我が家のタンスには

春風利央

我が家のタンスには

 私の家では、一匹の猫を飼っている。


 真っ黒でふわふわな毛並みに、愛嬌のある顔、ぬいぐるみみたいな体型のクロコは、どうして先に拾われていなかったのか不思議なくらい可愛らしい子だ。

 

 おとなしいが甘え上手で、お父さんからおやつをもらうのが得意。今のところ、百発百中ではないだろうか。


 家事や食事、私の宿題の邪魔もしない賢い子なのだが、一つ困ったことがある。


「またやられた……」


 クロコは、なぜか私のタンスによく入り込む。


 相当気に入ったようで、何度追い出しても入ってくるし、いつの間にかドアとタンスを開ける技を習得していた。おかげで何度服が毛まみれになったことか……。


 悲しいことに、今の私にクロコの侵入癖を防ぐ術はない。

 そう諦めかけていたところ、なんと、お父さんが新しい洋タンスを買ってくれた。


 毛を取る作業はあまりにも時間がかかり、今年から受験生の私に、今は1秒でも時間が惜しいだろうからと購入に踏み切ってくれたのだ。


 まあやっすいタンスだが。


 それでもご機嫌になってしまう安い女な私は、届いたのが夜だったにもかかわらず、タンスを組み立てた。


「明日組み立てればいいのに。せっかちだね〜」


 妹に煽られたが気にしない。今の私は寛大なのだ。


 日付が変わったあたりでタンスを組み立て終え、やり切った達成感と、これで私の服たちは安泰だろうという安心感で私はすぐに眠りについた。


 片付けは明日でいいか、と考えていたが、眠っていた時間が一瞬に感じるほど熟睡していたようで、時間感覚が昨日から続いている私は面倒な作業を連続でやるような気分になり、ちょっと機嫌が下がる。


「……朝ごはん食べよう」


 結局片付けをさらに後回しにし、自室からリビングに移動。

 朝ごはんを作っているお母さん、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいるお父さんに挨拶をして、ふと気づく。


 クロコが見当たらない。


 まさか、と思ったが、妹の部屋で寝ているのだろうと思うことにして席に着く。

 そうして朝ごはんを食べ始めたところで、朝に弱い妹が降りてきた。


「おはよう」

「おはよう、お姉ちゃん」


 クロコと一緒に寝ていたにしては起きるのが早い妹に、嫌な予感を感じつつもクロコと一緒に寝たか聞いてみる。


「クロコ?うちの部屋には来てなかったよ?」


 それを聞いた瞬間、私は自室に早足で向かった。家の中を走るとお母さんに怒られるのであくまで早足で行く。

 自室の扉を乱暴に開け、タンスも勢いよく開ける。


 予感は的中。タンスの中には急にタンスを開けられ、驚いた様子のクロコが入っていた。


「やられたー!」


 クロコの対策が全く効いていなかったことにがっかりしていると、何事だとみんなが部屋を覗いてきた。

 妹なんか、落ち込んでいる私を見てケラケラ笑ってるし。

 笑われて余計に落ち込んでいると、お母さんがクスクスと笑いながら言った。


「あらあら、洋服対策効かなかったの。まあ、仕方ないわね。クロコはあんたのこと大好きだから」

「……え?」


 耳を疑うような言葉に、思わず声が漏れる。


「何驚いてるのよ。クロコがあんたを好きなんて、当たり前のことじゃない」

「当たり前って……。私、クロコに何もしてないよ?むしろ遊んだりしないから嫌われてるんじゃ……」

「何言ってるんだ。お前は私たちが気づかない時、忘れてる時、お前は率先して世話してくれているだろう」


 世話をするなんて、当たり前のことだろう。部屋が臭うと嫌だし、大切な同居人だ。


「猫だってね、ちゃんと世話をしてくれる人を見ているのよ。クロコはあんたが世話をしてくれるから快適に過ごせていることをわかってる」

「そうそう。何より猫って、構われ過ぎるのが嫌いな子が多いからね」

「それに、お姉ちゃんってあんまり触りに行かないからクロコも構って欲しいんでしょ」

「……そう、なのかな」


 確かに、クロコの世話はしていても、クロコ自身はあまり触ったことがなかった。

 クロコが自分を好いてくれて、嬉しい。心がポカポカする。


 そっとクロコに手を伸ばし……頭の上で手をピタッと止める。

 伸ばしたはいいが、どうやって触れればいいか分からない。

 そのままの姿勢をキープしていると、クロコの方から擦り寄ってきてくれた。


 力を入れすぎないように、そっと、そっと撫でる。

 

 ……猫って、こんなに温かかったんだ。

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