翔真の章 ②

 あの時の不安が的中した。

 今、駐車場のコンクリートの床に横たわる斗和の胸の真ん中には、ナイフの刃先が深々と埋まっていた。


「――――…」


 昴もハァハァ肩を上下させてる。興奮してるようだ。

 班の連中は何も言えずに、だまって――ただぼう然とそれを見守っていた。


 それは翔真も同じだった。


 止めなきゃ。もういいって言わなきゃ。

 そう思いながらも、口も身体も動かない。斗和の上に跨がったまま、金縛りにでも遭ったように、バカみたいにぼんやりしているだけ。


(斗和は…斗和は死んだのか?)


 そう考えた時、斗和の胸に埋まったナイフに、昴がふたたび手をのばした。両手で柄をにぎりしめ、それを思いきり引き抜くや、高々と掲げ、また振り下ろそうとする。

 翔真はその手に飛びついた。


「よせ!!」

「なによ! あんたもGの味方するの!?」

「斗和は斗和だ! ゴキブリじゃねぇ!」

「はーなーしーて!」


 手首をひねって取り上げようとするも、力いっぱい振り払われ、同時に蹴倒され、ごろごろ床に転がった。


「てんめ…!」


 すぐさま跳ね起きて飛びかかろうとする。

 その瞬間。



 パァン…!



 と、爆竹が破裂したような音がして、昴の額に赤い花が咲いた。

 ぱぁっと飛び散った血が、そんなふうに見えた。


「――――…」


 え、俺いま何を見てるんだろう?

 その場にいた人間みんな、同じ気持ちだったと思う。でもその直後。


「う、わぁあぁぁあぁぁ…っっ」


 翔真の班のメンバーは、全員、意味不明な悲鳴を上げて逃げ出した。


 銃だ。

 昴は頭を撃たれた――遅ればせながら、そう理解したから。

 昴の身体は、横たわる斗和の上に、折り重なるようにして倒れた。


 翔真はコンクリの床に尻餅をついたまま、ぽかんとそれを眺める。背後から、コツン、コツン…と足音が近づいてくる。


「……」

 ゆっくり後ろをふり向き、ごくりと唾を呑みこんだ。


「…崇史…?」


 銃を手に近づいてきた崇史は、昴の身体を足で蹴ってどかした。


 色々訊かなきゃならないことがあるのに、なかなか言葉が出てこない。

 ややあって、ようやく声をしぼり出す。

「…おまえ…何やってんの?」


 崇史は肩越しに、そっけなく応えてきた。

「害虫の駆除だが?」

「どういうことだよ。なんでおまえ、昴を殺したんだよ? 何で銃なんか持ってんだよ? 何しに来たんだよ?」


 そこに人影がもうひとつ、やってくる。

「斗和…!」

 横たわる斗和に駆け寄った女が、すぐさま胸の傷の止血にかかる。


「時任七桜…っ」

 反射的に腰を浮かしかけた俺に、崇史がすかさず銃口を向けてきた。

「動くな」

「崇史! おまえ――」


「時任七桜は一級保護対象だ。見つけた以上、何としても守らなければならない」

「…は?」

「その彼女が、斗和を助けに戻ると言うので同行した」


 いつもの通りの鉄面皮。

 なのになぜか、いつもとまったくちがうものに見える。

 こうしてみるとわかる。今までのこいつの顔は、仮面だったって。


「おまえ…」

「俺は〈西〉で生まれ、十歳まで〈西〉で育った〈西〉の人間だ。子供の頃に適性を見出され、〈東〉の社会でスリーパーとして生きるよう訓練を受け、ひそかに送り込まれてきた」

「スリーパー…?」

「平たく言えば、現地に溶け込んで暮らす工作員だ」


〈西〉の…工作員…。

 驚くことじゃない。〈東〉では常々その脅威が噂されてた。でも驚いていた。

 ここにきて、自分が工作員って何なのか、よくわかってなかったことに気づく。


 悪いものという単純なイメージがあっただけ。

 でもこうして、この国じゃ手に入らないはずの銃を当然のように持って、一分の隙もなく無感情にこっちを見据えてくる実物を前にして理解する。


 こいつは国に訓練されて送り込まれてきたプロだってこと。

 太刀打ちできるはずがなかった。〈生徒会〉の言う工作員っていうのが、こいつみたいな人間を指すなら、シロウトの子供に何とかできるようなものじゃなかった。


(じゃあ…じゃあ、俺達が今まで駆除してきたものは何だったんだ…?)

 いくつものショックに頭がぐらぐらする。そんな翔真に、崇史は容赦なく事実を突きつけてくる。


「言っておくが、〈生徒会〉が駆除してまわっていたのは、〈西〉の政府とは何のつながりもない一般市民だ」

「うそだ!!」


 たった今、頭ん中で目を逸らした答えを突きつけられ、声を張り上げる。

「そんなはずねぇ…!」

「なぜそう言い切れる?」


「常識だろ! ひそかに〈東〉を攻撃してくる〈西〉の脅威を取り除けるのは〈生徒会〉だけだ」

「誰が言った? なぜそれが正しいと言える?」

「誰って…みんな…英信だって、偉い人たちだって、有名人だって、もっと他のやつらだって…!」


 言いながら、自分の声から勢いが失われていくのを感じた。

 なんでそう言い切れるのか――『みんながそう言ってたから』。それ以外の根拠はない。


 コンクリの床にへたり込む翔真を高みから見下ろして、崇史は冷然と告げた。

「今夜すべてが正される。〈西〉側政府はこの日のために、入念に準備をしてきた」

「おまえ…何言ってんだよ…意味わかんねぇよ…っ」


「〈東〉側政府の威信は地に落ちる。〈西〉側政府われわれの武器は、〈生徒会〉おまえたちだ」

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