最終章 ボーダーライン①
家に帰ると、じいちゃんが来ていた。
「どうした、斗和。何があった? 誰かにやられたのか?」
じいちゃんは、ボロボロの俺の格好を見て目をまん丸にする。
俺は誇らしい思いで報告した。
「うん、ケンカ。相手は上級生でさ、負けちゃった。でも友達を助けられたから、いいよ」
その言葉に、じいちゃんは俺の頭をなでて、大きくうなずいた。
「その意気やよし!」
「え?」
「よくやったって意味だ。そういう考えはじいちゃんも好きだ」
「ほんと?」
「あぁ、友人を助けるための負け戦は、きっとおまえを強く立派にするぞ!」
頭をぐしゃぐしゃとかきまわされて、なんかうれしくなる。
褒めてくるじいちゃんも、うれしそうに笑ってる。
※
「お兄ちゃん、起きてよ! お兄ちゃん」
「…んぁ?」
突然身体を揺さぶられて目を覚ます。病室の白い天井がまず目に入った。それから、こっちをのぞきこんでくる茉子の顔。
「もー、いくら入院中だからって、ちょっとはカッコつけなよ」
「…あー」
「ほら、これで身体拭いて」
口うるさく言ってデオドラントシートを渡してくる。
「なんでだよ」
「汗臭いからに決まってるでしょ。身ぎれいにすれば、今日はきっといい日になるよ」
「は?」
「なんでもなーい」
何か企んででもいるのか、茉子は楽しげに笑った。意味がわからない。
デオドラントシートで適当に首をふきながら、スマホを開いてニュースを見る。
すると画面いっぱいに英信の顔が映った。ここのところ、毎日のようにこんな映像が目に入る。
死んだ魚みたいな目をした英信が、おそらく向こう――〈西〉の用意した原稿の通りにしゃべっている。
崇史によると、英信と結凪と翔真は、強硬な尋問もなく、まともな扱いを受けているらしい。
『尋問するまでもないということだ。自分の信じたものが根底から覆されたショックで、三人ともぼう然自失でいるからな』
ゴキブリというのはデタラメだった。彼らは工作員でもテロリストでも、協力者ですらもなくて、何もかも〈東〉側政府中枢による質の悪い捏造だった。
それを詳細な根拠と証拠をもって示され、反論のすべてに明確な答えを返され、信じるしかない状況にあるらしい。
(響貴の予想が当たってたってことだな…)
三人は大量殺人の犯罪者として〈西〉で実刑判決を受けた。といっても〈東〉政府の陰謀に利用された子供という扱いで、服役をする代わりに、こうしてクソだせぇ地味な服装でカメラの前に引っ張り出されて、色んな番組で何度も何度も言わされている。
〈生徒会〉はまちがっていました。〈東〉側政府の情報に踊らされた自分が愚かでした。犠牲になった人々に申し訳ないと感じています。〈西〉側に保護されて目が覚めました。自分達に正しいことを教えてくれる〈西〉の大人達に感謝しています…。
三人とも生気の失せた顔つきで、力なくそうくり返す。
見てられない。…でも消すこともできない。
崇史は言った。俺は怪我が深刻で、とても動かせる状態じゃなかったから見逃されただけだって。その崇史も、一度俺の見舞いに来た後〈西〉に戻った。
結局、あいつの本名とか、本当のことは何も知らないまま。
あいつは今、〈城川崇史〉として英信たちと一緒にカメラの前に出ている。青ざめた顔で、打ちひしがれた様子で、〈生徒会〉がいかに非人道的な組織だったかを証言している。
世界中で報道されている〈生徒会〉幹部達の映像を、さすがに〈東〉のテレビも無視できなかったようだ。一連の映像は〈東〉のニュースでも取り上げられていた。
ある程度報道した後、キャスターがもっともらしく締めくくるのだ。
『若者は純粋で、未熟で、のめり込みやすいものです。彼らがまちがいを犯したことを責めるだけでは、根本的な解決にはなりません。今の彼らには、しっかり自分を見つめ直す時間が必要と思われます…』
もちろんネット上では嵐のような〈生徒会〉バッシングが巻き起こっている。
『なんでおまえはまだ生きてるんだ?』『早く自主しろ。殺すぞ』『自殺して当然』『人殺しを皆で晒し合おう。情報求めます』『〈生徒会〉の活動、知れば知るほど闇すぎてキモい』『みんな死ねばいいのに』等々…元メンバーへの攻撃や、攻撃の呼びかけは、とどまるところを知らない。
自宅への脅迫電話や嫌がらせ、学校でのイジメ。不登校になるのはまだマシなほうで、自主退学を迫られたり、自殺したりってケースが相次いだ。一方で、遠くに引っ越して何食わぬ顔でやり直すメンバーも多少はいるらしい。
ちなみに。
〈生徒会〉の末端メンバーとして、一度でも国際社会の言う〈虐殺〉にかかわった子供たちは四桁に達するって言われてる。
国会で、そういった子供達をどうするか――捕まえるか否か、罰はどうするか、更正はどうなるかを審議してるって、ニュースでは伝えていた。でもたぶん形だけ。
時間が過ぎればなぁなぁにされてくっていうのが大方の予想だ。
掘り返したところで誰の特にもならないことだから。
〈生徒会〉の活動への非難は、それを黙認してきた体制への批判につながりかねない。このまま事件を蒸し返さず、記憶が薄れるままに過去の闇に葬るのが、社会にとっても一番いいって雰囲気だ。
(だから…だから――)
俺も、きっとこのまま生きてくことになる。まぁ、これまで通りってわけにはいかないだろうけど。
〈生徒会〉の幹部でありながら拉致されなかった俺の顔は、〈東〉のみんなが知ってる。
政府は目をつぶっても、世間は許さない。
警備員つきの自宅がある亜夜人とちがい、アパート暮らしの一般庶民にすぎない俺はサンドバッグ状態だった。――正確には俺の家族が。
(とりあえず、なるはやで家出ないと…)
母親も、茉子も、俺の前では絶対に出さないけど、まちがいなく色々大変な思いをしている。
ちょっとネットをのぞけば、すぐわかる。家のドアに毎日のように落書きや貼り紙がされていた。
『子供だから許されるなんてあり得ない。一生刑務所に入れるべき』『おまえの息子のテロ認定まだ?』『何の罪もない人を殺してドヤっといて、今さら被害者ヅラするとかマジクソ』『死死死死死死』
ご丁寧に、貼り紙の写真を撮ってネットにアップする人間は後を絶たない。それにスーパーや電車の中でのいやがらせ目撃談も。
(くそ…!)
毛布をギュッとにぎりしめた。とにかく近々に自分で動画を配信しよう。
英信たちと同じように、カメラの前で俺がまちがっていたと泣きながら言い、家族は俺のすることにずっと反対してた、俺のワガママで悩ませ続けていた、と話す。
加えて、時任七桜をかくまっていたのは、母親と妹に懇願されたからって打ち明ける。
そうすれば二人への風当たりも少しは和らぐだろう――。
頭の中で算段をつけていた時、コンコンとドアが軽くノックされた。
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