レッツプレイ!異世界ダンジョン生存戦略記

森瀬 井叉哉

少年期編

第1話


・・・タ&@テ:クダ*イ


・・・コノ#カイΔ?クッ+テ


・・・¥イゴ>ワ=シノ$チカ%ヲ/ナ◇ニ



 声が聞こえた。それが始まりだった。途切れ途切れで、何処か切羽詰まったような様子の女性の声が頭の中に響いてきた時、薄暗くぼやけた視界に淡い光が差し込んだ。


 それからは、はっきりとしない視界に、ぼうっとした感覚、眠りを妨げられたことに苛立ちを募らせる毎日を過ごしていたように思う。目に映る物が夢か幻か、それが現実かも判断する事も難しく、また考えるのすら煩わしいと思える時間だった。


 ただ夢現ゆめうつつの中に身を落とし、安らいでいたかった。どれ位そうしていたか、俺が俺としての意識がある事に気付いたのは、この地に生み落とされてからしばらく経った後の事だった。


 そう、俺は異世界に転生したのだ。


 当たり前のように魔法が存在し、人間とエルフやドワーフなどの幻想人種や混血種族が共存している世界だった。それを簡単に理解出来たのも、前世の記憶が起因するのだろうが、人間それ以外の記憶は朧気で、以前の名前や顔立ち、職業など、俺に関する特定の記憶は欠如しており、思い出そうとしても、思い出せないでいた。


 ともあれ、記憶の欠如は成長するに従って気にならなくなった。ふとした時に、知っている事を理解したり、見た事も無い物を他の物へと当て嵌めて考えていたり、と自らに驚かされることもあったが、詰まる所は便利な物だと良いように思えたからだ。


 そうなれば興味は他へ移り、俺が知らぬことを探すまでになった。だが、困った事に知識欲の恐ろしさに悩まされる日々であった。口を利けるまでは、体中がむず痒くなる事もしばしばあり、口が利けるようになってからは、幼児があまり物事を深く聞き過ぎないようにと、慎重にならざるを得なかった為に、結局のところ我慢の日々が続いた。だが、一つだけ間違いを犯してしまったと気付いてからは我慢も苦ではないと思えるようになった。


 無垢な幼児であり、無知な転生者であり、無粋な一人の男であった俺が犯した過ちとは、母であろう人だと思っていた人物が、実母で無いという告白をさせてしまったのだ。


 父となるだろうはずの存在が居ない事を理解し、それに納得していたが、髪、目、その特徴の違いを純粋な知識欲に負けて問うてしまった時に聞かされた。その時、見せた悲し気な表情が忘れられず、知識欲に負けてしまった戒めとして、成長するまでは聞き過ぎないようにと自らに枷を嵌める事にした。


 かといって俺からしてみれば、母は母であるし、母もまた俺を子として、育ててくれている。何の問題があろうか、母に育ててもらっている事、懐かしくも思える愛情を十全に注いでくれている事に感謝している。


 俺の母、ニーテ・スディに、そう伝えた日の夕食は御馳走であった事を今でも覚えている。


 俺の12歳の誕生日を迎えた今でも、母はその日の事を嬉しそうに語り、語る内に涙を目に貯めるまでが恒例になってしまっている。その話をする度に、生まれて来てくれて、私の前に現れてくれて、私を母と認めてくれて、ありがとう、と涙ながらに感謝されるのも困りものだ。


 母の親心からしてみれば、俺がいるだけで良いのかも知れない。だけども、返しきれないほどの感謝ではあるが、母には少しでも多くの感謝を返したいし、親孝行をしたいと思う。それが出来る年齢を遂に迎えたと言うことに感極まって、その時には俺までもが涙してしまう。


 母が12の時、今の俺の年齢と同じ時に、道端に捨てられていた俺を拾った。この世界での成人は15歳であるからして、それ相応の覚悟が必要だっただろう。だがしかし、天涯孤独だった母は、神様が私に授けてくれたの、と嬉しそうに言う。女手一つで育てるにも、相当の苦労を負わせてしまったはずだが、俺に掛ける言葉は相変わらず優しい。


 5歳の時に、魔法の才能を計る儀式があり、属性魔法の特性が無いと判断された。その後しばらくしてから通うことになった学園で、出来損ないや、無能と呼ばれている俺でさえも優しく見守ってくれている。俺自身、気にしていなかったが、同級生からはイジメを受けることもあり、その所為で母に迷惑を掛けた事もあった。


 母が縫ってくれた学習袋や、決して裕福ではないはずのなのに奮発して買ってもらった学習道具に、悪戯と簡単に割り切るには済ませられない程の悪意に満ちた仕打ちを受けた際には、怒りに身を任せて暴力を振るい、結果、母に肩身の狭い思いをさせた。


 だがしかし、その甲斐あってか、学校ではイジメこそ無くなりはしなかったが、母から与えてもらった物に対する被害は無くなった。それからも我慢する日々は続いたが、母の事を想い、いつかは見返してやる、と励みに耐え続けた。


 そして先日、5年の歳月を経て卒業の日を迎えることが出来た。その日は今後の為と学費を捻出してくれた母への感謝はもちろん、これからは母の負担を少しでも減らすことが出来るという事の喜びを噛み締めたのを思い出す。


 そして今日、更に待ち侘びた誕生日を迎えた。つまりは拾われた日であり、母と出会った日なのだが、その日から12年が経った。この世界では12歳から、進学の他、いくつかの職業に就くことが出来る。それまでは見習いとして低賃金で働く事も出来るのだが、12歳に成らないと認められない重要な事柄が一つあった。


 それは、ダンジョンへの入場だ。


 これが俺には必要だった。この世界では、肉体を鍛えるのに最適なのは、モンスター討伐なのだ。元居た世界でも似通ってはいるだろうが、筋トレなどで鍛えられる基礎能力には上限値がある。だがしかし、モンスターを討伐することで得られる概念的副産物、経験値と言えば分かりやすいだろうか、それが作用することで上限値を超えられる。つまり、ダンジョン攻略を経て強くなる事が、金を稼ぐのにも最適解なのだ。


 何故なら、この世界で主な資源は全て、ダンジョンから生成されていると言っても過言では無い。物心ついた時に、まず初めに驚いたのが、この世界には太陽が無かった。いや、実際あるのかも知れないが太陽を見る事が出来なかった。


 言うなれば、岩に包まれた広大なドーム状の空間だった。そこに住居が並んでいる。空は無く、天井からは鉱石が岩から突き出ており、どういう仕組みか光をこの空間全体に放っている。それも太陽の代わりであるかのように、毎日、時刻に合わせて照り、陰りもする。


 そのドームが積み重なるように合わさって構成されているこの世界の居住区各だ。人々が暮らす居住層なのだが、下から順に王族と貴族が住まう下層、商業街と中流階級が住まう中層、労働者や下級階級が住まう上層がある。俺が住んでいるのは上層居住区と呼ばれる中の貧民街だ。そこから先、貧民街の上にあたる部分からが、この世界ではダンジョンと呼ばれている。


 つまり端的に言えば、この世界はダンジョンで出来ているというのが俺の解釈だ。ダンジョンと上中下の層がすべて繋がっており、恐らく本物の空や海がある外の世界へ行くには、ダンジョンを登って行くしかないらしい。とは言え、外の世界があるかも、ダンジョンが抜けた事がある者が居た例も無いらしく、それも定かでは無い。


 それこそ、神話で言い伝えられているような話だ。外へ見たくば昇るしかない。だがしかし、生活を送るだけならば、昇る必要も無いほどに整備されてはいる。だけれども俺は、このドームの天井を見上げる度に、得も言えぬ感情が湧き出て来る。


 母を楽にさせる為に、というのはもちろんだが、好奇心や探究心、子供心を擽る夢の世界への道に胸を躍らせてしまう。男なら一度は思い描いたであろう、剣と魔法のファンタジーが目の前にあるのだ。そして、その扉を今、開かんとしているとなれば、それだけで気分が高揚する。


 明日、初めてダンジョンに足を踏み入れる。


 そう考えるだけで、居ても立っても居られなくなる。早めにベットに入ったはずだが彼是かれこれ数時間、寝付けないでいる。長い時間、耐え忍んだからか、その事を考えないようにしていても、今までの記憶、思い出が巡る。どうしようもないほどに、明日を待ちわびていたからだろう。そんな俺からしてみれば、それは仕方のないことだった。


 母も、きっと寝付けずにいるのだろう。母には申し訳ない気持ちで一杯だ。不安で、心配で、恐ろしい思いをさせてしまっている事を痛いほどに理解している。母さんは、私を楽させる為なら今のままでもいいし、お金の心配もいらないし、贅沢は必要ない、と言っていた。もちろん、分かっている。ダンジョンに昇らずとも、貧しくとも、他に生活していく手はある。だけど、俺が求め、ダンジョンもまた呼んでいる気がするんだ。


 だから、俺はダンジョンを昇る。


 何度も、繰り返し、夢想した英雄譚で語られるような英雄の姿を想像し、憧れた英雄みたく、いつか俺も、飽く事の無いほどの広大な冒険の世界へと旅立ちたいと考えた。それはこの世界に産み落とされるよりも遥か以前からのように思う。無理だ、不可能だ、と諦めていても尚、夢想してしまうほどに恋焦がれ、求め続けていた気がする。


 これまでは何をどうしようとも成し得なかったはずの夢だ。それが、今は、手を伸ばすだけでいい。届くかどうか、掴めるかどうか、その可能性がそこにある。だからこそ、挑戦すべきだとも思う。折角、異世界へと流れ着いたのだからこそ、余すことなく堪能したい。


 それは簡単なことでは無いはずだ。疲れもするし、ケガも沢山するだろう。出会いや別れも繰り返すのだろう。何かを得て、何かを失って、選択を迫られて、選択しなければならなくて。そんな毎日が続くのだろう。


 そして今夜も、そんなような夢をまた見るのだろうか。これまでは寝ても覚めても夢を見るばかりの人生だった。明日からは違う夢を見られるだろうか。それともまだ同じ夢を見るのだろうか。いや、また明日からも、夢を見続けられるのだろうか。


 そんなことを布団に包まりながら考え続けていた。いつになれば寝れるのだろうか。そう考えている内にも、俺の意識は白霧に包まれ、そして夢の世界へと誘われていた。

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