第43話
俺は達成感と解放感、それに安堵感に包まれていた。
これで有耶無耶にしていた興味の矛先を、疑問へとしっかり向けて対峙できる。
そう意気込んでいたのだが、いつまで経ってもこの世界における一般的な知識の学習講座が始まる気配が無かった。
痺れを切らした俺が、何から始めるかを問うて見れば、カノンは悩んだ挙句に異世界の知識を求めて来た。
そうして俺の勉強の話は何処へやら。俺が居た世界の話に興味津々なカノンに、それは後で良い、とまで言われてしまえば抗うことも出来やしない。
と、なれば、俺よりも先にカノンの欲求を満たすことにしようと、前のめりのカノンへと向き合うことにした。
『それで、他には何が知りたいの?』
「“カガク”っ! それを使えば色々と便利で、尚且つ魔法にも応用できるんでしょ?」
『科学、かぁ……、確かにその可能性はあるんだけどー、俺そこまで詳しくないし、この世界にも当てはまるかどうかが分からんから、あんまり期待して欲しくはーない、ん、だけど、なぁー……って、露骨にガッカリしないでよ』
科学に明るくはないと自負した俺の前置きを聞いたカノンは露骨に肩を落とす。基、それはガッカリしているというアピールであって、実際に落ち込んでいるという訳ではないだろうが。
『何でもできる訳じゃないってだけ、知って置いて欲しいってことだからね』
「そんなの分かってるもーん、“魔法だって”そうだもーん」
『んで、科学を使ってどうしたいの?』
「私も、戦えるようにして欲しいっ!」
他力本願のわりに自信満々に宣言するカノンの割り切り様は見事なものだ。威風堂々、恥ずかし気も無く胸を張るその姿だけはとても立派だった。
『魔法に詳しくない俺に、も一つ難しいことを言うのか……、それって地道にモンスターを倒す以外の方法でってことだよね』
「そうね。私、七大属性魔法の適性は、ほぼ無いに等しいけど“魔力”はあるのよ?」
『それってー……つまり?』
「“ちゃんとした魔法”が使える筈なのよ」
そう当たり前のように言うカノン。恐らく科学の話を聞いて可能性があると自己解釈したのだろう。
確かにカノンの言う通り、可能性が無い訳では無い。モンスターとの戦闘を経て成長すれば、魔法が使えるようになるのかも知れない。それに七大属性魔法の適性が無いとしても、俺のようにユニークと呼ばれる魔法を操る者もいる。
そう考えれば、実際、適性を測る魔道具もいい加減な物のように思う。鏡に映し出される文字は、その人物にしか見えず、その文字を知らねば理解しようも無い。俺の【
だから魔法適正を測る際に、審査員の手を借りる必要がある。審査員が持つ、魔法に関連する文字や記号が記載された辞書のような本を見て、自分にどの適性があるかを照らし合わせてもらう。だから、その本に記されていない記号やらがある場合は、自力でどうにかするしかない。
この世界で普及している魔法のほとんどが七大属性と呼ばれる魔法であり、その適正が無いとされた場合、見捨てられてしまうのだ。光、闇、火、水、風、地、雷のどれかに当てはまらない場合は、カノンのように魔法の扱い方が分からないままになってしまうことの方が多いのだろう。
モンスターを倒し、レベルアップを経て、成長したとしても、魔法が使えるようになるかは、今のところ運次第なのだ。そして魔力を持っていたとしても、魔法の使えぬ者がダンジョンに昇り続けられる訳も無く、いずれ諦めるか、はなから諦めるかの違いでしかないと考えられている。
母もその内の一人であるから、この悩みに関しては理解している。されど、科学や元居た世界の知識を用いても、難しいように思う。そう判断せざるをえないのも、魔法に関して俺の知識が乏しいからであるが、一概にはそうも言えない。だから俺は、悩み抜いた末に、一つの提案をして見ることにした。
『んん゛ー……武器でも、作る?』
「例えば、どんな“武器”?」
『火薬を用いて鉛玉を打ち出す銃って言う遠距離武器があるんだけど、それを魔法道具に改造したりして使うっていう定番的な方法はあるっちゃある』
「それ“作れる”? 作れたら戦える? でも、火薬は作るのにも持ち運ぶのにも許可がいるし、魔法道具を作り出すってだけで凄く時間も、お金も掛かるはずよ?」
異世界転生系の創作物から借りて来た案を出して見たが、カノンの率直な意見によって見るも無残に朽ち果てる。
『まぁ、そうだよね。元の銃の作り方すら知らないし、ましてや魔道具の改造の仕方も知らないから難しいな。……俺の持つ知識をどう利用できるかなんて、見聞きしてから初めて分かることだしなぁ』
そう上向いて呟きながら、今一度、考えを巡らせる。
そもそも魔力って何なのか、どうやって何かが出たり、動かしたりしてるのか、という疑問が浮かぶが、それを考えたところで分かる筈も無い。知っているのは学園で習った小難しい話位のものだ。
確か、魔力は万物の源と考えられている。そして適正とは、魔力を水と捉える人物が居たとして、その者が水を生み出したとしても、喉を潤すか身体を犯す毒となるかはその者次第、凍てつくも、滾るも、同じこと。溶ける水あれば、燃ゆる水もある。それが適正であるということだ、と教員が古びた教科書を見ながら教えてくれたことを思い出していた。
そう思えば、適性とは捉え方なのかも知れない。それに魔力は、この世界の全てに関わっている元素の一つなのかも知れない。元の世界で言うところの、空気中の水分や、水中の酸素などのように、目に見えずとも含まれており、それが世界を満たしていると考えるべき物なのかも知れない。
全くの無であるのであれば、どうしようもない。だがしかし、カノンは魔力を持っている。そう考えれば、扱い方を理解していないだけのように思える。ならば捉え方を間違えているか、知らぬのか、それを確かめる必要がある。と、そこまで考えを巡らせた時に、ふと疑問が浮かび上がった。
『そう言えば、さっきカノンは属性魔法の適性が無いに等しいって言ってたけど、それってどういうこと? あるにはあるって事は魔法を使えるんじゃないの? 全部、教えてよ』
魔法適性に関しては、深入りしないのが、この世の常識だ。無知蒙昧と罵られた俺ですら、12年の歳月で培われ、根付いてしまっていた常識。
それが邪魔をしてカノンの意味深な言葉を見過ごしてしまいそうになっていたことに気付いた。悩みの解決には、まず情報が必要である。俺はそれを補えれば、何かしらの兆しが見えるのではないかと淡い期待を抱き、人差し指を唇に当てながら考えるカノンを待っていた。
「使えるには使えるんだけど、戦闘においては使い物にならないの。……それと、んーと、適性が“ほぼ無い”って言うのはー……、どういえばいいかしら、……一応、7大属性の適正が、薄っすらあるとも言えるんだけどー……」
『――は? めちゃめちゃ凄いじゃん!』
その驚愕の事実に耳を疑ってしまう。考えが纏まらぬうちに、ぽつりぽつりと語り出したはいいが、まさか才能の塊であるとは思いも寄らなかった。だがしかし、カノンは誇らしげにするどころか、俯いて首を振った。
「ううん、私、7大属性の基本魔法でさえも“使えない”の。勉強も訓練も、何をしてもダメだったの」
『適正はあるのに使えない……か、……ん? なら、どんな魔法を使えるの?』
「えっと、その……笑わないでよ? 私が使えるのは、……と、を大きくする魔法……とか」
『……え? 今なんて言ったの? 全然聞こえなかった』
途端にしおらしくなったカノンへ耳を傾けて聞き直すと、カノンは赤くなった顔を掌で覆い隠し、紫色の瞳を覗かせる。そして目を泳がせ羞じらい、前髪を撫でつけてから、消え入りそうな声で教えてくれた。
「……音、……音を、大きくする……“魔法”」
恥ずかしげに言うカノンの言葉を聞いて、前かがみになった俺の背筋が、跳ね上がるようにして伸びる。それと同時、背筋から頭へと電流が突き抜けたかような衝撃によって、
『――カノンッ!!』
叫び声にも似た音が、喉の奥から溢れ出した。突然の叫び声に、カノンはビクリと愕き、眼を見開く。俺は何事かと恐れるカノンの手を取り、また声を上げる。
『凄いよ! カノン! 音を操れるって凄いよ!』
「えっ、えぇっ!? う、“嘘”よっ、そんなことないものっ、声を大きくしたりとか、笛の音を遠くまで届かせることくらいしかできないわっ」
上気した顔を背けて否定するカノンは、俺の手を振り解こうとする。
「オーエンっ、はなっ、して、離してよっ、“恥ずかしい”からっ」
『恥ずかしがることなんてないよっ! 音を操れるって凄いからっ!』
「分かっ、わかったから、“落ち着いて”よっ」
『そっか、……なるほどっ、だからカノンの耳は、良過ぎるのか!』
俺はその事に気付いた喜びから、カノンの手を揺さぶりながら笑ってしまっていた。理解の追い付いていないカノンは戸惑い、手を揺さぶられながら首を傾げている。
『カノン、これはもしかすると、もしかするぞ!』
「何がよっ、“全然”分かんないわっ」
『カノンが言っていたように、俺の科学の知識が活きるかも知れないっ!』
「――ほんとっ!? なら、私も“戦えるように”なるの?」
『かもッ、知れないっ! それだけのポテンシャルは秘めている! はず! と、思う!』
悪戯に期待させるつもりはないが、興奮のままに言葉が飛び出してしまう。俺の頭の中では妄想や想像が捗ってしまっていたからだ。ファンタジーの創作物でよく目にした音を扱う能力者を知っていればこその期待と興奮である。
この世界では、直接的に攻撃に繋がる魔法や、目に見える効果のある魔法などを優先的に訓練する。そしてこの世界の住人の理解が及ばない魔法は見放されることが多い。俺もその体験者ではあるが、カノンもまた同じような境遇であったのだろう。だから恥ずかしがり、口に出すことを躊躇ったのだろう。
聞いた事は無いが、カノンもダンジョンに足を踏み入れることに、憧れていたのかも知れない。探検者としては諦めてしまったが、ギルド職員という立場にいるのもサポーターとして、ダンジョンを昇ろうということなのだろう。諦められずにいるのならば、その期待に応えられるように、俺が全力を尽くすしかない。
『よし、カノンっ! 始めよう!』
「――“何を”始めるのよ?」
『んー……そうだな。まずは情報収集からかな』
「――“答え”になってないわよっ」
『んで、大きくする以外には何が出来る?』
俺は手始めに、カノンから根掘り葉掘り情報を聞き出すことにした。最初の方は一問一答形式であったが、俺の逸る気持ちが溢れ出し、最後の方には俺の質問の数が上回ってしまっていた。カノンは出来るだけ情報を落とせるように、分からないとは言いつつも、感覚的であることも含めて話してくれていた。
そうして質問を続けていたが、しばらくしてカノンから唸り声しか出なくなった。その様子を見て、ここらが頃合いだろうと判断した俺は、聞き出した情報を繋ぎ合わせていく。
『……音は振動、水や空気、それに地面や炎、果ては物体でなくとも影響を及ぼす。……電話、……電磁波、音の波を電気の波、周波数に変換することで、音を再現する。……魔力を色即是空のように捉えれば、可能かもしれない。……目に見えずとも在るのであれば、魔力を用いて振るわせて、波立たせて、伝えることが出来る。……かも、知れない』
ごちゃ混ぜになった頭の中から一つずつ取り出して整理し、
『逆に言えば、カノンは知らぬうちに、ソナーを使っている。……以前、カノンが鉱石を見つけたのも反響音を拾っていたと考えるのが妥当だ。……音の波が、魔力に影響を及ぼしているのか、それとも魔力が、音の波に影響を及ぼしているのか。……耳というよりは、全身で集音、いや、波を感じている。……それに遮断も出来る。……音の収束と拡散、増幅と遮断、方向性の変化、性質変換、それに……』
朧げに見えた形を、憶測の中で組み立てていく。
「“祈祷”してるみたいね」
カノンが不思議そうな顔を向けて、そう静かに呟く。手で頭を支え、足を組んで、身体を揺らし、ぶつぶつと意味不明の独り言を語っている姿を見れば、そうも思われても仕方ない。神へと祈りを捧げて願いが叶うのならばそれで良いが、そんな簡単なことで叶うはずもない。
俺がこうして思考を凝らしているのも、カノンの願いを叶える為ではあるが、俺はその願いを成就させる力など持ちえないと理解している。叶うかどうかの話ではなく、出来る出来ないの話でもない。ただ可能性を見出そうとしているだけだった。
ありとあらゆる選択肢の提示。俺がカノンにしてあげられることと言えばそれ以外にはない。実現できるかどうかは結局のところカノン次第だ。それは依然として変わらない。助力は出来ても、カノンに代わることも、カノンを変えることも、俺には出来やしない。
だから俺は、祈りなどしない。少しでも力になれれば、切っ掛けになりさえすれば、という願いを抱いているだけだった。
『――よし、纏まった。後は片っ端から手当たり次第に、だ』
俺が勢い良く顔を上げてそう言うと、カノンは深く頷きを返す。俺を待っている間、まるで瞑想でもしているかのように、魔力操作の訓練をしていたようだ。少しでも手掛かりを掴もうと、彼女なりに模索しようとしたのだろう。
カノンは、俺の意気込みにあてられたのか、厳粛な雰囲気を醸し出しながら向き直る。そして姿勢と衣服を正し、軽くお辞儀をして、
「よろしくお願い致しますね? “先ー生っ”」
あざとく媚びを売るように言う。艶めいた髪を揺らし、上目遣いで、片目を閉じて、舌先を出して、前のめりになったカノンの、そのふざけた態度を前にしても、俺は彼女がふざけて言っているようには思えなかった。気付かぬうちに、それ程までに、彼女に毒されてしまったということだろうか。
『……えー、オホン』
そのカノンらしい調子に、惑わされることはあっても、拍子抜けすることはない。それはカノンが真剣であることには違いないからだ。
カノンからの不意打ちに、面食らった俺は、咳払いを一つ入れて気を整えてから、逸らしてしまった目線を戻し、しっかりカノンへと向き合うことにした。
『よろしいカノン君。分からない事があったらその都度、質問して欲しい。ではまず、説明から始める……』
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