第6話





 悠斗が呼んだ警察がやってくるまでの間、泣きやまない女の子に付き添って、警察に事情を説明してから学校に戻った。米田先生にももちろん何があったかを話して、マコトくん入りの箱を提出してようやく帰宅した。


「はあ〜、疲れた」


 自分の部屋でベッドに寝転がって、あたしは今日のことを思い返した。

 試験で不合格になったこと。追試でも、怖くて何もできなかったことを。

 追試の時はいつも、ほとんど涼が一人で活躍する。

 落ちこぼれトリオなんて呼ばれていても、涼だけは本当は全然落ちこぼれなんかじゃない。溺れている女の子を念動力で持ち上げて岸に運ぶだなんて、たぶん、高等部の生徒でも難しいはずだ。

 悠斗だって、思った場所に移動できないという欠点はあるけれど、瞬間移動能力を使うことをためらってはいないし、追試の時はいつもなんとか自分の力を役立てようとしている。

 それに比べてあたしは、いつもただ箱を持って突っ立っているだけだ。


 どうにかして、「怖がり」を治さないと。

 涼からも、悠斗からも置いていかれてしまう。


「まずは、ちゃんと霊に触れるようになるんだ!」


 自分の左手をみつめて、あたしは決意した。




 ***



 翌日、学校に行くと米田先生から放課後残るように言われた。あたしだけではなく、涼と悠斗もだ。


「失礼しまーす」


 面談室に入ると、そこに米田先生の他に濃紺の制服を着た男女がいた。


「兄さん?」

「修司さん!」

「よ」


 悠斗の兄で国際特殊警察組織の捜査官、修司さんが笑顔で手をあげた。


「あれ、涼は?」

「えーっと、つ、連れてこようとしたんですけど……」


 修司さんに尋ねられて、あたしはわたわたと首を振った。

 涼の奴は授業が終わると同時に姿を消していた。仕方がなく悠斗と二人できたのだが、修司さんの後ろで米田先生が鬼のような顔をしている。後が怖い。


「しょうがないな。昨日の話を聞きたかったんだけど」


 修司さんは短くため息を吐いた。その横顔もかっこいい。

 涼の奴、修司さんを困らせるだなんて許しがたい。


「昨日のって、女の子が溺れたこと?」

「ああ、そうだ」


 悠斗の言葉に、修司さんは頷いた。


「このところ、女の子が川で溺れる事故が頻発していてな」


 修司さんが言うには、ここ数ヶ月の間、七〜十歳くらいの年齢の女の子が川で溺れるという事故が続いているらしい。


「幸い、周りの人に救助されて女の子達は無事なのだけれど、みんな同じことを言うのよ。「誰かに背中を押された」って」


 修司さんの隣りに座る女性が口を開いた。「人魚姫」だ。


「ごめんなさい。初めまして。水川マリアです」


 にっこりと笑った顔はテレビで見るより美しい。


「悠斗くんと、お友達の時音さんね。星野先輩からいつも話は聞いているの。涼くんに会えなくて残念だわ」

「はあ……」


 あたしは修司さんに会えてうれしい気持ちがしぼんでいくのを感じた。初めて会ったマリアさんは美人な上に優しそうな女性で、修司さんと並ぶとすごくお似合いに思えた。


「女の子達は「押された」と言うが、いずれの場合も犯人は目撃されていない。超常が関わっているかもしれないから俺達が出動したんだ。お前達は何か見なかったか?」


 修司さんに言われて、あたしと悠斗は顔を見合わせた。


 女の子が落ちた時、川の周りにはあたし達と女の子以外は誰もいなかった。


「誰もいなかったのね?本当に」


 マリアさんが念を押してきたので、あたしと悠斗はぶんぶんと首を縦に振った。マリアさんはそれを見てほっと息を吐いていた。


「そうか。協力ありがとうな。二人とも、ついでに家まで送ってやるよ」


 修司さんがそう言って立ち上がった。


「やった。兄さん、ありがとう」

「時音さんもいらっしゃい」


 あたしは咄嗟に、口からでまかせを言っていた。


「あー、あたし、ちょっと用事があるので遠慮します」




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