第173話
視界も、思考も、何もかもが、――真っ白になった。
皆をこの世界に連れて来た記憶なんてものがない俺は、何をどうして、何がなんだか、何もかも、訳が分からなかった。
俺の中には異世界に生まれ落ちた時の記憶がある。ここが異世界だと知った時の感動を、今も手に取るように覚えている。
それがまさか、自作自演か、自分都合によるものか、なんにせよ俺が原因で巻き起こしてしまっていただなんて、そんなことを聞かされて平静としていられるわけがなかった。あまりの衝撃に頭がどうかしてしまいそうだった。
『……ッ』
嘘だ。そう否定しようにも、声が出なかった。
俺は何の根拠も無いと、無意識に拒絶していた。
信じたくなかった。恐ろしかった。だから、皆の顔を見れなかった。
「えええー! それって、マママーッ!?」
「……オレら、オーエンに呼ばれたんか?」
「そぉ。あ、でもー、同意の上でねぇー?」
「同意なら、ココ達が選んだって、コト?」
「へぇー? でも、ボクらのが年上だよ?」
「確かに。時系列がおかしいのであるな?」
俺は聞こえてくる声に耳を傾けるので精いっぱいだった。
同意の上であれば良いと言うものでもないだろう。異世界転生の良し悪し。この世界に生まれ落ちて良かったという言葉を、皆の口から冗談交じりに話すことはあっても、元の記憶がある状態ならば、今現在の皆は、どう思うだろう。
俺の頭の中では、そのことばかりを考えていた。
だけど、もし俺が、いや、本当だろう。俺の失った記憶を覗いたからこそ、ビビは真理に至ったと言った。能力からしてみても、その証拠を必ず持っているはずだ。俺が仕出かしたことならば、嘘みたいな現実に向き合う必要があるだろう。
『……ビビ。……見せてほしい。……それが、本当なら……』
心臓が激しく脈打っていた。喉の奥から声を絞り出した。
ビビが言ったことを俺としては、十中八九、いや、本当のことだろうと信じていた。しかし、覚悟を決めるためにも、その証拠を見せてもらいたかった。紛れもない事実として突き付けられることを望んだのだが、しかし、
「それはまだ待ってぇー? ごめんねぇ。後で見せたげるからさぁ?」
ビビは、掌を合わせて謝罪した。そうして、咳払い一つ挟んでから、
「話が脱線したけど、まだまだ話すことがあるんだよねぇー……」
と、言い、俺達の目の前に浮かんでいた魔法の鏡を消し去ってしまった。
『……いや、ちょっと待ってよ。……せめて、本当か、どうかだけでも――』
「――オーエン様。信じ難きことですが、事実でございます」
『あ、……え、ヴァイスさんも? 俺達、以外、全員……』
「えぇ、存じておりました。ですので……」
この場にいるのだろう。当然のことだ。混乱のあまり失念していた。少し考えてみれば、考えるまでもないことだと気づいた。それに、知っていたからこそ、これまでのことがあったのだと、ヴァイスさんは言わんとしているようだった。
「いーいー? 今から話すことは口外禁止のお話ねぇ? ま、普通なら言っても信じる人の方が少ないと思うんだけどぉ、まぁー色々と影響を及ぼしかねないからさぁ? お願いねー? あ、それと説明が難しいから、質問は後にさせてねぇー?」
俺達に頷く以外の選択肢はないようだった。
ビビは時間がないと言うように、腕時計を見立てた手枷を指先で叩いていた。差し迫っている様子ではないものの、長い話になるという意味合いでそうしたのだろう。その表情から何か質問しても答えることは無いと言った姿勢が伺えた。
「まぁ、聞けば、分かるよぉ。この世界が高々そんなことのためにぃ……あ、なんでもなぁーい。へへへー。じゃ最初からー話すねー! んっんー、この世はー……」
この世は、創造神が造り成した世界である。
そう言ってビビが語り出したのは、御伽噺の様な話だった。
上位存在である創造神は、数多の神と数多の世界を造り出した。そして、神らの糧を得るための管理者として、一球の世界を一柱の大神によって管理させた。
糧とは、生命の循環から生じるエネルギーであり、人や動植物などの生命は資源である。数多の世界とは、その糧を得るためにが存在しているものらしい。
つまり、宇宙が世界で、星が管理区域で、大神が管理者で、生物は管理される存在だということで、それぞれの管理者が統治を任されているようだ。
管理を任された大神らは、生物に進化を齎したり、知恵や魔力を授けたり、管理者によっての個性や特性に応じて、それぞれ思い思いに繁栄させていた。
しかし、いつからか、差が生まれ始めた。すると、大神同士の争いが起こるようになった。理由は、生命の魂、含め、全てが有限であるせいだった。
神々であれど得手不得手ある。繁栄の大神あらば、戦の大神もいる。住みよい世界にばかり生命が集うのを快く思わない大神が争いを始めたのが切っ掛けだった。
それから、星を滅ぼしてしまえば生命は行き場所を失い、それが出来ずとも住めぬほどの環境に荒らしてしまえば良いというような神々同士の争いが続いた。
だが、大神は、消えれば失せる。生命で言うところの死を迎えれば、それまでである。その様子を見ていた創造神は、神同士の争いを憂えた。
そして、神々同士の争いを禁じた。しかし、争いまでは禁じなかった。創造神は、神々の力の象徴である生命同士の争いであれば良い、と、定めたもうた。
それから、生命による代理戦争が始まった。侵略、破壊、汚染などやることに代わりないはないが、輪廻転生の理に守られた生命を用いた争いが続いているそうだ。
争いに負ければ、結果的に生命は他の星へと移すことになる。すると管理者である大神は力を失い、創造神の席を継ぐ権利を失う。それが、この世の理だそうだ。
そこで話が終わるかと思えば、ビビは続けざまに、禁断の果実、ノアの箱舟、パンドラの箱、ラグナロク、ハルマゲドンなどの話は実際のことかも知れないと言った。
神の啓示を受けた者が伝えたのか、はたまた、他世界からの記憶を残した者らが、実際に別世界で起こった事象を同世界のものと混同して伝えたのかの違い。
数多の神々が居たり、数多の宗教が存在したり、数多の繁栄と滅亡の神話が存在しているのも、それらの影響によるものだそうだ。
リスクはあるが、記憶は知識であり繁栄の糧となる。そのため記憶の洗浄を成されぬまま現世の肉体へと移された存在が、どちらの世界でも、どの世界でも現れる。
つまり、俺達は、大神に導かれた存在であり、最終的には繁栄のためという理由に帰結するが、俺達は侵略された星を救うために呼ばれたようだった。
そこまで話すとビビは、第一に転生者として呼ばれた俺と、大神との契約を成す際のやり取りの記憶を、鏡によって覗いたことから知り得た情報だと締めくくった。
俺は、ビビから語られた話を聞いても、誰かに話す気にはならなかった。こんな異次元過ぎる話を、誰かに話したところで信じないだろうからだ。
それに、もし信じる者がいても、生きるのが馬鹿馬鹿しくなるだけで良いことは無いと思った。管理されているならば、易々と生活を変えることも出来ないからだ。
生まれ、育ち、死する。生物は、どうしたってその理に囚われている。数千数万数億年の内の一瞬を生きる生物は、その時を生きるしかないからだ。
俺は、そうと一先ず結論付けてから、ビビに質問するために顔を上げた。
すると、
「オーエン? 落ち着いたところ悪いんだけどさぁ。まだなんだよねぇ。これからすこぉーし、ショッキングな展開を迎えると思うんだけど、取り乱さないでねぇ?」
ビビがそう言いながら横にずれると、それに合わせて前の並びが二つに割れた。
『……え、何か、あるの? 俺が皆を連れて来たって証明も、説明もまだなのに……これから一体、何を……っ、ヴァイス、……さん?』
これから何が起ころうかと身構えた俺の横に、ヴァイスさんが立った。
「オーエン様。……少々、失礼いたします」
ヴァイスさんは、俺の腕の隙間に、自らの腕を通すと、しっかりと組んだ。そして、余った方の腕も、俺が動かぬようにするために、上から抑えつけた。
『あ、……えっ? ……ね、ねぇ? ヴァイスさん。……これは、どういう……』
「この場から動かずにいてくださいね。それと、お気を確かにしてくださいませ」
ヴァイスさんは、それだけを言うと視線を前にして微笑んだ。
『……は? 分かんないよ!? ねぇ?!』
何も聞かされぬままに何かが起ころうとしていた。俺はヴァイスさんの腕を揺すり、これから起こることの説明を求めたのだが、こちらを見る様子もなかった。しかし、ヴァイスさんはそうしながらも、前を向くように、と促した。
『……ぁ、……ダンジョン、コア』
俺は、ヴァイン司祭がダンジョンコアの前で跪く姿を見て、その中にいる存在のことを思い出した。
『……あぁ、……そう、だった』
ヴァイン司祭は、あの時見えたダンジョンコアの中の存在に対して、挨拶を行っているようだった。
『……そういう、……こと、か』
ヴァイン司祭が立ち上がると同時、カーテンが開くように、ダンジョンコアの中の布が動いた。
『ッ、……なるほど、やっぱり』
あの時は一部しか見えなかったが、今度は全てが見えた。
そこにあった光景は、俺の予想していた通りの――――
『――――ハ?』
光景では、なかった。
俺が目にしたのは、白布を纏った女性と、女性に抱かれた俺の姿だった――……
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