられる。


早瀬の経験値と、人気グラビアのマネージャーをしているという信頼感は、横山の前では邪魔であった。



 *


「荒れてますね早瀬さん」

「そりゃあそうよ。あのキモロン毛、本当に人の事考えられないわ!」


商店街のレストラン、たまたま外に出て仕事をしていた早瀬と饗庭は落ち合う。先の会議の事で荒れている早瀬を宥める饗庭であった。


「リスクは考えるべきでしょうね。…それ考えられないのに何で企画のプロデューサーなんてやってんですか横山のオッサンは。」

「ああいう立場にいるって事は、たまたま企画が1個バカ受けしたか、余程お上に媚びを売るのが上手いんでしょ。枕営業でもしたんじゃないの?」


"早瀬さん、それ以上はマズいです"と、いつもは飄々とした饗庭も焦ってしまう。彼女には全く頭が上がらないのだ。


「…しっかし、篠部のパワハラを"事実"だなんて思い切ったモンですねぇ。」

「あそこまで言い切れる神経が本当凄いのよ、あれは絶対何かある。」


人間、あまり突いて欲しくない所を突かれればたちまち平常と違う反応をする。早瀬の言葉に対し、途端に横山が語気を強めたのはそうだろう。


「実際の所、黒沢の奴が"嘘だ"って証明してるじゃないですか。かの迷惑なデブが追っかけまわして嫌になった所で辞めたって話で供述調書が書かれてるし、横山のオッサンだってソイツを出されりゃ事実だって言えないでしょうよ。」


店員が持って来た透明のピッチャーで、グラスに3杯目のお冷を饗庭は注ぐ。7月の熱気は暑がりの彼にとって辛いが、室内の冷房もそろそろ寒く感じてきた。


怜子の後輩3人が辞めた時には、"しだまよう"と名乗る迷惑配信者にひたすら追いかけ回され(家まで来られた人もいる)、精神的に限界が来たのが原因と、供述調書には書かれている。内容については、饗庭も辰実から聞いただけであるのだが。


「逃げ切るわよ」

「…俺も言っててアレですけど、そんな気がしてます」


辰実が録取した供述調書の内容は"事実"であり、更に事実が隠れている。そう早瀬は読んでいた。


「今の所パワハラを嘘だって証明できる可能性があるのは、黒沢が録取した供述調書だけですか。そこで隠れた事実ってのを持ち逃げされたら、横山は警察の証拠ですら"嘘だ"って言われるんでしょうね。」

「珍しいわね、黒沢君の心配をするなんて。」


「アイツは味方じゃねえんですけど、友達ではあるんで。…黒沢ってのはいけ好かねえ野郎ではあるんですが、このまんま"わわわ"の圧力にやられちまうのを笑ってやる訳にもいかねえ。」


「"いけ好かない"は訂正しなさいな。」


怜子の記事が出た件に、"アヌビスアーツ"が巻き込まれているのは周知の事実であった。東京を騒がせた元グラビアの、過去のスキャンダル。更にそれを分かっていて連れてきたデザイン事務所も非難の的になる。


「…"たまたま"気に食わない奴と迫りくる敵が一致するってだけですよ。」

「そういう事にしておくわ。」


2人は、昼食を簡単に済ませた。食後に来たアイス烏龍茶も、3を数えるまでに饗庭は飲み干してしまう。


「しかし、横山の方は余程勝算があるんでしょうね。あんな堂々と、東京騒がせた元グラビアのスキャンダルを公開して。これが嘘だってバレりゃ県内でなく全国から叩かれますよ。…最も、今の所は黒沢がそうなりそうですけど。」


飄々としている饗庭も、この時ばかりは笑っていない。


「怜子ちゃんも、今は相当落ち込んでるでしょうね。嘘か本当かは置いといて、自分が大事にしてた後輩が"あんな証言をした"と書かれてるんですもの。」


食べつくされた食器が、今の所起こりそうな辰実の未来を示唆していた。もっと深く言えば、この状況を良しとしておけば遠くない未来に饗庭も"食われる"側になる。


「プロデューサーなんかで無けりゃ、横山は小物なんですがね」

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