第42話
『ぐ、……痛ッタ、……何だ? 何、が、起こった、んだ……』
そして俺が、次に気付いた時には、地面へと突っ伏した状態だった。
何が起こったのか、理解も出来ない。視界と思考が眩んでいる。地面に頭でも打ち付けたのか、と思い、頭を振って起き上がろうとして見ても、視界が定まる気配も無い。立ち上がろうにも、足の支えが無くなってしまったかのように、力が入らない。
「自分……えっぐい攻撃して来よるなぁ?」
朧げの視界の中、声がした方を見る。すると、レオンが編み込まれた髪の毛を振り回しながら近寄って来ていた。
『……何が、……起こったんだ?』
「ほれ、これ見てみぃ」
しゃがみ込んだレオンが、俺の顔のすぐ傍で髪の毛を揺らす。その髪の毛の先、取り付けられていた鋲に、赤い血が付着しているようだった。
『……あぁ、……なるほど』
それを見て、俺の現状を照らし合わせてみれば、答えは明白だった。脳震盪による記憶障害と、顎の痛みから察するに、レオンの鋲が俺の顎を打ち抜いたのだろう。だとすれば、俺は、
『負けた……のか』
ようやっと、視界の揺れが収まり、思考が回り始めた頃に、負けたことに気付いた。それに気付けば、立ち上がろうとしていた気力も折れ、込めた力も抜けてしまった。そうして俺は尻もちをつき、足を投げ出して、仰向けに寝っ転がり、溜息を吐く。
『はぁーっ、……負けちゃった』
「そんでも最後のは、ヒヤッとさせられたけどな」
『ンー……、本当は、真正面から打ち合って見たかったんだけどね』
「そらぁまだ早いわ。考えも無しに来とったら、もっと呆気なかったで?」
『そっか。……でも、やっぱ悔しいよ』
俺は自然と歯を食いしばって、腕で視界を塞いでしまう。健闘の言葉を、負けたという事実を、受け入れられない訳では無いのだが、自然とそうしてしまったのは俺が負けず嫌いだからだろう。
終わってからもまだ、どうすれば勝てたのかを考え続けてしまっている。水飛沫でブラフを張り、地面に放置されたままの武器に【ポーズ】を仕掛ける策も、不発に終わってしまった。思いつくのは回りくどい奇策ばかりで、自力の無さを痛感させられた。真正面からやり合うにはどれほど掛かるのだろう。そんなことばかりを考え続けていた。
「二人共お疲れ様、“凄かった”わね」
ずらした腕の隙間から声がした方を覗いて見れば、カノンが俺へと微笑みを向けていた。
『まだまだ、……まだまだ、全然、足りてない』
「そうね。でも、へこたれないで私を守れる位“強くなって”よね」
『うん。大丈夫。こんなことで諦めたりなんかしないから』
カノンから差し伸べられた手を取って上半身を起こすと、レオンが魔槍や投げナイフを手渡して来た。どうやら俺が物思いに耽っている間に回収してくれていたようだ。
それからカノンに顎のケガを手当してもらい、それが終わればレオンへと気になっていた質問を一方的に投げかけ続けた。
初めは感想戦に始まり、何処がどう良かったと互いに褒め合い、レオンからのアドバイスを貰いつつ、槍の使い方の手解きを受けた。
レオンはハルバートを用いていたが、槍の扱いにも長けており、持ち手や足運びの重要性を説いてくれたのだ。それに加え、技の数々も披露してくれもしたのだが、足で槍を蹴飛ばして投擲する方法など、実用性に欠けているのではないか、と疑問視せざるをえない妙技ばかりで、そのほとんどがすぐさま真似できそうに無かった。
変わった技の数々もそうだが、自在に多数の武器を操るレオンへと、多数の武器を抱えている理由を聞いて見れば、それとなく能力が起因していると言うことを話してくれた。
なんでも、扱ったことの無い武器でさえも、どう扱えばいいかが分かってしまうらしい。それ故に、自分に合った武器がどれかが分からないのが悩みでもあると言っていた。だから今は、沢山の武器を持って、色々と試している最中であるということだった。
俺達は弾む会話に身を任せ、時を忘れるままに過ごした。しばらく会話する内にレオンと打ち解けられたように思う。冗談を交えつつ話すレオンのことだから、本気かどうかは分からないが、近いうちに再会を約束までの仲にまでなれたはずだ。
そうして、親しみやすく気さなレオンとは、正午を知らせる鐘の音が鳴ったのを切っ掛けに別れることになった。
レオンと訓練場の前で別れてから、思い出したかのように空腹を知らせた胃袋の、欲求のままに昼飯を買い込み、カノンと二人でギルドの寮へと向かい、他の職員に見つからないようにカノンの部屋へと導かれ、買い込んだ昼食を手早く済ませて、一先ず胃だけでも落ち着かせてから、そしてようやく、秘密の暴露をすることになった。
『じゃ、じゃあ、カノン、話しても良い?』
「はい“どうぞ”」
『いやッ、あっさりし過ぎッ! 俺が打ち明けるかどうか、迷いに迷った秘密の暴露だよ?』
「ちゃんと“リアクション”は取るわよ。スゴーイって思える秘密ならね」
緊張で頬が突っ張ったような感覚を覚える俺と打って変わって、傾かしいだ体勢で寛くつろいでいるカノンの反応はイマイチだった。期待していないどころか、どうせ禄でもない秘密だろう、と顔に出てしまっている。
『いやいや、ホンットに、凄いからッ!』
「飛び越えるのは“自分”よ? あまり高さを上げ過ぎない方がいいわ」
『はぁー、なんかもっとこう……もういいや、言います、話します』
「はぁい“お願い”しまーす」
一大決心して話すなら、少しは期待してくれた方が話しやすいというのに、暖簾に腕押しのカノンには幾ら言っても仕方ないようだ。
一方の俺が正座し、背筋を伸ばし、意を決して話そうとして、緊張までしているというのに呑気なものだ。テーブルに腕をついて向き合う姿勢になっただけましだろう。もはや勿体ぶっても仕方ないと思った俺は、改めて姿勢を正してからカノンへと秘密の暴露をすることにした。
『……実は、俺』
「うんうん」
『……異世界から、……転生したんだ』
「……はぁ? “宗教”の話?」
『へ? いや、そうじゃなくて、違ッ……』
カノンは俺が思い描いていたものとは違った反応を見せた。だから俺は、その勘違いを正そうとした。だが、カノンは改めて説明しようとする俺の顔の前に掌を向けて話を遮った。そして、
「何を言い出すのかと思えばそんなこと? この世界とは別の世界が沢山あって、そこから他種族が流れ着いたり、他文明がこの世界に齎されたりとかって話は、流石にオーエンも知っているはずよね? “異世界転生”なら、みーんなっしてるわよ。輪廻転生と異世界転生は当たり前の思想の一つじゃない」
この世界の一般常識とされている考えを怒涛の早口で語った。
呆れた顔のカノンが言うように、この世界ではエルフやドワーフなどの亜人も含め、魂や知識さえも、流入したと考えられている。
その考えが生まれた理由も、世界や国そのものがダンジョンの中に存在しているというこの世界においては尤もらしい考えであり、思想が広まった背景も想像に容易いと、学園で習った際に思ったのを覚えている。
そこまで聞いた俺は、緊張のあまりに話の切り出し方を間違えてしまったと後悔した。カノンは、そんな当たり前の話を俺が秘密と称して、改めて話出したのだと勘違いしたのだ。
「期待して裏切られた私の気持ちは、どうしてくれるのよ?」
『ゴメンゴメンゴメン、間違えましたゴメンナサイ。慣れ親しんだ言葉をそのまま選んでしまった俺が悪いです。その話は知ってるし、分かってもいるんだけど、俺が言いたかったのはそうじゃなくて……』
カノンに抗っても痛い目を見る羽目になると理解している俺は、平謝りにてやり過ごしてから詳しい説明をすることにした。
『ええと、俺はー……、そう。前世の記憶。それも、他世界の記憶を持って、この世に、生まれた、……って、ことを言いたかったんだ』
そこまで語れば、俺の言葉の意味を理解したのだろう。カノンは驚きと疑念の入り混じったような表情を見せる。そして、
「“前世の記憶”……、それが本当ならウソじゃない証明をして」
と、冗談として捉えるのではなく、受け入れようとする姿勢を見せた。
『えーと、地球という世界のー、日本という国で生まれてー、……性別は男だと思うけど、名前とか年齢とか詳しい個人情報はあまり覚えてなくてー……』
カノンの表情を伺いながら、前世の記憶を辿る。
『……それと俺の世界には魔力が無い。概念というか、空想上では存在したけど、実在しないものとされている。その代わりに電力が主流の世界で、……あぁ、雷魔法とかの電気ね? その電力を使って金属などで作られた機械を動かしてー……えぇと、機械はこっちで言うところの魔道具。それを動かすことで生活の基盤を支えている世界、……の記憶がある』
そのように思い出しながら、説明の難しさに躓きながら、思いつく限りの情報をカノンへと提供していく。春夏秋冬の季節があり、空と海と山があって広い台地があることも。地球という世界は星の名前でもあって真ん丸な世界だということも。その先に広がる無限の宇宙には、太陽という燃え続ける星があったり、氷漬けの星や気体だけで出来た星とか色々あることも含めて話した。
それからカノンが質問を一つすれば、俺は答えを出来るだけ膨らませて返すように心掛けた。カノンは、モンスターもおらず、魔力も無い世界で人がどうやって生きているのか、魔力の代わりの電力をどう生み出しているのか、ということに興味を示していたから、科学に基づいた聞きかじった程度の知識を引っ張り出して説明をしたり、その知識をどうやって得たかの説明までしたりと、信用を得る為に努力した。
どれもこれもこの世界の話ではなく、元居た世界の話だから、この世界で通ずるかどうかも分からないが、理に適っていると思ってもらえるように必死だった。火、水、風、地熱、振動、爆発などのエネルギー、物体を動かす力や熱を発生させる力を変換して電力を生み出していることを説明するのにも、元になる知識を持ちえないカノンからしてみれば理解しがたいのは当然だからだ。その度に眉を寄せ、頭の上に疑問符が浮かび上がらせるカノンに、馴染みある魔法を例に挙げて一つ一つ説明することで乗り越えていった。
しばらくの間、語り続けた。途中、一人用のティーポッドが空になり、カノンが新しくハーブティを入れ直す為に席を外していた時以外、ずっとだ。そうして三杯目のハーブティが注がれた時、ようやっと俺の求めていた言葉がカノンから聞こえて来た。
「初めは何を言い出すのかと思ったけれど、……信じるわ」
『おぉッ、良かったー……、やっと信じてもらえた』
「本当はもっと前にそう思ってたけどね? オーエンが話をする内に“鼓動”も落ち着いて、何だかリラックスしてるみたいだったし、昔を思い出しているような素振りも演技じゃないとすぐに分かったわ」
『……なら、早く言ってよ』
わざとらしく舌を出して悪戯に笑うカノンに、俺が呆れ顔を向けても悪びれる素振りも無い。
『……まぁ、つまり俺が無知蒙昧なのは、そういう事』
「なるほどねー? それで“秘密”を、打ち明けてくれたのね」
『茶化すなよ、恥ずかしいだろ……』
「誰にも言わないって“約束”するわ」
そう言ってカノンは、俺達が初めて出会った時のことを思い出させるように、握手を求めて来る。その握手は約束を取り交わすということで差し出されたものだろうが、カノンの揶揄いを癪に思った俺は一度手を軽く払って、代わりに小指を立てて差し出す。
『……コレ、これにしよう』
「“小指”? それはなに?」
『前の世界の、約束のおまじない。ほら、小指を出して』
「はい。……あっ、“痛く”しないわよね?」
『大丈夫だから、はい、こーしてー……』
物珍しそうに見るカノンの手を取り、小指と小指を巻き付ける。そして軽く上下に振りながら、出来るだけ楽し気に歌う。
『ゆーびきーりげーんまーん、ウーソつーいたーら……』
「“嘘”ついたら?」
『はーりせーんぼーんのーますっ』
「こわっ、この“おまじない”怖いのっ!?」
『ゆっび、切ったッ! はいー、お仕舞っ、契約成立、解除不能ー!』
「ま、待って! これ“呪い”なの!? 呪いを掛けたの!? ねぇって!」
魔法が存在する世界の住人カノンは、呪文の恐ろしさを知っているからか、解き放たれた小指を握ったまま慌てたように問うてくる。
そのカノンの慌て様が可笑しくて、その問いに答えず笑っていると、どうにもなっていない小指を顔に近づけてまじまじと見つめていた。
可哀想だと思う反面、後が恐ろしいと思った俺は、早々にネタバラシをして、信じている、とだけ告げた。もちろんネタバラシをした後にカノンからの反撃はあったが、カノンもまた、約束を守る、と改めて言ってくれた。
信頼関係はあるにしても、異世界転生者であるということの暴露はリスクも大きい。だが、それを乗り越えられれば得られるものも多く、事情を知った協力者が居ると居ないのとでは、物事の進み方も変わる。その為、カノンへと打ち明けることにしたのだ。
この世界の常識は、俺に取っては非常識である。それとなく聞いたとしても、世間知らずとして馬鹿にされ、疑いを持たれぬように推測したとしても、解釈の取り違いが起こることも往々にしてある。
気にせずに質問できるようになれば、そういった柵に囚われることも無くなり、今後はジレンマからも解放されるだろう。
そう考えていた。
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