第64話 勇者


「…………はぁ……げほっ……」


 崩壊した大聖堂の瓦礫の中から、俺は聖剣を手によろよろと這い出した。

 見回せば、辺り一面……瓦礫、瓦礫、瓦礫。


 セラフィム戦の余波でぼろぼろになっていた大聖堂は、最後の天使像落下の衝撃でついに崩壊したのだ。

 まあ、本気の七公爵と戦闘をして、この程度の被害で済むのならいいほうだろう。


『……あら、無事だったのね? 残念』


 と、ふよふよ飛んできたのはフィーコだった。


「お前……生き埋めが嫌だからって、さっさとどっか行きやがって」


『だって、そこまで付き合う義理はないもの』


 と、そこで。


「……ん、ん~~……」


 瓦礫から、ぽこんっとミミスケの頭が生えてくる。

 どうやら体が埋まって、自力で出られないらしい。


「……た、たす……たすけて、くださいぃ……だ、だっこ……」


 ぴょこぴょこと両手を突き出して、涙目でSOSを訴えるミミスケ。

 俺はそんなミミスケを鼻で笑った。


「なんかキノコみたいで笑える」


「……お、おのれぇ……人間めぇ……」


『きゃああっ、ミミスケが生き埋めになってる! かわいい!』


「お前は助けてやれよ、飼い主」


『ミミスケはかわいそうなのが、かわいいのよ』


「はぁ……ったく」


 ミミスケの首根っこをつかんで、瓦礫から引っこ抜く。


「えへへ……生きてるって素晴らしいのです……」


 なにか悟ったようなことを言ってるミミスケは、さておき。


『それより、セラフィムはどうなったの?』


「ああ、それはな……」


 俺はフィーコとミミスケに向けて、ぐっと右手を突き出した。

 そこに刻まれているレベルは73。

 レベルアップ――それは、セラフィムの命を喰った証だった。



「――――討伐完了だ」



 にやりと笑ってみせると、フィーコたちがわっと歓声を上げる。


『よ~し、それじゃあ宴の時間よ! この町の人間みんな屠殺バラして、焼き肉パーティーしましょう!』


「え……今日は人間を食べてもいいのですか?」


『おかわりもいいわよ!』


「助けたそばから食おうとするな」


 油断も隙もあったもんじゃない。


『でも……まさか人間がセラフィムを倒す日が来るなんてね。ま、わたしもセラフィムの悔しそうな顔を見れて、すかっとしたわ』


「なんか恨みでもあったのか?」


『うーん……なんとなく殺したい相手っているでしょう?』


「わかる」「……わかります」


 お互いに顔を見合わせる俺たち。

 ……いずれ、こいつらとは決着をつける必要がありそうだ。

 それはまあ、おいおいとして。



「さて、と…………約束守ったぞ、ルーク」



 俺は手にしていた聖剣を、その場に突き刺した。

 それから、瓦礫に背を預けて腰を下ろす。


「ただ……さすがに、疲れたな」


『ま、あのセラフィムとやり合ったんだものね』


 全てを出し尽くした。

 けっして余裕のある戦いではなかった。

 体力も魔力も気力も、限界を超えていた。


 戦いが長引いていたら、精神も無事では済まなかっただろう。

 俺もべつに死に慣れているわけではないのだ。


「やばい、めちゃくちゃ眠い……」


『わたしも久々に力を使いまくったからかしらね……なんだか眠いわ』


「お前、ついに出番あったもんな」


「あ、あれ……も、もしかして、これは寝てもいい流れなのですか……?」


「ただ、今寝たら……熟睡しすぎて、魔物に襲われても気づけなさそうなんだよな」


「えへへへ……安心するのです、人間……じゅる」


『ふふふふ……そうよ、わたしたちが魔物が来ないか見張じゅるるッ! べつに寝込みを襲って食べたりなんてしじゅるるるぅぅッッ!!』


「お前らのことを言ってるんだぞ、魔物ども」


 俺は溜息をついてから、ゆっくりと目を閉じた。

 どうせ、しばらくは動けそうもないし、少しだけこのまま休もう。

 それから物資の補給をして、またすぐに冒険に――――。



   ◇



 結界都市シーリアの長かった夜も終わり。

 朝日がのぼり始めるとともに、人々がこそこそと家から這い出てきた。


「……静か、だな」


「もう出てきて大丈夫なのか……?」


「……魔物は……近くにはいないな」


 声をひそめて話し合う。

 その視線は自然と――都市中央にある大聖堂へと集まった。


 ここにいる人々は知っている。

 1人の人間が、魔物を倒すために大聖堂へと向かったことを。

 そこで壮絶な戦闘がくり広げられていたことを。


 戦闘の音しか聞くことができなかったが、誰もが彼の勝利を祈っていた。

 その勝敗がどうなったのかは――まだわからない。


「……行って、みるか?」


「……確認しなくちゃ、だしな。どっちが勝ったにしても」


 おそるおそるというように、人々は大聖堂へと向かう。

 そこには、同じことを考えていた人たちが、すでに集まっていた。


「おい、なにかあっ――」


「…………しっ」


 先に大聖堂にたどり着いていた人たちが、口元に指を当てる。

 怪訝に思いつつも黙って近づき……その意味がわかった。


 瓦礫と化した大聖堂の中心――。

 そこで、3つの人影が安らかな寝息を立てていた。

 ぼろぼろに傷ついた青年と、それに寄り添うように眠っている奇妙な少女たち。


「……人間、なのか?」


「ああ……俺は、あの青年に助けられた」


「彼が1人でグールに立ち向かってるところを見たぞ」


「あの子たちが、この町を魔物たちから救ってくれたのか?」


「こうして見ると……俺たちとなにも変わらない、ただの人間じゃないか……」


 けっして強いようには見えない。

 とくに青年の姿は、見るからにぼろぼろだった。

 おそらく苦しい戦いだったのだろう。

 それでも――戦い続けたのだろう。



「…………“勇者”」



 誰かが、ぽつりと口にした。


「……言い伝えは本当だったんだ」


 ――いつか“勇者”が立ち上がって、人類を魔物から救済する。


 そんな言い伝えを信じていたのは、結界騎士団長のルークぐらいだった。

 グールの群れを見たとき、誰もが思った。

 人が魔物に勝てるわけがない、と。

 しかし、彼らはそんな相手にたった3人で立ち向かったのだ。


 ここにいる人々は、けっして忘れないだろう。

 彼らが示してくれた勇気を。人間が魔物に勝った日のことを――。


「……聞きたいことはたくさんあるが」


「眠らせてあげよう。今ぐらいは……」


 彼らは戦い抜いたのだから。

 そして、きっとこれからも戦い続けるのだから――。


「……………………」


 たくさんの人に見守られながら、青年は眠り続ける。

 その寝顔は安心しきっているのか、いつもよりも穏やかなものだった。


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