第63話 決着


 セラフィムが見上げると、そこにあったのは――。

 自分えものを呑み込もうと大口を開けた、巨大なアイアンメイデンだった。


「――俺の死の運命は、お前を巻き込むことができる」


「……っ」


 たしかに、人間の言う通りだ。

 これならば人間自身が攻撃せずとも、セラフィムに手傷を追わせることができる。

 他でもない、セラフィム自身の攻撃によって。


(ま、まだ脱出は間に合う……っ!)


 もうアイアンメイデンの扉は半分ほど閉まり始めているが。

 幸い、扉が閉まるスピードは遅い。

 足についた粘着魔法をなんとか剥がしながら、セラフィムは扉の外への脱出を試み――。



「……俺に背を向けるなんて、ずいぶんと余裕だな」



 人間がセラフィムを羽交い締めにする。

 アイアンメイデンから伸びてくる無数の腕が、セラフィムごと人間を呑み込もうとからみついてくる。


「こ、この……ッ!」


 セラフィムの眼前で、鉄棘のついた扉がゆっくりと閉まっていく。

 人間を引き剥がしている時間はない。

 今はわずか1秒ですら命取りだ。


「……くっ!」


 セラフィムは人間を引き剥がすことをあきらめ、迫ってくる扉を手で押さえた。

 しかし――押し負ける。


 それもそのはずだ。

 これはセラフィム自身の“絶対に勝てる天恵”の力――。

 レベル75の七公爵による“絶対不可避の自動発動型即死級ダメージ攻撃”なのだから。


「無駄だ。俺はこの死の運命ルールからは逃れられない。そのアイアンメイデンは俺を串刺しにするまで止まらない」


 扉が閉まっていく。

 じっくりと時間をかけて、無数の鉄棘がセラフィムの体に突き刺さっていく。


「い……いやだ、いやだッ……いやだ、やだやだやだやだ――ッ!!」


 痛い。痛い。痛い――。

 もう痛みで体が思うように動かない。

 そして、セラフィムが最後に、扉の外の光へと手を伸ばそうとしたところで――。


 ――扉は、閉ざされた。


 ぶじゅっ……と。

 2人分の血が、鉄扉の隙間からあふれ出る。

 それから、しばしの静寂が訪れ――。


「はッ……んッ……んぐ……ッ!」


 セラフィムは1人、アイアンメイデンから這い出てきた。

 全身血まみれで意識も朦朧としていたが、なんとか生き延びた。


「ふ、ふふ……た、助かった……やはり、正義は死なな……」




「――――次だ」




 まるで、死の宣告のように人間の声が降りてくる。


「………………え?」


 セラフィムの体が踏みつけられる。

 目だけで上を見ると、そこには蘇生して傷1つない人間がいた。


 同じ痛みを受けたはずなのに、なんともないように凶悪に笑っている。

 セラフィムは屈辱と激痛と憤怒で、ぐにゃりと表情を歪めた。


「人間が……ッ! こ、こんなことして……ただで済むと……! 殺す……! 貴様ごときは……守ろうとした人間もろとも……全員殺――!」



「――“俺がお前に近づけば感電死ゲームオーバー”」



「……っ! 待……っ……!」


 ばりばりばり――ッ! と青白い雷がほとばしった。

 神罰のような威力の雷に、周囲の床が砕け飛び、セラフィムの服や翼が焼け焦げる。


「……っ……ぁ……んぐ……」


 ……痛い。苦しい。息ができない。

 もはや悲鳴を上げることすらできない。

 ぼたぼたと顔中の穴から血がしたたり落ちる。筋肉が痙攣して言うことを聞かない。


「……っ……い、いやだ…………! なぜ……この私が……こんな目に……! 私は……悪くないのに……! 正しいことを……しただけなのに! 悪いのは全部……人間ごときなのに……!」


 セラフィムは神々しい美貌をかなぐり捨てて、泣きわめく。

 ぼろぼろに涙や鼻血を流して、人間から這って逃げようとするが――。


「…………まだ生きてるのか」


 よろよろと人間が立ち上がり、地を這っているセラフィムの側まで歩み寄る。

 顔を上げると、自分を見下ろす人間と目が合った。

 まるで、家畜を屠殺するような冷ややかな目だった。


「……も、もう、やめ……やめて……死んじゃう……」


 セラフィムは本能的に理解する。

 次はもう耐えられない、と。


「そ、そうです……っ! 今ならまだ、あなたごときが私を赦すことを、お赦しになってあげてもいいのですよ……?」


 最高の提案を思いついたとばかりに、セラフィムの表情に希望の光が灯る。

 人間はふっと笑って、答えた。



「――――次だ」



 人間が頭上を指差す。

 そこに――巨大な天使像が現れていた。


「――“俺が立ち止まらなければ圧死ゲームオーバー”」


 天使像が勢いよく落下を始める。

 ごごごごごぅぅ……と、迫りくる天使像。


 それは、セラフィム自身を美しくかたどった栄光の彫像。

 レベル69の人間ですら一撃で圧し潰す、巨大質量攻撃だった。


「……ぁ……ぁあ……」


 もう避けられない。抵抗などできるはずもない。


 ………………死。


 その運命を今、人間によって決定づけられた。


(こ、こんな運命……正しくない……!)


 この崇高なる自分が、下等なる人間ごときに殺されるなど、あってはならない。ありえない。おかしい。間違ってる。正しくない。正しくない! 正しくない! 正しくない! 正しくない! 正しくない正しくない正しくない正しくない……!



「こ、この…………人間がァァア――――ッ!!」



 セラフィムの最期の叫びに、人間は誇らしげに笑い返した。


「最高の褒め言葉だ」


 そして、天使像が全てを圧し潰した――――。


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