第5章 無敵感、やばい ①

 月に一度の唐京〈生徒会〉の集会。今回は瀬田谷せたがやだった。


 レンタルスペースのフロアには〈生徒会〉のメンバーが七割、私服が三割。

 俺が初めて参加した時よりも私服の人数が増えている。それだけ一般の人間に関心を持たれているってことか。


 とはいえ、みんなダルそうな顔だった。それもそのはず。今日はやたら気温が高い。屋内は冷房が効いているとはいえ、外はこの時間になっても二七度を超えている。


 七月。気がつけば俺が生徒会に入ってから二ヶ月がたっていた。

〈生徒会〉の人気は留まるところを知らない。これまでは外から見ているだけでいいってファンが多かったけど、ここにきて入会希望者が激増している。

 今回は参加できる人数をしぼったものの、それでもかなり増えていた。


「斗和のおかげだ」

 ステージの袖で腕を組み、フロアの様子を見ていた響貴が言う。

「どう? こうしてみんなを見下ろす気分は」

「吐きそう…」

「なんでさ」

 緊張と不安で落ち着かずにいる俺を一瞥して軽く笑う。


 ホイホイ作戦は大当たりだった。〈生徒会〉は、撮影した映像のうちゴキブリの集会シーンのみを公開。ゴキブリ達の地下組織が実在することと、そのうちのひとつをたたきつぶしたことを世間に発表した。


 その宣伝効果は絶大だった。

 メディアは連日公開した映像を流し、差し迫った危険性を世に訴える。


 駆除の場面はなくても、集会の場にいたゴキブリがこの世から消えたのは事実。映像の信憑性は疑いようがなく、これまでになく〈生徒会〉を支持する声が高まった。逆にこれまでゴキブリを擁護してきた人間は売国奴、テロリストの味方、とフルボッコにされている。


 そんなこんなで、作戦の立案をした俺は、なんと深紅のジャケットを身につけることになった。


「まさか入って二ヶ月で、班長とかすっ飛ばして幹部になるとはね~」

「崇史も越える大出世。快挙快挙」

 結凪と亜夜人が両側から、からかい混じりに言う。


 そう。俺は先週、英信が作った新しい役職――執行担当とかいう幹部になった。


 元々響貴が担当してた総務は、これまで事務的なことをする班と、駆除にあたる班とが混ざっていた。最初はほぼすべて執行部隊だったのが、組織が大きくなるにつれて事務の仕事が間に合わなくなって、事務作業する班を増やしていったためだ。


 その執行部隊を独立させて、俺が率いることになったってわけ。待って。ほんとに待って。

 たしかに出世したいって全力で望んでいた。でもそれは、経験を積んだ上で最短距離でステップアップして行きたいというだけで。


「入って二ヶ月の人間が、駆除の班を全部束ねるなんてできるはずねぇ…!」

 頭を抱えて青ざめる俺に響貴は含み笑いを向けてくる。

「大丈夫。初めのうちは崇史が後ろからにらみをきかせるから」


 これまでは忙しい響貴の代わりに崇史がG狩りの監督をしていたらしい。これからは俺がその役目を引き継ぐことになる。…自信ないけど、そう言ってもいられない。

 英信の考えで簡単に抜擢されたってことは、裏を返せば、失敗したらあっという間に降格させられると考えたほうがいい。そんなことにならないよう気を引き締めないと。


 ちょうどその時、崇史が低く告げてきた。

「行くぞ」

 英信を先頭に幹部がステージに出て行く。フロアでワァッと歓声が上がった。

 俺は一番最後。亜夜人の後ろだ。


 出席者の管理をしている響貴によると、今日フロアにいるのは百三十人くらい。相変わらず大勢の前に出るのは慣れず、その意味でも緊張してしまう。


 フロアの一番後ろに翔真がいた。俺と目が合うと、ニヤリと笑って親指を立ててくる。先週、とうとう念願の〈寮〉に入ったから、親のこととか色々ふっきれた顔をしている。


 英信が、いつも通り軽く笑いを取りながら、ラフにスピーチに入って行った。


「〈西系〉は人間じゃない。この国を危険にさらす害虫だ。

 普段は真人間のフリをして暮らしているが、だまされるな。腹ん中じゃ〈西〉の考え方のほうがマトモで、正しくて、〈東〉も〈西〉みたいになればいいって思ってる。おまけに周りに自分の思想をまき散らして、知らず知らず染め上げていく。ゴキブリを一匹見たら、そいつの近くにもう何匹かいると思えってのはそういうことだ。


 人権がどうの言う連中の言いなりになって、害虫駆除を手加減してみろ。ゴキブリはソッコー増殖して、気がついた時には手に負えなくなってる。ちがうか?


 なのに世の中、暴力はダメって思い込みで思考停止してる連中のせいで、国よりも人権が大事って考えのほうが正しいことになってる。いや、確かに国よりも人権のほうが大事だよ? それが〈東〉の人間ならな。問題は連中が、ゴキブリを人間みたいに扱うことだ。いいか、今から大声で当たり前のことを言う――」


 そこで、英信は大きく息を吸った。


「ゴキブリに人権はねぇ!!!」


 フロアから賛同するような歓声が湧き上がる。

「ねぇよ! 当然じゃん。台所の床をちょろちょろうろついてる、あの黒いやつに何の権利があるわけ!?」

 フロアは大うけだった。ドッと笑い、盛り上がる。


 俺は隣の響貴にこっそり訊いてみた。

「英信のこれって、前もって考えてんの?」

「まさか。そんなにマメじゃないよ」

「じゃあなに。ノリ?」

「百パーセント、ノリと勢い。それが彼のスゴいとこ」

「マジか…」


「みんなを興奮させて、その気にさせて、迷いを払拭してしまうノリと勢いだ。…ほんと真似できないよね」

 そう言いながら英信を見つめる目は、どこか誇らしげだ。


 英信は相変わらず絶好調だった。

「けど、この国の大人の中にも、ちゃんとわかってる人間はいる。連中、てめぇで手が下せないから、俺達に期待するんだ。ほんとしょうもねぇよな。でも、やってやろうじゃないか。国を守るためだ。


 他の誰にもできない――俺達にしかできないなら、俺達がやるしかない。そう思って集まってくれたんだよな? サンキュー。おまえらはこの国で一番、勇気があって、ちゃんと物事を判断できて、でも世間には理解されにくい気の毒な連中だ!」


 フロアの歓声はますます盛り上がる。


「けど絶望することはないぜ。ここに俺がいる! 仲間もいる! どんな時も絶対にひとりにはしねぇよ。しんどい使命を持つ者同士だ。絶対見捨てないって、魂かけて誓う。苦しいときは必ず助ける。だから安心してついてこい!」


「――――…」

 ヤバい。英信マジックってわかってても泣きそうになる。自分のやってることは正しいのか? って揺れてる時ほど心に染みる。


「今この国には〈生徒会〉が必要だ! どんな手使ってもこの国を守ろうって、マジになれるのは〈生徒会〉だけだ! ちがうか!?」

「俺たちは!」

〈生徒会〉!


「俺たちは!」

〈生徒会〉!


 コールには幹部も参加する。

 崇史も、響貴も、結凪も、亜夜人も。この時だけは真剣に拳を振り上げ、声を張り上げる。

 コールを続けるうち、フロアの温度がどんどん上昇していくのを感じた。


 初めて来たときに俺が痺れた、あの感覚を、今日私服を着ているやつらも感じているにちがいない。

 それがひと段落つくと、恒例のオリエンテーションに移った。フロアにいるメンバーが先導して進めていく。

 途中で、四十人近くいた私服が何人も走って逃げていった。誰もそれを追わない。


 終わった時、残っていた私服は八名だった。それでも前回より増えてる。

 と、八名のうちの一人――ぽっちゃりとした体型の、髪の長い女が、俺を見てぺこりと頭を下げる。


 集会が終わった後、女はステージに近づいてきて、クソ緊張した様子で俺に声をかけてきた。

「どうも…」

「会ったことあるっけ?」

「はっ、はい、あの…」


 彼女は前髪で顔を隠す。長い髪から鼻だけを見せた格好を見て、ようやく思い出した。

 校庭脇の水場でいじめられてた女だ。


「あの時の…! ホントに来たのか」

「はい、小出昴(こいですばる)です! …あの、わたし生徒会、入ります! きっと役に立ちますから、入れてください!」

 私服のスカートをにぎりしめ、彼女は必死に訴えてくる。

「さっきの、みんなで叫ぶヤツ、すごく衝撃的で、感動して、ホントに身体中ビリビリきて、ヤバくて…!」

「ハハッ、おまえもやられたか」

「すごい興奮して、さっきからずっと手の震えが止まらなくて…。ホント、こんなに感動するの、生まれて初めてで…っ」


 言ってるうちに感極まったのか、ぼろぼろ泣き出す。

 俺はさすがにぎょっとした。

「ちょ、ま…っ」


 助けを求めてさ迷わせた目が、結凪に留まる。

 結凪は笑って近づいてきた。

「その子、友達?」

 迫ってくるアイドルに、昴がひっくり返ったような声を出す。


「ゆっ、ゆ、ゆー…!?」

「私は結凪。よろしくね。髪の毛、もうちょっと切って顔出せばいいのに」

「そ――そう…っ」

 何かを言おうとして、昴は顔を真っ赤にしてまた泣き出した。

「わたし…そういうの…似合わないから…っ」

「そ? そんなことないけど…。いいよ。次に会った時、髪をセットしてあげる」


 軽くそんなことを言って、結凪は昴に手をふる。そこに翔真がやって来た。

 俺の首に腕をまわしながら、目は結凪を見る。


「結凪! あ、俺、斗和の友達の翔真っていって、何度も挨拶してるけど、名前覚えてくれた?」

「うるさいなぁ。用がないならあっち行ってよ」

 すました顔で言って、結凪は今度こそ去って行く。


「すげぇ塩対応…。もうあきらめろって」

 俺の言葉に、翔真は「なんの!」って笑みを見せた。

「そこがいいんじゃん。別に冷たくされるの俺だけじゃないし。野郎全員に対してあんな感じだし」

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