第21話




 川に落とした女の子が「人魚姫」と同じ能力に目覚めれば、自分が正しいと証明される。エリサはそう思ったのだろうか。


「自首するように説得したんですが、姉にとりついた悪霊に襲われて階段から落ちてしまい……」


 マリアさんはそこで言葉を途切れさせた。

 雨の音だけが聞こえてくる。


「話はわかった。水川エリサを逮捕する」


 修司さんが携帯を取り出し、電話の向こうに指示を伝える。


「水川、悠斗、涼。時音についていてくれ。水川エリサを捕まえるまで」


 そう言って、修司さんはあたしの部屋から出ていった。


 あたしはベッドに座り込み、涼と悠斗は床に座った。マリアさんは「外で見張る」と言い廊下にでて扉の前に立っている。

 マリアさん、今どんな気持ちがしているんだろう。仲が悪いとはいえ、実の姉が逮捕されようとしているだなんて。


 でも、このままでは水川エリサは、きっと悪霊に飲み込まれてしまう。


 姿を隠したり悪霊と共に移動したり、すでに一体化が進んでいる。早く捕まえて、悪霊を引きはがさなくては。


「その悪霊の目的はなんなの?」


 悠斗が首をひねった。


「水川エリサはどうしてとりつかれたのかな?」

「犯人の、妹への悪意に寄ってきたんだろ」


 涼はどうでもよさそうに答えた。


「でもさ、マリアさんへの悪意に引かれてきたのなら、すぐにマリアさんを襲うはずじゃないの?どうして、無関係な女の子を襲っていたのかな」

「だから、自分の能力を証明するためだろ」

「うん。でも、それって水川エリサの意志でしょ?悪霊は、とりついた相手の意志に従ったり願いを叶えたりしない。悪霊の目的はただ一つ、「人を殺すこと」だ」


 悠斗が授業で習ったことを口にする。


「それなのに、水川エリサにとりついた悪霊は、川に落とした女の子達を殺していない。悪霊が本気で殺そうと狙えば、女の子達も時音もあっさり殺せたはずだろ。それに、一番に憎んでいるはずのマリアさんにもトドメをさしていないじゃないか」


 悠斗の言葉に、あたしは思わず自分の首に手をやった。

 確かに、本気で殺すつもりだったのなら、あたしは今生きていないはずだ。


「女の子達も時音もマリアさんも、水川エリサも、ただの駒なんじゃないのかな」


 あたしと涼は、悠斗の顔をみつめた。

 悠斗は顔の前で指を組んで、真剣な表情で言った。


「悪霊には、本当に殺したい相手がいるんじゃないかな」


 あたしは目を瞬いた。

 雨の音がひときわ大きくなった。



「本当に殺したい相手って、誰だよ?」

「それはわからないけど……」


 涼に問われて、悠斗は眉を下げる。


「考えすぎだろ」

「そうかなあ?」


 あたしはその時、なぜか修司さんの顔が頭をよぎった。


「時音?」


 急に立ち上がって本棚に駆け寄ったあたしに、涼と悠斗が目を丸くする。

 あたしは月刊サイキックの先月号を引き抜いた。


「これ……っ」


 何度も読んでくせのついたページを開く。

 修司さんの記事だ。


 人を襲っていた悪霊の群れを逮捕した事件について書かれている。ただし、数匹を逃がしたとも。


 その、逃がした数匹は、修司さんを恨んでいるんじゃないか。


 修司さんの相棒であるマリアさんの姉にとりつき、女の子達を襲って修司さんが捜査に乗り出すのを待っていたのだとしたら。


「悠斗の兄貴への復讐か……」


 あたしの話を聞いて涼と悠斗が顔を青ざめさせる。


「でも、兄さんはそんな悪霊にやられたりしないよ!」

「うん。でも……悪霊が水川エリサを盾にして、修司さんが反撃できないようにするかも……」


 あたしがそう言うと、悠斗は慌てて戸口へ駆け寄った。


「マリアさん!」


 廊下に立ってあたりを警戒していたマリアさんは、突然部屋から飛び出してきた悠斗に驚いていた。


「兄さんに連絡して!狙われてるのは兄さんだって!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る