第19話
「おっ、案外早かったんだなー、お疲れーっ」
「……おっ、お帰り、なさイっ」
「ただいまーっ、ココは気持ちの整理、ついたかしら?」
「う、うん……頑張る」
アリアの言葉にココが両手ガッツポーズで答えていた。悪気は無いが、ココのその様子を見ているだけで、何だか不安になる。少しばかり力み過ぎているようにも思えて心配にもなってしまう。
『そんな強くなかったし、気負う必要もないと思うよ』
「はっ、あ、ありがとウ、ございまス……あ、足を引っ張らないように、……頑張りたいでス」
心配心から俺はココに思わず声を掛けたのだが、その会話を聞いたアリアが、何やら言いたそうな目で見ていた。先ほどまで、エイルと何やら目配せで意思疎通を図っていたというのに、今はこちらの会話に興味津々のようだった。
だけども、声を掛けたからか、ココの気負いが多少、ましになってくれたように思える。ただ単純に人見知りなだけかも知れないけれども、少しだけ声に張りが出て来た。これならアリアを介して会話する必要も無いだろうと思い、俺は直接ココへと再び、話し掛ける。
それは探検者として自己紹介の様なもの、作戦含め、ボス戦の前の打ち合わせだった。前衛後衛、武器や魔法、能力や特性、得意不得意、スタイルやスタンスを伝え合う。そうすることで、初めての協力戦闘であっても、リスクを減らせるばかりか、上手くいけば連携を取ることができる。
アリアやエイルも交えて、会話を進めて行くうちに、ココとも打ち解け合えたのか、敬称や敬語を使うことも無くなったのまでは良かったのだが、結局、ココの持つユニークアビリティに関しては、的を得ないままだった。何と無くの特性や方向性は辛うじて分かりはしたものの、やはり見て見ぬことには理解が及ばなかった。
初めは耳を疑った。魔法使いに近しいというのは間違いないのだろうが、どんな魔法が出るかどうかも分からないとココは言う。詳しく聞けば、精霊魔法に近いものらしく、その精霊に力を借りて魔法を発動させるのだが、気まぐれな精霊が故に、何が出るかも、どんなことになるかも、果ては何も起こらないかも知れないらしい。
完全ランダムと考えて居ればそうでもないようで、傾向を見極めることさえ出来れば、ある程度理解した魔法を行使できるらしいが、期待しないで欲しいと言われてしまった。それと、危険だと思ったら逃げて欲しいとまで言っていた。
ユニークらしいと言えばユニークなのだろうが、このアビリティを持つココはそれが悩みの種となっているようだ。一人で鍛錬を積むことも、パーティを組むことも出来ずにいる理由がそれらしい。挙句、留年してしまう体たらく、と己が自身を卑下し始めたココもユニークアビリティのピーキーな能力に相当参っているようだった。
教員として働いているアリアは、落ち込むココを見兼ねて、担当するクラスも学年も違うが、卒業する為の資格、20階層突破を手伝うように申し出た訳だ。
弟である探検者のエイルは、姉のアリアに付き合わされて此処まで連れて来られたみたいだった。普段はパーティと共に、ダンジョン登頂記録を伸ばす事に励んでいると言っていた。
手出しできないにせよ、アリアとエイルが居れば、事故が起こることが無い位の実力はあると言う。では何故、さっさと挑戦しなかったのかを尋ねると、ココはどうにも自分に自信を持てなかったらしい。で、手をこまねいてしまっていたところに、俺が通りかかったという経緯だ。つまりは、俺はまんまとアリアの策略に言いくるめられて、ダシに使われた、と言うことだ。
俺は相談を持ち掛けられた時、同じユニークアビリティ持ちと言うこともあり、同情心もあって協力することに決めた。それも一つの理由ではあったが、受けた理由のもう一つには損得勘定も含まれていたから、ダシに使われようと腹を立てることも無かった。
俺が、まずは一人でのボス討伐する、という提案をアリアがすんなりと受け入れてくれたのも、その理由を分かっていたからだ。同階層ボスへの挑戦資格は一人に付き、一日一回のみだが、当日未討伐の挑戦資格を持った者と一緒であれば、何度だって挑戦させてもらえる。手伝う代わりに、ボス討伐報酬のみならず、経験を得られるという旨味が俺にはある。
こういった理由で話を受けた、と改めてアリアに言っておかねば、また後で付け入れられる気がしたので、念には念を重ねた上で、一定の線引きさせるようにした。それが後付けの理由であっても、それなりに納得させることは出来ただろう。俺が何故パーティを組んでいないかを、頻りに聞いて来る辺り、何と無く察するが、俺はまだ、自由気ままにやりたいのだ。
そうして、あれやこれや、どうのこうのと、それぞれの人となりがある程度分かるまでに話をしてから、ボスへ挑戦することになった。
俺はサポートに徹することを念頭に置いて扉の前へ立ち、一同に目配せをしてから、ココに合図を送った。
「いいのカナ? う、うん……、じゃ、じゃア、……いきま、あ、どうシヨ、開いちゃっ、たっ……」
ココの手がほんの少し触れただけで、扉は開いた。ココは心の準備が整っていなかったのか、開こうとする直前、不意に手が扉に触れてしまったようで、開き始めた扉を両手で抑え、閉めようと慌てていた。
『ココ、大丈夫、落ち着いて』
「ココはホントに意気地が無いわねー、押し込んでいーい? ……もぉ押しちゃおっ」
『おいっ!? やめろっ、俺を押すなって!』
我が子を谷底に落とすライオンのように、ココの背中を押すかと思えば、アリアは俺の背中を押して来た。
遊び半分のアリアを睨みつければ、冗談と言わんばかりに舌を出して誤魔化していた。動揺を見せていたココを落ち着かせようと気を遣っていれば、コレだ、まったく冗談じゃない。俺が抵抗しなければ本気で押し込まれていた気がする。
『……ふざけてる場合じゃないよね』
「ココ、準備しておきなさい」
無視を決め込み、話題を逸らすアリアに苦言を呈したところで反省はしないだろう。その自由奔放さに呆れ、諦め、もう何も言うまい、とココの準備が整うのを只、我慢して待つことにした。
「うん、……展開、するネ?」
見て居れば、不安な表情を浮かべながら、ココがユニークアビリティを発動させた。
それは、夜の街に浮かび上がるネオンの街灯みたく、色鮮やかな光がココの身体を包み込むように現れた。幾何学的な模様、ルーンや象形文字に似た形、図や印が電光掲示板のように右から左へと流れ、ココの身体を中心に、絶えず漂いながら回っている。それが何を表しているかは、俺には読み取れはしないが、ココだけは理解できるようだ。
ココのユニークアビリティ【
ただ精霊と話を出来るだけだけという訳で無く、話が出来るからこそ、力を貸りて魔法を発動させたり、知り得ぬ知識を得たり、道案内をさせたり、果ては相談や話し相手にまでにもなり得る多様性のある能力だと言う。
それだけ聞けば便利な能力だと思うが、しかし、精霊は嘘を吐くことも多いようだ。全ての精霊が協力してくれるわけでも無く、悪戯する者も、悪意を持って接する者も居るらしい。それ故に、精霊を信用するかどうかの選択肢が生まれる扱いにくい能力だとも言っていた。
「……やっぱり、いつもより多い。……これなら大丈夫カモ」
アビリティの説明をされた時にも、同じようなことを言っていたが、今日は調子が良いらしい。ココも今では下がった眉が平衡を保ち、【
『じゃあ、行くよ? ターゲットは取るから、安全な位置から魔法をお願いね』
「う、うんっ、お願いしマスっ」
――【スロウ】【ファスト】
横目にココが頷いたのを確認してから、念じて魔法を発動させる。まず俺が飛び出し、続いてココが扉を潜り、そしてその後ろからアリア、エイルが応援の声と共にボスフロアへと入場したようだ。
背後からの声を頼りに、スケイルドッグの側面へと回り込むように注意を引きながら近づき、本日、二戦目となるスケイルドックとの戦闘の火蓋が、再び、切られた。
今回の俺の役割はヘイト管理と呼ばれるものだ。後衛に攻撃をさせつつ、攻撃されないように注意を引く役割。
それと今回、忘れてはいけないのが、俺だけで倒してしまわぬように加減する必要もある。ココ等の位置を把握しつつ、一撃を与えては離脱してを繰り返し、距離を詰め過ぎず間合いを保つように心掛ける。
そのようにスケイルドッグの注意を引いていると、横合いから赤い光が飛来した。それはココが放った魔法である。赤い光はスケイルドッグの横腹に着弾すると炎を巻き上げて爆発した。
が、しかし、大したダメージは与えられていないようだった。スケイルドッグは何事かと振り向こうとする動作を見せると俺から目を逸らした。その瞬間、俺は懐に飛び込み、魔槍を下から上へと掬い上げるようにして顎を叩き上げた。
次に俺は、スケイルドッグが怯んだ隙に、後ろへ退く。すると、赤や青、緑に黄色の魔法が連続して降り注ぐ。それを合図に、俺はまた前に出て追撃を加える。
そうして交互にダメージを与えていく。俺とココの連携が噛み合い、入れ代わり立ち代わりすることで、上手くスケイルドッグを圧倒することが出来ていた。
ココから話を聞いた当初は、どうなる事かと思ってもいたが、実際にそのユニークアビリティを見て見れば、とんでもない力を秘めていると思えた。現に俺は戦闘中にも関わらず、ココの魔法は多種多様だと感心してしまっていた。
まず驚かされたのは、魔法発動の速度。それは同時発動と連続発動の性能によるものだが、発動回転率が普通の魔法使いのそれとは違っていた。それを成し得るのはココが魔法発動において、本来必要であるはずの魔力変換や構成そのものをまるで必要としていないからだった。
それを精霊に代行させていると言う方が近いのか、それが正しいのかも分からないが、ココが魔法を発動させるために必要なプロセスは、記号や文字のようなものが組み合わさって出来た模様を、指先で軽く触れるだけだ。まるで指揮者のように手を振り、リズムゲームみたく流れてくる模様に触れて魔法を発動させている。
それに、そうして発動する魔法だが、属性も特性も多種多様なのが驚きだ。次から次へと飛んでくる魔法の種類の豊富さは異常とも思える。火、風、水、凍、土、木、雷などの属性に、斬、突、叩、衝撃、爆発、拘束などの特性までも兼ね備えている。だからだろうか、同じ魔法が飛んでくることの方が少なかった。
そんな素晴らしいユニークアビリティを持つココならば一人でも十分だろう。自信が無いだけであって俺が居なくてもスケイルドッグに打ち勝てる実力を備えていると思えた。そう思ったからこそ、俺は余り手出しせず加減するように努めていた。
気が付けば、戦闘を開始してそれほど時間が経っていないにも関わらず、体力を削られてしまったスケイルドッグは既に、ぼろぼろだ。そのほとんどココの魔法によるものである。
この世界で初めて経験するパーティープレイは楽しかった。
それを名残惜しく思い始めた頃、もう終わりが見え始めた時だった。
唐突に、ココの叫び声が響いた。
「――逃ーぃーげーぇーてーぇぇえッ!!」
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