2話「ラ・ジャポネーゼ」ー中編
「単刀直入に訊くけど、人気のグラビアだったんだろう?大学を卒業しても"わわわ"でグラビアを続けられたんじゃないか?」
面接でも幾度か言われ、"契約が終わってしまった"と簡単に答える事で凌げた内容であるが、今までにない緊張感が"この質問で嫌な所を探られる"と怜子の危機感をこれでもかと引き出す。
「こうやって就職活動をしているのも、天田さんの店でバイトをしているのも事情はあるのだろう?…例えば、"わわわ"と何かあったとか?」
辰実の目の奥に、"何かの事情がある"という確信。グラビアアイドルとして色んな人と接してきた経験から、ある程度人の考えている事を察する事が怜子にもできる。その経験則が、怜子にとって訊かれたくない"契約の打ち切り"に目をつけていると危険信号を発していた。
いつも通り言葉を選ぼうにも、怜子は緊張で言葉を選べない。…十数秒の沈黙があった後、やっと口を開き言葉が喉から出て行こうとする。
「すまない、今の質問は無しにしてくれ。」
驚く事に、辰実はそれを遮った。テーブルに置いていた缶のコーラを手に取り、プルタブを起こせばプシュっと炭酸の弾ける音。その中身を少し飲みこんで、言葉を選びながらノートに何かを書いていた。
「…訊かなくて、良いんですか?」
「別に良かった」
何かを書き終わる辺りで怜子が質問をするも、辰実はぶっきらぼうに答える。ここでもう怜子は、"自分が何を言おうとしていたか、その背景の所まで察知している"と確信していた。更にさっきまであった筈の緊張がふっと消えた事に対する違和感が、今も拭えずにいる。
「"グラビアはもうやってない"という認識で間違いないか?」
「間違いありません。」
「グラビアで稼いだお金は、何に使っていたんだ?」
「生活費と、学費に回してました。」
「…親御さんからの仕送りは無かった?」
"ありませんでした"と怜子は首を横に振る。この辺りの質問ではもう辰実に初めの緊張感は無く、ぶっきらぼうながらも気さくな一面が透けて見えていた。
「自分の面倒は、自分で見てたという訳か」
「そうなります」
「奨学金は?」
「月5万、借りていました。家賃で消えてます。」
「成程。…確かT島大、国立だったな。…となると学費を考えたら。生活費を考えると」
頭の中でのやりくりを呟きながら、辰実はノートにメモをする。普通より小さい字で、座っている状態の怜子には何を書いているのかは見えなかった。
「大学生の間で、一番高い物で何買ったか覚えてるか?」
「キーボードを。確か5万円くらいでした。」
「へえ、音楽を。凄いな…」
「楽器は何かされたりするんですか?」
「それが全くなんだ。まず音符が読めない。」
辰実の醸し出していた緊張感は、既に無くなっている。
「もしかして、自分で作詞作曲とかできたりする?」
「…できます」
"これは凄い"と、ぽつり驚きの言葉を呟いてコーラを口にした辰実の様子を怜子は見逃さなかった。…好感触、と言いたい所なのだが、どうしても最初の異常な緊張感と"探られている"感覚が忘れられないせいで受け答えが堅くなってしまう。
「趣味があるのは、いい事だよ。」
受け答えが終わっても、メモの手は続いていた。また十数秒後手が止まると、今度はノートを閉じた。
「…面接はこれで終わるけど、何か言っておく事とかある?」
「い、いえ…ありません。本日はお時間を作っていただき有難うございました。」
いきなり終わりを告げられた面接に驚いた怜子は、慌てて深々と頭を下げる。
「今日、アルバイトは?」
「休みを頂いてます」
「…なら、今日の18時までに採用かどうか連絡するから、一応出れるようにはしておいてくれ。」
"面接の合否"となると緊張していたのか、それっぽい様子の怜子がお辞儀をして店を出ていった後、辰実は応接用のテーブルに置いていた缶のコーラの中身を一気に飲み干した。
「緊張感のある面接でしたな」
ほっほっほっ、と笑いながらコーヒーカップを回収しに現れたのは事務員の伊達正喜(だてまさよし)。怜子にコーヒーを持ってきた初老の男性である。
「もっとやわらかい雰囲気で面接した方が良いんですかねえ…」
「いえいえ。黒沢さんのお人が分かる良い面接でありましたよ。」
「…俺は、性格の悪い男になるじゃないですか」
冗談として笑いながら、伊達がコーヒーカップを洗って水切りに置いた後、空になったコーラの缶の中をゆすぐ。応接スペースの奥にある、仕事スペースに置いてある缶用のごみ箱に洗った缶を投げ入れ辰実は自分のデスクに座った。
時計を見ると、11時を過ぎている。
「いえいえ、素晴らしいお方です。真剣に彼女の人となりを知ろうとされていた。」
「そんな事を言われるとむず痒くなってきましたよ」
「…しかしながら、"独特な"面接でありましたな。"言いたくない事は言わなくてよい。でも嘘を吐いてよい訳ではない"と仰る面接は、黒沢さんだけでしょう。」
「そいつは、"前職"の所為ですね。…しかし、面接とも通ずるものがあるかと。」
「成程。…して、先の子の合否はどのようにされますかな?」
「俺の中ではもう決まってますが、伊達さんの目にあの子はどう映りましたか?」
「素直な子でしたな。場の雰囲気を良くしてくれるかと。」
"ただ、少し気になります"と、低姿勢ながらも伊達はバッサリ斬り込んでいく。年の功が為せる業なのか、とにかく人の事をよく"視ている"のだ。
「そんな子が、自ら人気だったグラビアを辞めたようには感じられません。…それに、天田さんからは多くの会社を受けて、採用通知を1社も貰っていないと聞いていましたが、決してどこにも採用されない子には思えませんでした。」
「俺も同じ事を考えていました。…よくよく考えてみれば"不可解な"事ばかりです。」
その"不可解な事"を更に裏打ちするかのように、離れた場所でガラスが割れる音がする。伊達と共に急いで駆けてみると、応接スペースの通りに面している窓ガラスが1枚割られていた。…床に拳大の石が転がっていたのを見て、事の状況を黒沢は理解する。
通りを一望できる腰高窓は、応接中に気持ちを落ち着かせるには良かったのだが…。
(不可解だな)
急いで箒と塵取りを持ってきた伊達は、手早くガラス片を始末しようとするも、"おっと"と声を上げて手を止め、辰実を見た。
「ガラスが割れている状況の写真は、撮られますかな?」
「刑事じゃ無いんですから。…でも一応撮っときましたので片付けて貰って大丈夫です。」
昨日観た刑事ドラマで、現場に入ろうとする警察官に"写真撮影がまだだ"と言って別の警察官が制止したというシーンがあった事を、面白げに伊達は話してくれた。どうやらミステリーが好きらしい。
「どうやら伊達さん、俺達は謎解きをしなければならないようです」
「ほうほう、それは刑事になった気分ですな。」
割られたガラスの近くに置いていた、アヌビス神の置物に立て掛けるようにあった茶封筒。お札が入るぐらいのサイズのそれには、折り畳まれた紙が入っていた。
*
喫茶"AMANDA"。
面接を終えた怜子は、その足で天田の所へ報告に向かっていた。
個人的な感想を言えば、"散々な結果"である。いきなりやって来た緊張感に振り回され、いつも喋る事ができていた内容だってロクに話せちゃいない。しょっぱい結果を酸味のあるトマトパスタと一緒に口の中へ流し込む。
「何かこう、"取り繕ってる言葉も分かるから言っちゃダメ"みたいな雰囲気だったんです。最初にそうだったから、後からちょっとフランクになってきたのが逆に怖くてー…」
「圧迫面接、と言うのもあるし。意外といい結果かもよ?」
むしゃくしゃしてパスタをむしゃむしゃする怜子の様子を、微笑ましく眺めている天田の妻。まだ11時の開店時間は客足が殆ど無く静かな空間であった。
「そうそう、どんな事訊かれたの?」
「最初の圧迫以外は私の生活費の事とか…、あとは趣味の事とか。」
「何か、そう言われると半々って感じになるかもね。怜子ちゃんがちょっと元気ないのも分からなくはない。」
天田の妻は、自分で淹れたアイスコーヒーを一口して冗談交じりに答えた。
「この感じだと、ギリギリまで連絡気無さそう。…で、ダメでしたー、みたいな。」
「いいえ、もしかしたらすぐに連絡来るのがアウトかもよ?」
怜子の不安を頑張って和らげようとする天田の妻だが、逆にテンパって怜子をあっちこっちに振り回している。そんな状況に茶々を入れるように、入り口のバーチャイムがカランと音を立てる。
「お客さんだわ、…あ、いらっしゃいませー」
焦る主婦の顔から、急に接客業の顔。接客の達人は凄い。
「って、黒沢さんじゃない!食べに来てくれたの?」
(ああ、最悪だ…)
やって来たのは黒沢だった。面接の話をして、結果待ちの所でまさか遭遇するなんて気まずい以外の何物でも無い。千円札を置いて店の裏口から逃げ出したいくらいの気持ちに駆られていた怜子だが、黒沢と目が合ってしまうと緊張してパスタを巻いたフォークを持ったまま制止していた。
「ご主人さんはいますか?」
「主人はトマトの買い出しに行ったわよ?もうじき帰って来ると思うけど。」
「急ぎとかでも無いですのでお気遣いなく。…それよりも、あそこに座っている子の方は急いだほうが良い用件でして。」
「怜子ちゃんならそこに座ってるわ。」
怜子の方を天田の妻が指さすと、黒沢は何のためらいもなく怜子のいるテーブル、しかも彼女の真正面に座る。
「食事中のところ申し訳ない。…面接の結果だけ手短に伝えてもいいか?」
慌ててパスタを食べていた口をナプキンで拭いて綺麗にし、背筋を伸ばし"お願いします"と緊張気味に答えた怜子の様子は、ある事を全て受け止めるだけの気持ちは見える。
「面接して、事務所のメンバーとも話をした結果だが…」
「あのー、…やっぱり駄目だったんでしょうか?」
「…さすがに俺も、"見送り"は電話で伝えるかな」
よくよく考えれば、たまたまやって来たとはいえ"不採用"を伝えるために食事中の人の真正面に座るなんていうのは最低最悪極まりない。"そう思われていたならちょっと辛いなー"と悲しく笑みを浮かべた黒沢の、ぶっきらぼうな時とのギャップに、本当は優しい人ではないかと思ってしまう。
「君さえ良ければ、"アヌビスアーツ"に来てくれないか?」
怜子のフォークでパスタを巻きとる手が止まった。聞いた事もない言葉、それでも誰かに言われたかった言葉がやっと貰えて嬉しいのに、感情表現のキャパシティがオーバーフローしてどう反応したら良いのか分からずフリーズする。
遠回しな言い方だった。それでも"君を採用する"と上からの感じでも無く、あくまで怜子を1人の人間として同じ高さで見ていた物言いが嬉しかった。
「本当に、いいんですか?」
怜子のフォークでパスタを巻きとる手が止まった。聞いた事もない言葉、それでも誰かに言われたかった言葉がやっと貰えて嬉しいのに、感情表現のキャパシティがオーバーフローしてどう反応したら良いのか分からずフリーズする。
飛び上がって走り回りたくなるぐらいに、怜子は喜びを表現したかった。"良かったね怜子ちゃん"と、肩を抱いてくれる天田の妻も、今までずっと心配していたからか我が事のように喜んでくれていた。
「本当ですよ!ずっと"見送り"ばっかりだったから…」
(見送り?この子が?)
喜びのあまり怜子がポロっと漏らした一言を、辰実は見逃さない。…その疑問は、さっき彼女の面接を行ったからこそ感じるものでもあった。
怜子を採用した経緯には、それを裏付けする"理由"が勿論ある。だがその中の6割くらいは、どこの企業のどの面接官であっても"彼女と話をする気があれば、同じように考えるだろう"事なのに、何があって怜子はずっと見送りだったのか?
(確信、とまではまだ届かないにせよ"何かある"事は間違いないな。)
「凄い喜びようだな」
「だって、今までどこ受けても駄目だったんですよ!?」
「面接をしている限りそうは思えないんだが、一体何社ぐらい受けたんだ?」
「20社ぐらいです。」
何の飾りもなく素直な疑問を投げかけると、怜子はちゃんとした答えをつけて投げ返してくれる。"採用をする側"に立てばちゃんとコミュニケーションが取れる学生を無暗に見送るなんて事は考えにくい。
ましてや、それを20社が20社やっているのだから"不自然"だと思う。
「すまない。…少し聞きたいんだが」
「え?…あ、はい!何でしょう?」
中年女性と、現世を忘れて喜び合っていた怜子は、辰実の呼びかけで喜びの幽世から若松商店街の一角にある喫茶店へと舞い戻る。
「差し支えなければ、今までに受けた会社で、"面接官もしくは会社の人と話が盛り上がったところ"を教えてくれないか?」
「"若松物産"と、"華森工務店"、あとは"なかなか出版"。」
(名前を聞く限りではどれも業種が違う所だな。…余程なりふり構ってられなかったんだろう。)
「"若松物産"…」
「"若松物産"が、どうかされましたか?」
「義理の母が働いてる」
「そうなんですね。"若松物産"は一番覚えてて…、背が高くてハーフっぽいの女の人がいたんですけど、凄くカッコよかったし、緊張している私の事を気遣ってくれて、色々お話をしてくれました。」
(思い当たる節があるな)
「その人の、髪の色は?」
「綺麗な栗色をしていました。」
「目の色は?」
「青い目をしてました。」
(…恐らく、"彼女"で間違いないだろう。まずその線から当たってみるか。)
栗色の髪に青い目と、言葉で伝えている時に怜子は"黒沢愛結"の存在が浮かんだ。憧れの女性で、大学に入ってから殆ど"自分の力"で生きてきた怜子を支えてくれていた存在であった。
古浦の出した"ヒント"は愛結の事だろう。もしそれが"正解"に近いものだったとしても、どうしても怜子には信じられない。怜子の持っていた"憧れ"が、嘘か真か分からない"正解"への光明を曇らせる。
その一方で辰実は、怜子が帰った後に起きた"出来事"への真相への光明を見出していた。
「すいません、たまごサンドを1つ。」
「はいただいま」
会話をしながらさりげなく、辰実は天田の妻に注文をする。
「"店長"…さん?いきなり採用告知なんてして良かったんですか?」
「黒沢でいい。採用に関しては俺が権限を持ってるんだから何の問題も無い。」
「私、20社くらい受けて全部不採用なんですよ?」
現状が未だに飲み込めない自分の姿が怜子には見えていたが、これまでの状況を考えると面接をした後1時間も経っていないのに"採用"なんて言われる事が理解できない状況でしかない。
「だったらその20社くらいは、人を見る目が無かったという事だ」
"頂きます"の代わりに手を合わせながらぶっきらぼうに他社へのディスをかまし、辰実は注文のたまごサンドを引っ掴んで齧り付いた。礼儀の無い発言なのに、その食事作法は礼節を尽くしたものに見える。
(育ちがいいのかな、黒沢さんは)
他の大人と少し線の引き方が違うように見える男なのだが、怜子には"その本質の部分"にある、計算と論理で人の心を掴む策士の姿が既に見えていた。
しかし訊いてみたかった"採用の理由"について質問をする前に辰実の携帯が振動する。画面で電話の相手を一瞥し、"はい黒沢です"とぶっきらぼうに答えていた。
『どうも、"Studio Bianca(スタジオビアンカ)"の真崎(まさき)です。』
「どうしました、真崎さん?」
『ちょーっと、困った事がありまして。黒沢さんに聞きたい事が。…今大丈夫ですか?』
「人と話をしていた所ですので手短に」
『ありがとうございます。…今日、新作の袴のモデル撮影しようと思ってたんですけど"モデル"の子が急に予定入っちゃって。黒沢さんの知っている範囲で、誰か代わりできそうな子いないかと思ったんですよ。身長が普通ぐらいの子だと嬉しいです!』
(誰かいなければ、妹にでも聞いてみるか)
そんな事を言われながら、"袴"と聞いて思い出す事が1つあった。大学の卒業式、辰実はスーツを着て出席し、終始居眠りをこいていたのだが"女子"は違う。
ここで辰実は、1つ思いついた事があった。
「ちょっと、切らないで待ってて下さい」
と言うと、辰実は携帯をテーブルの上に伏せて怜子に向き直る。
「卒業式はまだか?」
「まだ、です。参加する予定は無いですが。」
「…だとしたら、袴のレンタルもやってないな?」
"はい"と答える怜子。その返事を辰実が確信していた理由は面接の内容からで、"仕送りも無く、生活費や学費も全て自分で賄っていた"怜子の状況を考えれば、袴のレンタル代金だけを親が援助するとは思えない。
「もし、袴を"調達"できるとしたらどうする?」
「それでも、お金が無いです」
「じゃあ質問を変えよう。…卒業式に出るか出ないかは置いて、袴を着てはみたいとは?」
「一度しか無いかもしれない事ですし、着てみたかったです。」
"一度しか無い"事だから、思い出と一緒にあんなに着飾る。だいたいの女子であればそんな事を考えるだろう、怜子にもそれはあった。
「なら1つ、いい話がある。今俺が電話している人が、"新作の袴のモデル"を探しているんだ。」
「私が、そのモデルに…?」
「そして俺の交渉次第だが、その新作を君が卒業式に着て行っていいか頼んでみる。…もし金がかかるようなら、"アヌビスアーツ"で負担しよう。」
「そんな…申し訳ないです。」
「入社祝いだ、これぐらいさせてくれ。」
今までの状況から一変、いきなり採用され、更には諦めていた卒業式の袴も調達してくれる。そして代金も会社持ちという状況に、本当に現世に足を着いているのか疑いたくなる怜子であったが、"愛結を疑いたくない"という気持ちと似たような"辰実を信じたい"という気持ちが事実を飲み込ませた。
「本当に、良いんですか?」
「大丈夫だ、インディアンと俺は嘘をつかない。」
"何でインディアン?"というツッコミは無しにして、嬉しくて素直に"ありがとうございます"と怜子は答えた。根底にはグラビアの時に体験した"撮影"の楽しさも忘れられていなかったのだろう。頭を下げる怜子の傍らで、辰実は伏せていた携帯を手に取る。
怜子にグラビアの経験があった事は"知らずとも"真崎にとって都合の良い事であるという"利点"が、ここからの交渉に役立ってくるのは間違いないだろう。
「すいません真崎さん、お待たせしました。」
『いえいえ』
「今、モデルになってくれる子が見つかりました」
『え?うそお!?』
驚きの余り、電話の向こうで何かが崩れる音がした。
『…スイマセン、驚いて本棚に頭を打ってしまいまして』
「驚きすぎですよ」
バラエティ番組かコント番組か、それを彷彿とさせるようなリアクションに対し、冷静に愛想笑いをしながら辰実は電話を続ける。
『だって黒沢さん、秒ですよ秒!』
「目の前にいましたからね。…それで、撮影は何時からいけそうですか?」
会話の内容がうっすら聞こえていたのか怜子が"いつでも大丈夫です"と質問より先に答えてくれた。
「こっちは、いつでもいけるみたいですよ?」
『だったら、1時からどうですか?メイクさんには待っててもらいます。』
「じゃあ、1時にスタジオ向かいますんでー」
と言い、ぶっきらぼうに辰実は電話を切った。
画面の通知を見ると、伊達から電話が来ているので折り返し連絡する。
「伊達さん、どうしました?」
『先程、"Studio Bianca"の真崎さんからお電話がありまして。…何でも、袴のモデルを探しておられると。』
「ああ、それなら解決しましたよ」
『ほうほう、手が早い。…もしかして、先程の子に声を掛けましたかな?』
「ええその通りです。伊達さんは察しが良いですね。」
『いえいえ。黒沢さんであれば、これを"彼女の人となりを捉える"良い機会だとお考えになると思いましたので。』
「まさか。俺はそこまで考えてたりしませんよ。」
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