第4章 がむしゃら上等! ⑤
それから一気に忙しくなった。
現場に下見に行って、計測したり写真を撮ったりして持ち帰り、響貴と亜夜人に相談。
機材の手配なんかは慣れてる亜夜人がやってくれるものの、俺もいちおう責任者として全部に目を通すよう言われた。
亜夜人は情報部担当ってだけあって、その下にある班はPC作業か、尾行とか見張りが主な仕事。覚悟を決めて〈生徒会〉に入っても、駆除がうまくできないやつ、あるいはダメになったやつは一定数いる。そういうメンバーが情報部に配属されるらしい。
亜夜人はそれを見事に仕切ってるんで、中学生でも舐められることはないってわけ。
「なるほどー。中坊幹部の謎が今、やっと解けた」
昼休み。
校庭脇のベンチで昼飯を食いながら、翔真が感心するようにうなる。
「そっちは? 何か変わったことない?」
俺が訊くと、「んー」と首を傾げた。
「班の中は変わらない。あ、でも昨日知ってびっくりしたのが、…城川崇史の趣味は菓子作り!」
「ウソつけ」
即答すると、翔真は「知らんけど」って笑って肩をすくめる。
「本当だったらおもしろいじゃん。あと妹がいるんだって。でも城川の前で妹の話は厳禁」
「なんで」
「超、機嫌悪くなるらしい。すっごいシスコンだって」
「へぇ。あの人の妹なら可愛いんだろうな」
「妹のカレシとかどんな顔でいびるのか、想像するとこえーよ」
翔真はパンを口に入れたままゲラゲラ笑った。
翔真は最近、顔つきが変わった。中井班で駆除の経験を積んで、すっかりベテランになったからだろう。最近はスタンガンで気絶させるだけじゃなくて、潰す役目も率先して引き受けてるらしい。
「おまえに負けてらんねぇもんな!」
屈託なく言い放つ顔には、狩る人間として一人前になった自信がにじんでいた。
それに、前みたいに結凪結凪言わなくなった。〈生徒会〉に結凪がいるかいないかは、今の翔真にはもう関係ない。
「いよいよだな」
「あぁ――」
今夜、英信が名付けたところの〈ホイホイ作戦〉が実行に移される。
思いついてから二週間。俺が〈生徒会〉に入ってから一ヶ月。
それは唐京〈生徒会〉史上、これまでにない大がかりな作戦になった。
情報漏れを防ぐため、準備はごく秘密裏に進められている。
今日の夕方、メンバー全員に本部への緊急召集を知らせる連絡が送られ、そこで概要が発表されることになっていた。
「うまくいくといいな。や、行くに決まってるけどさ」
「わかんねぇよ…」
翔真の励ましに、うれしさ半分、不安半分で答える。
当たり前だけど、こんなに大勢の人間が関わる計画を主導するのは初めてだ。
響貴や亜夜人にも相談しながら、思いつくかぎり完璧にやったつもりだけど、何か抜けてることがあったらどうしよう? 俺のうっかりなミスのせいで作戦がうまくいかなかったらどうしよう? って、考え始めたら昨日は眠れなかった。
わぁっ…!
その時、ベンチの近くで歓声が上がる。
何かと思って見ると、校庭脇の水場で五人の男女がふざけていた。
ひとりを四人で押さえつけて、顔にホースの水をかけて遊んでる。かけられてるほうは、明らかにいやがって抵抗していた。けど、その抵抗がどんどん弱まっていくのがわかる。
「――――…っ」
ひと月前のことを思い出し、心臓が、ぎゅっと縮む。気がついた時には飲みかけのジュースのパックをそっちに投げつけていた。
弧を描いて飛んだパックは、水をかけてた四人のうちのひとりの背中に当たって、飲み口からジュースをまき散らす。
「あぁ!?」
ふり向いた四人の男女に向けて、俺が何も言わないでにらみつけていると、代わりに翔真が笑って言った。
「そいつゴキブリー?」
四人は、俺と翔真の制服を見て、ぎょっとしたように凍りつく。
「もしそうなら俺らが始末しとくから消えろよ」
笑顔のまま凄んだ翔真に、そいつらはもごもごと何か毒づいてから、すごすご逃げていった。
ゲホゲホ咳き込む女が、ひとり取り残される。
セーラー服は水と泥で汚れていた。四つん這いで苦しむ女は、身長は俺より明らかに低いけど、体重はたぶん同じくらい。いわゆるぽっちゃり体型ってやつだ。長い前髪に隠れて顔は見えなかった。
へたり込んだまま、こっちの様子をうかがっている。
(まぁ、放っておくのもアレだし…)
俺は食べ終えたゴミをまとめて、そっちに向かった。
「なに、おまえ〈西系〉?」
目の前に立って見下ろすと、相手は水滴を飛ばして大きく首を振る。
「ちっ、ちがいます! 先祖は唐北出身で…、三代前から唐京に住んでます…!」
後からやってきた翔真が、声をたてて笑った。そんな細かいこと訊いてないって。
俺は彼女の前にしゃがみ込む。
「じゃあさ、入れば? 〈生徒会〉」
「…え…?」
「駆除に参加する覚悟があるなら入れる。一度集会見に来いよ。来週あるから」
「――――…」
泥だらけの女は、何を言われているのかわからないって感じで、ぼんやり俺を見ていた。
いちおう時間と場所だけ教えて、立ち上がる。
「わかった?」
「…あ、はい…わかっ、わかりました…」
顔を隠す前髪から鼻だけ出した、貞子みたいな状態で、彼女は何度もうなずいた。
来たければ来ればいいし、いやなら来なければいい。どっちでもかまわない。
予鈴が鳴ったのを機に、「あ、次移動だっ」って翔真が言い、走りだす。俺もそれを追いかけた。
教室に戻ると、頭の中はまたしても今夜の計画のことでいっぱいになる。
失敗しないか、不安で胃が痛くなる。
俺が〈生徒会〉に入って、今日でちょうど一ヶ月。
色々なことがすごい勢いで変わっていた。
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