ふつかめ。-再会-

2-1.妹さんとどうしても遭わせたくないようです

 初見の異世界で行動。二日目になると、それなりに慣れてくるんじないかゃと期待してたけど、そううまくはいかないらしい。


 枕を変えると眠れない体質というわけじゃないと思うのだけど、どうにも疲労が取れない。


 太ももだのふくらはぎだのが張っている、つまり、肉体疲労が残っているのは、まあわかる。いやいやちょっと待て、この体は十六歳なんだろ、どうしてこれだけ背中から足腰からバキボキなのよ。二十二歳のわたしだって、こんなことはなかったぞ。レオノーラって、引きこもりの虚弱娘なのか。って、問題はそこじゃない。


 わたしは通常、だいたい五時間半ほどぐっすり眠れば、前日の疲労、特に精神面や神経面のそれは、きれいに解消できる。睡眠時間短めで問題ない人なのだ。でも、今日一日寝ても、全身を覆う嫌な感覚が抜けない。もちろん、こういう作用は、脳を含めた神経の作用によるものだろうし、脳から発せられる電気信号が末梢(まっしょう)神経に影響を与えるわけだから、神経自体の持ち主が変わることで、疲労感も違ってくるのか。あれ、そうすると、わたしの自我は、レオノーラの肉体に規定されて、その意識は……? いやいや、だから、論点はそうじゃない。


 要は、せっかく寝たのに、リフレッシュできなかった、ということに尽きる。一人寝に慣れていない、ということもあるけど、それは最大の理由じゃない。


《先が見えない不安感のせいかしらね》


 何も解決しないし、気分が上向くわけでもないけど、思わずそんな愚痴がこぼれる。


 義父は自室にこもっているようなので、その隙にと、屋敷の中を少し歩いてみるが、特に得られるものはなさそう。屋敷内はだだっ広いから、何か発掘できるかもしれないけど、屋敷の居住者として不審に見える行動は慎むべきだ。不自然で無い範囲だけで動くべきだろう。


 そういうわけで、昨日、全く手を出せなかった書庫に足を運んでみる。今度こそ、本が読める! と輝かせた目は、すぐに淀むことになった。


 なにせ、そこにある本は、低俗な三文小説やら、宗教の経典やら、神話物語やら、使い物にならないものばかり。必ずしも無価値というわけじゃないけど、今のわたしには必要ない。法律とか税務とか地図帳とか国際事情とか軍事とか歴史とか、そういう、この世界の把握に役立ちそうな本がない。


 帳簿でもあればと期待したけど、そういうのはさすがに別の場所に保管しているのか、見当たらなかった。


 肩を落として、自分の部屋に戻る。


 ちなみに、レオノーラの妹にコンタクトを取ろうとしたものの、彼女の日記に、物騒なことが追記されていた。


――召喚成功。被召喚者は無事に活動している模様。わたしの精神も正常。切り替えも問題なくできる。


――被召喚者からの受信確認、不明語は無理。


――被召喚者があの妹に接触しないよう望む。最悪の場合、命の保証などない。


 三行目の書き方には思わずドン引き。でも、実はあまり意味のない記述だと考え直した。


 わたしが昨日、レオノーラの日記を見て情報を得たことを、彼女は間違いなく知っている。


 理由は単純。わたしが昨日日記を見つけたのはテーブルの上で、中身を確認した後には枕元に置いた。そして、今朝になると、今度はまたテーブルの上に戻っている。そしてレオノーラは、この手帳を、わたしとのメッセージツールと位置付けていると考えられる。


 でも、彼女が、重要な情報をわたしへ本気で伝えようとするなら、この三行目のような、中途半端な書き方はしないはず。最低でも、誰の命が、誰によって、危機にさらされているのかを示唆する程度のことは書くだろう。婚約破棄騒動直前で混乱している今、言われるまでもなく、命の保証がある環境など望むべくもない。つまり、三行目の後半部分は、実質的には無意味ということになる。


 そこから得られる情報は、レオノーラは、わたしが妹と接触するのを、とことん嫌がっているということ。


《どうして、そこまで妹を嫌うのか、いや、避けるのか。何か理由がありそうだけど、レオノーラと妹の両方を知っているのが、愚物確定の父親、これじゃ接触は危険ね。使用人から情報を得るにしても、そこからわたしの身に危険が及ぶ可能性もある。出入りの商人あたりに接触、いや、貴族令嬢では直接対応しないのかも》


 そういえば、召喚されて丸一日、一度も妹とやらの顔を見ていない。


 わたしは、この体を自分の意思で動かして活動しているが、それは、わたしの意思が働いている限りのことだ。昨日を振り返ると、意識がなくなっている時期がある。その間は恐らく、体の持ち主にして召喚者であるレオノーラが表に出ていたのだろう。


《妹とエンカウントしそうになると、彼女が表に出て、わたしと会わないように動いていたと考えれば、辻褄はあう、か。レオノーラ自身が妹と遭うのを避けているのか、あるいは、被召喚者たるわたしがレオノーラの目に留まることを恐れているのか》


 もし後者なら、レオノーラは、わたしと妹が接触することで誘発する事象を危険と考えている、と考えていい。


 一瞬、妹も被召喚者を身中に納めている、あるいは転生者とも思ったけど、例の日記には、それをうかがわせる記述、あるいは、こちらから見た異世界の情報に関する記述は、皆無だった。したがって、この線は却下としてよい。


《ただ、これだけ対象を避けたり嫌ったりしているなら、その前提となる発言や行動が絶対にあるはず。日記には、それが何も出てこない。レオノーラにとって不利な状況を見なかったことにしているのか、レオノーラ側が後ろめたく思う事情が絡んでいるのか、あるいは、妹を悪役にしておかないと精神の均衡が保てないのか》


 通常、身近な者の愚行を目にした場合など、当惑し、遺憾に思い、呆れ、諦め、そして目に入れなくなるという流れになる。怨恨が理由というわけでもなければ、マイナスの感情を長期間持ち続けるのは、意外と難しい。プラスの感情になることはなくとも、そのうちに、どうでもいいと思うようになっていくものだ。実際、レオノーラの義父に対する記述が、それを裏付けている。


 それなのに、妹をあしざまに、しかし無根拠にののしる表現が、延々と続いている。しかし、会話をする等して妹と直接接触した旨の記述は、存外少ない。書くことで、感情を平衡化させている可能性もあるけど、この世界にアンガーマネジメントのような概念があるのか、ようわからんが。


《普通なら、首を突っ込みたくない案件よね、でもまあ、どうにかしないと。姉妹げんか自体はどうでもいいけど、妹が意外とキーパーソンになっているかもしれないし》


 その妹の姿は、屋敷には見当たらない。いや、居たとしても、他ならぬレオノーラが会わせてくるか、保証できないが。


 何はともあれ、これ以上屋敷にいても、必要な情報を得られるとは思えない。生きるためでさえない、死なないためのおまじないのような朝食を無理やり口に詰め込んだところだし、これ以上、この場に留まる必要もない。


 昨日に続いて屋敷を出て、王都の中心部へ向かうことにした。


 外見からレオノーラを特定されにくいように、髪をフィッシュボーンにまとめてから、スカーフを首筋に巻き付けておく。カラコン、せめてメガネがあればよかったけど、そういう便利なものはなさそうだ。


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いささか面倒ですが、「召喚者=召喚した人」「被召喚者=召喚された人(主人公)」です。被召喚者という表現はあまり目にしませんが、主体と客体が同時に出てくる場合、こういう表現しか思い付きませんでした。

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