第7章 真実は風の前の塵に同じ ①
この頃、少しずつ〈生徒会〉の雰囲気が変わってきたと感じるようになった。
きっかけは、とんでもない――これまでの感覚で言うと、ありえない出来事。
『〈生徒会〉の末端メンバーが、集団で響貴さんの家に押しかけてる!』
翔真の班員からそんな連絡が来たのは、響貴の家をひそかに調べた二日後。下校中、本部に向かっていた時のことだった。
翔真とは連絡がつかないらしい。
(――――…)
一昨日のことを思い出し、いてもたってもいられなくなった俺は、響貴の家に向け、すぐに方向転換した。
「押しかけてるってどういうことだ!?」
『十人くらい。響貴さんがGをかくまってるって噂があるって…』
「でもそれは俺らが確認して解決したはずだろ?」
『それが…幹部達が結託してかばってるんじゃないかって誰かが言い出して…』
「はぁ? 誰? 誰が言ったんだ、そんなこと!」
おかしい。〈生徒会〉は立派なヒエラルキーがあって、上が偉そうにすることはないとはいえ、まずまず上下関係が厳しい組織だ。それなのに。
(上を疑うなんて…!)
駆けつけると、本当に自宅の門前に立つ響貴を、〈生徒会〉の制服を身につけた十名のメンバーが取り囲んでいた。
その中には昴もいる。っていうか、昴が中心になって、響貴を問い詰めてる。
「おい、おまえら何やってんだ!」
割り込んでいった俺を、みんながふり向いた。昴は平然と返してくる。
「響貴さんに、家の中を見せてほしいとお願いしていたところです」
「おまえ、自分が何言ってるかわかってんのか?」
「疑惑があったんですよね? なのに上の人達だけで収めちゃって、なぁなぁに終わらせたなんて、おかしいじゃないですか」
「誰がなぁなぁだ! おまえだって一昨日、俺と一緒に確認したじゃないか。家の中には誰もいなかったって」
「私は翔真さんに言いました。パントリーの床にあった穴は何なのか、ちゃんと確かめないんですかって。なのに聞こえないふりをされました」
「おまえ――」
俺は正直、昴が堂々と反論してきたことに驚いていた。
(どうしたんだ、こいつ?)
最近ますます身体が引き締まり、外見にも気を遣うようになって、初対面の頃と比べると見ちがえるような自信をつけた昴は、眼差しを険しくして俺を見据えてくる。
「幹部の響貴さんだからこそ、証明しなければならないはずです。こうして不意打ちで押しかけられてもかまわないくらい、後ろめたいことは何もないんだって」
背筋をのばして言いきった昴に、「そうだ、そうだ」と後ろのみんなが唱和する。そいつら全員、たとえ幹部だろうと、ゴキブリの味方をするなら容赦しねぇって勢いで詰め寄ってくる。
俺のこめかみの血管が、ぴきっと音を立てた。
「いいかげんにしろ!」
部活でこういうのは経験したことがある。舐められたら終わり。誰も言うことを聞かなくなる。対処法は、こっちが相手以上にキレ散らかすこと。
「響貴がこれまで、どんだけのGを葬ってきたか知ってて言ってんのか!? ――」
勢いに任せてまくしたてようとした、その時。
パトカーが一台近づいてくるのが目に入った。高級住宅街で十人の高校生が揉めているのを、誰かが通報したようだ。
思わず静まる俺達に、制服姿のおまわりさんが車から降りて話しかけてくる。
「君達、どうかしたの?」
「――――…」
それまで腕組みをして、だまって門前に立っていた響貴が、これみよがしのため息をついた。
縁なし眼鏡ごしの鋭い眼差しが、俺も含めて、その場にいる全員を薙ぎ払う。
「わかった。入ればいい。その代わり何でもなかった時は、君らが僕の言うことを何でも聞くんだろうね?」
ドスの利いた低くて静かな声は、さっきの俺のどなり声の数万倍恐かったって……後でみんなが言ってた。
※
押しかけた十名は、いっせいに響貴の家になだれ込んだ。
エプロン姿の家政婦が怯えた顔でそれを出迎える。響貴はすまなそうに声をかけた。
「ごめんなさい。でも大丈夫だから。好きにさせてやって」
家政婦は顔をこわばらせてうなずく。
その目の前を駆け抜けた昴達は、ふたたび家の隅々まで見てまわった。件のパントリーの下にあった手作りの穴も入念にチェックする。
今日見たところ、そこには野菜や保存食、アルコールなんかがぎっしり詰まっていた。
あ然とするメンバー達に、響貴が何でもない様子で言う。
「そこには緊急時の備蓄用の食料品を入れてる。このあいだは入れ替え作業の途中だったから、おかしなものに見えたかもしれないけど」
「……」
何も見つけることのできなかった昴達は、最初の頃の鼻息も落ち着き、だんだん大人しくなっていく。
俺もこっそり胸をなで下ろした。
まぁ女から話は聞いているだろうし、響貴が何も手を打たずにいるとは思えないけど。
最後、玄関に整列したメンバー達を、響貴は一段高いところから見下ろした。
「これでわかった? 変な噂が流れたようだけど、幹部の信用を傷つけて〈生徒会〉を分裂させようっていうイタズラじゃないかと、僕は思ってる。君達はまんまと踊らされたわけだ」
「…すみませんでした…」
昴を始め、みんなはしおしおと謝る。
「処分は後で連絡する。君達、今日は〈生徒会〉に来なくていいから、家に帰りなさい」
厳しい響貴の言いつけに従い、メンバー達は引き上げていった。
「――じゃあ俺も…」
それに便乗して出て行こうとしたものの。
「君は残ってよ、斗和。ちょっと話もあるし」
呼び止める声にどきりとする。正直、何を話せばいいのかわからない。
困りはてた気分でふり向く俺を、眼鏡の奥の目が、取って食うような眼差しで見つめてきた。
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