第187話
ひび割れた竜の顎を担ぎ上げたソナは、竜の顎へと魔力を込めて修復を急ぎながら、タイラントロックへと立ち向かっていく。その姿は、ボロボロでありながらも不屈の闘志を感じさせる。
「ッはー……ぁぁぁ……ッ!!」
片や、錫杖を構えたシンは魔力を迸らせていた。弟の闘気にあてられたのか、まるで怒気を発しているかのように水魔法を発動させ、魔力を注ぎ込めるだけ注ぎ込むといった方法で必殺技の準備を進めている。
「フシーィィィ……フッ、フッ、フゥッ!!」
まるで威嚇の声を発する猫のように、四つん這いの姿勢で猛るリナは、シン同様に必要技の準備に取り掛かっている。渾身の力で生み出した大量の砂を、これまた渾身の力で生み出したシンの螺旋を描く水球へと注ぎ込んでいた。
「ソナァ! 前は任せたゼッ!! ……ぉ゛お゛おオオォッ!!」
前線から離脱したゼルは、シンの前方に浮かぶ水球の側面、リナと水球を挟んで相並ぶように立つと、全身に紫電を這わせた。そして、リナと同じように水球へと、渾身の力を振り絞るように電力供給を行った。
すると、濁り輝く水球が、胎動を始めた。
そして、水と砂、結晶と電流が混ざり合った水球は輝きを伴い、濁流へと姿を変化させた。それは、うねり、荒れ狂うかのように、巻いたとぐろを解きながら、シンの目の前に顕現した。まさに龍と銘打つに相応しい姿をしていた。
「ソッ、ナ゛ァ゛ァ゛ァアアッァ!!」
「――了解! 受け取って姉さん!!」
シンが合図を送った瞬間、タイラントロックの足元から飛び退いたソナは、鎌首をもたげた龍へと顎を投げ込んだ。そして、濁流にのみ込まれた顎は、あっという間に流され、龍の口内へと嵌り込んだ。
ついに完成した。これが、ゼルズの対ボス決戦用必殺技だ。
グインツのような一撃必殺の魔法をもとに考案された合体魔法であるが、準備に時間が掛かりすぎるから、という理由で十分に準備時間を掛けられる初手でしか使えない浪漫技だと、これまでは考えられていた。
しかし、ゼルズは、実用可能なレベルにまで昇華させていた。
課題であった準備時間の大幅短縮を図っただけでも見事だと言える。それでもひと手間掛かってしまうのが難点ではあるが、以前と比べれば十分に早い。並みの魔法使いが上位魔法を放つのと差ほど変わりはしない速度だろう。
後は、その必殺技がフザけて作られた訳ではないと、証明するだけだ。
「――【龍のォオオッ、怒ッりィイイイイイイッ!!!】」
雄叫びに絶叫、怒号に咆哮が混じざったような合声だった。
その合声に押し出されるように龍が動き出すと、タイラントロックは避けることも、打ち崩すことも許されずに、足元から股下を通り、胴から肩へ巻き付き、首元へと絡みついた。そして、龍は、その大口を広げ、首元へと牙を立てた。
しかし、タイラントロックは砕けない。
グインツのような高火力を持って一撃の元に葬る技ではないからだろう。攻撃力で言えば、それなり。どちらかと言えば拘束と持続力に特化した技だ。水と砂と結晶がタイラントロックの巨体を少しずつ削る音と電流の爆ぜるような音が響いていた。
それでも、タイラントロックは倒れない。
だからと言って終わる訳でもない。再生する濁龍の拘束は解けない。一度、噛み付かれてしまえば、抗えぬ一撃を見舞われることが決定付けられている。あのタイラントロックも、形はまるで違うが、サソリの爪に挟まれている獲物と同じだろう。
怒れる龍には、秘たる針が備わっている。
その秘針は、シンの持つ錫杖だ。今まさに龍の尾から放たれんとしている。錫杖の先端は穴のあいたドリルの形状をしており、回転を伴って突き進む。そして、地球外生命体のクリーチャーよろしく、喉奥から針が飛び出す仕組みとなっている。
例え、突き刺さらずとも、削り穿つ。
あの龍の顎はポイントを指定するマーカーのような役割をしているから逃れられない。ポイントに辿り着いてしまえば、後は死を待つだけだ。ドリルの回転に加え、高圧の水流で少しずつ削られる。そしていずれは、内部をかき乱される。
「割れッ、たゼッェエエエエエ! いい加減ッ、痺れろッ、やァアアア!!」
「イケるわッ、……あと少し、ッフシー……、フゥーッ……、ンンンッ……」
「ソナっ、……鱗は、もういいわ! ……万が一の、ために、備えていてっ」
「うん! もしもの時は、任せてっ! 僕が、引き受けるから! ……絶対」
全員が全員、疲労困憊と言った状態だ。しかし、誰一人として膝をつかない。互いに見えない糸で支え合いながら、根性だけで立っているようだった。濁龍が打ち砕かんとするその時まで、必死に耐えていた。
もう、後、少しだろう。
最後の一押しと言わんばかりに、濁龍の威光が強まった。薄目でなければ、見ていられないほどだ。砂で濁りはしているが、水流の中でかき乱される結晶の鱗が煌めているせいか、雷を纏う龍の姿が神々しく見える。
持続型とは言え、それにしても、フザけた威力だ。
もしこれが、通常の、固い外殻を持たぬモンスターなら、すでに原形を留めてはいないだろう。神獣をモチーフにしただけあって、触れることも許されない存在というふうに、見事に必殺技として体現せしめている。
今後、この必殺技が、ゼルズの象徴となるだろう。
「――――――――ッ!!!」
ゼルズの合声が聞こえた。内部から爆ぜるようにして砕けたタイラントロックは、龍に巻き取られるようにして呑み込まれた。そして、再び、水球と化した後、飛沫をあげながら地面に落ちて広がった。
そこには、顎と錫杖と鱗と泥以外は、何も残っていなかった。
その光景を見たゼルズは、叫び声をあげることもなく、皆それぞれ自らの立っていたその場にへたり込んでしまった。泥に塗れることなんて気にする余裕もないようだった。そうして、肩で息を幾度と続けてから、
「し、しゃあぁ……やったゼ」
「リナ、もう、死んじゃうわ」
「私も、ダメ。……立てない」
「僕達、……やれた、よね?」
4人は、顔を見合わせて勝利を分かち合った。
俺は、その光景を見てから、ゼルズの方へと歩み寄ることにした。
『――お疲れ様ーっ!! いやぁ、皆よく頑張ったねー!!』
そう労いの言葉を掛けると、ゼルズは疲れ果てた顔で笑顔を見せた。
俺はゼルズの成長が自らのことのように嬉しかった。だから、褒めそやす言葉を並べながら、一人だけ無邪気に騒ぎ立てた。それから、休憩としたゼルズの体力が戻るまでの間、魔石回収を進める間、ずっとそうしていた。
皆、疲れ果てていると分かっていても、抑えられなかった。
ゴミ山で共に過ごした日々から、あの隠れ家から連れ帰った日から、今の今までゼルズの成長過程を知っているからこそ、尚の事、嬉しかったせいだ。あの日から、成人を迎え、今日に至るまで、本当に大きく成長してくれたと思う。
だから、これからはもう、子供だと思うのは止めにしよう。
これまでゼルズと同行している間、俺は一探検者として接するように心掛けてきたつもりではあったが、やはりどこか踏ん切りがつかずにいた。しかし、この姿を見れば、考えを変える必要があると分かった。
ゼルズもまた一探検者であり、≪アルゴナビス≫の同志でもあるからだ。
俺の弱さでもある甘さを、ゼルズに押し付ける訳にはいかない。共に戦い、共に目指す仲間として、相応の接し方というものがあるだろう。覚悟を決めたのならば、こちらもまた覚悟を決めなければならないはずだ。
例え、この先に、死が待ち構えていようとも。
死は一時の別れだ。そうだろフェンネル。俺達が一部の記憶を取り戻したあの日、魂の存在を知ってから、少しは、そう思えるようになった。そして、俺達の能力なら繋がっていられる。だから、望まれる限りは、ずっと共に居られるはずだ。
だから、共に乗り越えよう。
きっとその先に、また笑える日が待っているはずだから。
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