1-5.軍の状況も悲惨なようです

「まったく、世も末ですよ。軍の備品を処分して経費を浮かせるなんて。それに、何が必要で何が不要かなんてわかりもしないのに、勝手に整理リストなんか作って」


「そういうな。防衛するには刃物はいらぬ、斬らずに潰してしまえばいい、前隊長の言葉にも一理あるだろう」


 午前中から管を巻いているのは、部下と上司という関係にあるらしい、軍人二人。


 現場では必要と認識されていても、上層部では使用実績等を考慮して余剰物資と判断される。よくある話だ。一般的には、そういう物資の重要性を説明できなかった現場にも責任の一端があると見るべきだろうけど、官僚や軍隊といった上意下達の組織では、下から上への上申が難しいことも考えられる。そもそも、こういう世界の軍隊がどういう組織になっているか、よくわからないから、一応、判断保留。


「だいたい、兵を減らしているのだから、武器も減らさないといけないというのは、一理あるからな」


 あ、軍のリストラというのは、本当だったんだ。


 この国は、領地貴族のいる封建制で、周囲に別の国があるというから、王家直轄軍と領主軍のバランスを取りつつ、対外的な国土防衛を図る必要がある。


 その中でリストラを行うなら、絶妙なバランスを維持しなくてはならない。一方的な軍縮は、他国からの軍事的脅威の増幅だけではなく、周縁地域の自立志向向上と中央政府の統治能力低下も招く。局地的には、流民の移動等による治安の大幅な悪化も懸念される。つまり、軍のリストラは、文民組織のそれより、はるかに難しいのだ。だからこそ、軍という組織は肥大化しがちともいえるけど。


「でもですよ、兵士を置かなければ、何も守れないじゃないですか。だいたい、条約だか協定だか知りませんがね。王都と帝国を結ぶ街道沿いに、軍を全く置かないなんて、おかしいですよ。街道を整備して軍団を通れるようにしたのに、約束事だとかいって素通しできるようにするなんて」


「軍事同盟条約だっけか。信義違背なき限り、両国間で軍隊を動かすことはなく、一方が援軍を求めた場合、もう一方は速やかに応じる、ってな。軍を動かせるように街道を整備して、帝国へ攻め込むことも、帝国側が攻めることもできないから、軍を全部撤退させる。その分、帝国が自己負担で軍を維持する。……王太子殿下がお決めになったことだ、それ以上は言うな」


 へ?


 軍事同盟自体は珍しくもないし、共通の敵があるなら一定の有効性はある。援交金口、違った、遠交近攻といった単純な策に留まらない。日本の戦国時代や近現代ヨーロッパなんて、その時その時で、場当たり的な同盟を繰り返している。具体的な敵を想定しない形での同盟は、二十世紀に地域安全保障という概念ができるまでは、考えられもしなかったのだから。


 つまりは、敵国、少なくとも仮想敵国がいるということを示しているわけか。


 でも、軍事同盟条約なんてのを締結している相手方=帝国の軍は、どうやら現状維持ないし増強。一方のこちらは縮小。いや、それって、おかしいよ。


 わたしが帝国の為政者なら、適当に因縁を付けて同盟の前提となる信頼関係が損なわれたとかいって、対価を要求した上で格下扱いを飲ませるか、軍事的空白地を活用して王領に侵攻するかのどっちかにするわな。強力なカードとしてキープする手もあるけど、軍が絡むだけにコストも大きいから、そう遠くないうちに実行すると見ておくべきよね。


 軍事や外交という領域の意思決定は確実に政治マター、それもトップに限りなく近いところにあるはずで、鼎(かなえ)の軽重が問われる案件なんだけど。


「でも、ヘンですよ。だって、帝国側の王都国境には、独自軍を持っている強大な辺境伯がいて、そちらは手付かずなんでしょう? 帝国軍と辺境伯軍は別だ、とかいって。そんな屁理屈、通るわけないのに」


「通るんだとよ。まあ、法律でも何でも、抜け穴ってのがあるわけだ。そして、王都から帝国国境までの土地は、全部王領直轄地だから、こちらは陛下の軍が担当する地域、ってわけよ。だからこそ、王都の防衛部隊が重要なんだが、上層部はそれがわかっとらん」


 なるほど、読めてきた。


 こちら側=王国側は、王国と帝国を結ぶ部分が全て直轄地なので、そこに配置する軍隊はすべて王国軍となり、条約で規制される対象になる。


 一方、相手側=帝国側は、帝国と王国の国境付近に、領地貴族の封地があり、ここに辺境伯の独自軍があって、これは条約で規制される対象にならない。


 でも、ヘンというか、妙だ。確かに、条約の不備を突いた形ではあるけど、だからといって、国境付近に王国軍を展開させない理由にはならない。むしろ、軍を適切に配備しつつ、現場での交流を持つことによって、現状維持を保つように努めるのが本来の手法だろう。


 さすがに、ここまで不可解だと、この軍人の話、いや認識自体、歪められている可能性も考慮しておかないといかん。必要な情報は上層部だけで握り、現場レベルには一切知らせないと。町中で、こんな風にベラベラしゃべる連中が、正規軍人ですといっているわけで、その質を考えれば、本来なら秘匿すべきほどでもない情報でも、そうせざるを得ないのかもしれない。


「だいたい、王国軍って、カネがかかるんだ。だからこそ、基本的に王都防衛に専念して、他の場所は手薄になってもやむを得ない。それが、前の大将の意見だったんだがな。その意見が取り上げられたはずなのに、いつの間にか、王都防衛部隊分の予算だけ確保して、王都以外の人員は基本的に王都へ帰還して、特に給料の高い奴から順に希望退職者を募るってことになってな。この前、王太子殿下が、楽しそうにのたまってたぞ」


 王太子殿下がのたまってた、って。こいつは実体験だろうし、精度の高い情報とみるべきか。


 でもこれって、国防も何も考えないで、軍イコール金食い虫という発想ね。


 繰り返すが、軍隊というのは、急激なリストラが難しい組織だ。しかも、幹部の首を切っていくとなれば、知識や訓練の経験が薄い者のみが残ることになる。戦場という現場が過酷な環境とはいえ、体力勝負の若者だけでどうにかなるはずがない。目先の経費節減で、何をやろうとするのよ。


 どう考えても、正気の沙汰じゃない。


 だいたい、こんなことをやって得をする者など、軍人だけでなく、王国政府の中に、誰もいるはずがない。


 外国勢力が暗躍している結果とも考えられるけど、こんなわかりやすい、しかも王太子レベルの最高幹部が気付けば水泡に帰すようなやっすい“陰謀”に、国運を賭けるはずはない。


 つまり、王太子って……よっぽどの、アホ、ってこと? それも、側近込みで。


「でもよお、近衛の連中は、定数を増やして、用具一式また全部新しくして、お付きの人員も増やしてるってんだろ? あんな、見てくれだけで戦力にならない連中の待遇を上げて、王国を守る国軍を邪険にするなんざ、何を考えているのやら」


「全くです、隊長。兵士たちを引き留めるにも、抜き取り金にも限度がモゴモゴ」


 さすがに、こういう場所で言う話じゃないね、上司が部下の口を手でふさぐ。


 つまり、人員整理をする前に、将来に見切りを付けた兵たちが次々と退職していくから、隊長クラスが軍の資金を横流しして慰留している、と。組織人としては最低の手法だけど、同情したくはなる。多分、自腹でいろいろ部下の世話を焼くようなタイプの人なんだろうな。でも、何かあった時に、真っ先に首を切られそうでもある。そういう時には、世話を焼いてあげた人は、恐らく擁護できない状況に追い込まれているから。


 まだ話は続いているけど、愚痴が延々と続くだけで、特に得られるものはなさそう。このあたりで、茶店をおいとまする。


 その後も、あちこち歩いてみたけど、人の会話から引き出せる情報には、めぼしいものはなかった。


 人が集まる場所ということで、公共浴場に足を運んでみたけど、素人のねーちゃんが冷やかしに来るところじゃないよ、と、追い返されたり。なるほど、玄人のねーちゃんがいる場所でしたか。


 履き慣れない木靴で疲れたので、すぐ近くにあった公園のベンチに腰掛ける。この身体はわたしのものじゃないはずなんだけど、持ち主はかなりひ弱なのだろうか。


 ひとまず、話題の王太子殿下とやらは、軍事面でもダメダメなのが確定。外交面でもかなり怪しいけど、判断材料が足りないから、ひとまず保留。


 王太子の評価を決めるには、あとひとつ、臣下への対応や反応を知っておきたい。


 組織統括者に求められる力量は、民の支配に求められる力量とは必ずしも一致しない。周囲は敵ばかりでも、内側では一致団結できる場合もあるし、その逆もある。そして、組織を固められる人間は、守りに入ると非常に強い。創業は易く守成は難しというけど、国家を維持するには、守れる人間が求められるのだ。


 いや、無理して好意的に評価すれば、そうかもしれない、という程度だけどね。ここまで聞こえてきた情報だけでも、あんまり期待できそうにないなとは思う。


《最後の確認といえば、実際に王宮へ行って様子を見るしかないか。レオノーラは王太子の愛人だっていうし、事実上フリーパスなのかな。でも、忍者みたいに気配を消して近づくなんて技術はないから、体を使って情報を得るのが唯一の方法……うわあ、すっごく嫌……他に何か、方法ないかな……》


 そんなことを口にしていると、視界の端に、銀髪の女性が歩いているのが目に入った。


 誰だろう、だけど、何か気になる。なぜなら、不思議な雰囲気をまとっていたから。多くのことを見通しながら、絶望寸前ながら、それでも何とか生きているような。


 そして。


 わたしは、急に意識を失った。

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