第50話 歓迎



 ルークに案内されて、結界都市シーリアの大通りを歩いていく。

 俺たちへの歓迎もかねて、都市中央にある大聖堂に招いてくれるらしい。


「きゃああっ、ルーク様っ!」「見回りご苦労さん!」「騎士団長、いつもありがとう!」


 ルークは人望があるらしく、あちらこちらで声をかけられていた。

 その声に、ルークもにこやかに手を振って応える。

 そんなルークと一緒にいる俺たちにも、住民たちの注目が集まっていくのは自然なことだった。


「かわいい~!」「ミミスケちゃんって言うんだ!」「いっぱい食べてね!」「それ、なんの仮装なの?」


「もむもむむむっ! や、やめるのです……もみくちゃにするなです……人間の分際で……」


 とくにミミスケは人々に取り囲まれ、しきりに餌付けされていた。

 やたらミミスケに人が集まるあたり、ミミックならではの欲望を刺激する体質でもあるのかもしれない。

 そういえば、フィーコもいきなりペットにしたいとか言いだしたしな。


「うわ、飛んでる!」「どうやってるの? 糸……?」「というか、ちょっと体透けてない……?」「う、美しい……!」


『ふっ……このわたしの美しさに気づくとは、人間のくせに“わかってる”わね』


 もちろん、注目でいうとフィーコも負けてはいない。

 あきらかに人間には見えないと思うのだが……。

 結界内に普通にいるからか、フィーコのほうも魔物だとは思われていないらしい。


(結界の中に入れたら人間、か……)


 この都市の人間は、結界を過信しているというか、平和ボケしているというか……。

 ちなみに、俺に対しての住民の反応はというと。



「な、なんて凶悪な目つきだ……」「絶対に何人か殺してるぞ……」「もしかして、本物の魔物なんじゃ……」「でも、魔物は結界に入れないはずじゃ」「うわ、こっち見たぞ……!」「ひっ、許してください! 娘がいるんです!」



「…………」


 なんか、すごい怯えられていた。

 いや……なんで、フィーコが受け入れられて、俺が魔物扱いなんだよ。


「な、なんか、すいません」


「……謝るな。逆に惨めになる」


 少しおろおろしたように眉尻を下げるルーク。

 俺は肩を落として、改めて町を見回した。


「それにしても…………平和、だな」


 雑踏の中から、「た、たす……たす、けて……」とミミスケのSOSの声が聞こえた気がするが、それ以外はのどかな空気が満ちている町だ。


 フィーコは『ただの養殖場よ』と言っていたが、俺たちがいた“養殖場”と呼ばれているような町とは雰囲気が違う。


「平和、ですか……そう、ですね」


 ふと、ルークの顔に陰がさす。


「どうかしたのか?」


「ああ、いえ……今はお祭りをやっているので、とくに平和に見えるのかもしれませんね」


 と、ルークはあからさまに話題を変えた。

 たしかに周囲を見ると、魔物のような仮装をした人々がお祭り騒ぎをしている。


「今は、“勇者祭”の最中なんですよ」


「“勇者”……? 聞いたことない言葉だな」


「そうなんですか? とすると、この都市だけの言い伝えなのかもしれませんね」


 ルークが思案げに言う。


「いつか人間の中から勇気ある者――“勇者”が立ち上がって、人類を魔物から救済する……とまあ、そんな言い伝えがあるんです。それにちなんで、勇者祭ではみんなで魔物に仮装して騒いだあと、お祭りの最終日に一斉に仮装を脱ぎ捨てるんですよ。魔物の支配からの解放を祈願して」


「へぇ……いい祭りだな。とくに魔物への反逆精神が気に入った。もっと世界的に流行らせよう。俺が全力でプロデュースする」


「は、はは……気に入ってもらえたなら、なによりです」


 それから、ルークが俺の顔を見すえる。


「僕はテオさんこそが“勇者”になれる人間だと思っています。きっと、魔物に刃向かおうとする人間は、今までも……そしてこれからも、テオさん1人だけだと思いますから」


「……そうか?」


『ま、実際にあなたが史上初の脱走者なわけだしね』


 と、フィーコがすいーっと会話に割って入ってきた。


『でも、人間っていうのは、あいかわらず他力本願な生き物ね。そこのあなたも、自分が“勇者”になってやる、ぐらいのことは言えないのかしら?』


「は、はは……」


 ルークがどこか寂しげに笑った。


「僕は……“勇者”には、なれなかったんですよ」


 その言葉の意味を問おうかと思ったが。


「あ……と、大聖堂に着きましたね」


 先に話題を変えられてしまった。


「ここが、結界都市シーリアが誇る大聖堂です。今日はもう遅いですし、今夜はここに泊まっていってください。ささやかながら歓迎の宴席も用意しましょう」



   ◇



 結界都市中央にある城の食堂にて。

 俺たちが到着するなり、さっそく歓迎の宴席がもうけられていた。

 ここに来るまでの間に、わざわざ伝令を走らせて準備をさせていたらしい。

 それにしても、用意がよすぎる気もするが……。


『ふーん? 家畜にんげんの餌にしては、まあまあの食事ね。ミミスケ、あっちの果物も食べさせなさい」


「もむもむもむもむもむ……」


 ミミスケ(&憑依したフィーコ)が、がつがつと料理に口をつける。

 食事として出されたものはパンと果物とサラダぐらいだったが、それぞれ量が多いし、しっかり味付けもしてある。この時代の人間にとっては、かなりのごちそうだろう。


 食堂の端では、楽団が陽気な曲を奏でている。

 わかりやすいほどの歓迎ムードだ。


「……。おい、ミミスケ。俺の分も食べるか?」


「ふ、ふへっ!? な、なんなのですか、人間? なにを企んでいるのですか……? こ、怖い……」


『て、テオが優しい……? こ、怖い……』


「お前らが俺をどう思っているのかよくわかった」


『はっ……! もしかして、あなた……わたしたちのこと『どうせ、食べ物を与えとけば静かになるだろ』とでも思ってるんでしょう?』


「正解だ」


 とか言いつつ、ミミスケのほうへと料理の皿をわたしていく。


「もむもむもむもむもむ……」


 ミミスケはその体のどこに入るのかというぐらい、頬を大きく膨らめながら果物を口につめ込んでいく。


「そういえば……」


 と、俺たちの食事をじっと見守っていたルークが話しかけてきた。


「テオさんは外の世界をいろいろ見てきたんですよね?」


「まあ、そうだな……まだ旅を始めてから、そう経ってもいないが」


「教えてくれませんか? 外の世界のこと」


「外に興味があるのか?」


「ええ。この都市は結界に守られている代わりに……外の世界がほとんど見えないんですよ」


 ルークが窓のほうに、ちらりと目線をやる。

 窓の外に広がっている町並みの向こうには――曇りガラスのような障壁。

 あれでは、結界のすぐ外ぐらいしか見ることはできないだろう。


「僕たちは、なにも知りません。空というのがどうなっているのかも、風がどこから吹いてくるのかも、水がどこからわいてくるのかも……だから、いつか見てみたいんです」


「……そうか」


 思わず、口元が緩む。

 そんなことを言った人間は、この時代では初めてだった。

 誰もが家畜であることを受け入れ、外の世界への憧れを捨てていた。

 ただ、ルークは少し違うようだ。


「そうだ。ちょうど、いいものを持ってた」


 俺は旅袋から丸めたボロ紙を取り出す。


「……これは?」


「“地図”って言うんだ」


「ちず?」


 俺は慎重に世界地図を広げて見せる。

 古代からある都市らしいが、やはり地図を見たのは初めてのようだった。


 まあ、紙みたいな記録媒体は数百年もあればボロクズになるし、わざわざ地図を書き直すのも資源の無駄だと判断されたのだろう。


「この結界都市シーリアは……ここだな」


 セイレーンの町で兄妹にやってみせたように、俺は現在地を指し示す。


「うわ……ただの点じゃないですか」


「それだけ世界が広いってことだ」


「テオさんはどこから来たんですか?」


「俺の故郷の町は……ここだな」


「遠い、ですね。まさか、歩いてきたんですか?」


「そうだな。まあ、海に流されたこともあったが……」


「海……?」


「ああ、海じゃわからないのか。えっと、海っていうのはな……すごくでかい水溜まりだ。地図だとこの辺りが全部が海だな」


「え……! これ全部が水溜まりなんですか!?」


 ルークの反応がいちいち新鮮で面白い。


「もっと……もっと聞きたいです。外の世界のことだけじゃなくて、テオさんの冒険のことも」


「俺の冒険を?」


「はい。聞きたいです、とても」


「話せば長くなると思うが……」


「かまいません」


「わかった。そこまで言うなら……話そうか」


 それから、俺はルークと酒をくみ交わして、これまでの冒険を語って聞かせるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る