第49話 ようこそ、結界都市シーリアへ



「――うわぁああっ! 敵襲だぁあ~!」


 結界都市シーリア。

 白いガラスドームのような結界にすっぽり覆われた都市の城門にて。


 補給のためにこの都市に訪れた俺たちを出迎えたのは、市壁の上からこちらに弓矢を向けてくる兵士たちだった。

 それも、魔物の兵士ではない――人間の兵士だ。


「……まさか、この時代に人間の自治都市があるとはな」


 俺は敵意がないことを示すために両手を挙げる。

 あらかじめ『ただの養殖場よ』とのフィーコ情報を得ていた俺は、正面の門から堂々と襲撃しようとし――今に至るというわけだ。


「……お前、知ってたな?」


 側にいたフィーコを睨むと、悪戯っぽく笑い返された。


『べつに嘘はついてないわよ? ただ、あなたが勘違いしただけでしょう?』


「……そうです、人間。フィフィさまは、いつだって正しいし美しいのです」


『もう、ミミスケったら! いい子!』


「…………」


 やはり、魔物の言葉なんかを信じるべきではなかった。


「ま、魔物め! なにひそひそ話してる! 貴様らの企みはなんだ!」


 壁の上から、兵士に怒鳴られる。


「いや、待て。少なくとも俺は人間だ。さっき襲おうとしたのは誤解で、べつにこちらに戦う意思はない」


「人間が外の世界にいるわけないだろ! 人間だと言うのなら、レベル刻印を見せてみろ!」


「それは……」


 痛いところをつかれた。


(……今の俺はレベル67だからな)


 見せたら完全にパニックになること間違いない。【レベルアップ】を知らない人間たち相手では、レベル1じゃないということが魔物の証明になってしまう。


「やはり見せられないか! そうやって騙して、我々を食べるつもりなんだろ!」


『あなたを食べる……? 思い上がらないことね』


「な、なに?」


『このわたしが食べるのは、若くて綺麗な女の肉だけよ!』


「さすがはフィフィさま! 誇り高い!」


「く……! 外道め!」


 ……すごい面倒なことになった。

 あきらかに魔物っぽいフィーコも背後でふよふよしてるし、人間だと証明しようがない。

 というか、俺たちの3分の2が魔物なわけだから、こちらを魔物扱いする判断は正しくはある。


(相手が魔物なら楽だったんだけどな……)


 それなら、ただ正面から略奪すればいいだけだ。

 しかし人間が相手となると、どうも調子が狂う。


 人間たちの苦境を知っている分、攻撃するのも物資を奪うにも気が引けるし。

 これはどうしたものかと、今さらながら思っていると……。



「ま、待ってください……! ボクは人間です……!」



 そこで声を出したのは、意外にもミミスケだった。

 自分の右手の甲にあるレベル刻印を、兵士たちに見せる。

 そこに刻まれているレベルは――“1”。


「……! たしかに、レベル1だ。人間で間違いない」


 兵士たちがミミスケに対して警戒を解く。

 それから。


「じゃあ、もしかして……あっちの男も、本当に?」


 と、俺のほうにも視線を向けた。


(……なるほど)


 常識的に考えれば、人間と魔物が一緒に行動することはない。

 ミミスケ1人でも人間だという信頼を勝ち取ることができれば、俺への疑いも晴れるだろう。悪くない作戦だ。

 と、感心しかけたところで。


「あ……いえ」


 ミミスケがにっこりと笑いながら、俺を指差した。



「――あの人、魔物です」



 …………裏切られた。

 いや、なんとなく察していたが。

 ミミスケが自ら俺のために動くわけがない。


「や、やはり、魔物だったんだな! 目つきが凶悪だから、そうだと思ったんだ!」


「目つきは関係ないだろ」


「た、助けてください……! ボク、あの凶悪な目つきの魔物にさらわれたんです……! “保存食”とか言って食べようとしてくるんです……!」


「保存食って言ったの、お前の敬愛するフィフィ様だぞ?」


「こ、こんな女の子を食べようとするなんて……! なんて卑劣な魔物なんだ!」


 兵士たちの目がさらに厳しくなる。

 ここから信頼を回復するのは、もはや不可能だろう。

 ミミスケは『やーい、騙された』とばかりに、べーっと舌を出す。


『ぷ、ぷふふ……ねぇ、今どんな気持ち? 同じ人間から魔物扱いされて、どんな気持ち? ねぇねぇ?』


「お前らへの殺意でどうにかなりそうだ」


 とか言い合ってるところで。



「――なんの騒ぎだ」



 市壁の上に1人の青年騎士が現れた。

 俺と同じ歳ぐらいだろうか。若いながらもカリスマ性を感じさせるたたずまいで、周囲の兵士たちの空気が変わる。


「ルーク騎士団長! それが……結界の外に、魔物の手先がやって来まして」


「魔物の手先?」


「いや待て。俺は人間だ」


「人間……?」


 ルークと呼ばれた青年が困惑したように、俺たちをじっと眺める。



「あなたは、もしかして……“脱走者”ですか?」



「……!」


 ――脱走者。

 その言葉には聞き覚えがあった。

 ついこの間、襲撃してきた魔界からの追っ手――サイクロプスが、俺に向かって使った呼び名だ。

 なぜ、この青年が脱走者という言葉を知っているのだろうか。


「……もし、そうだと言ったら?」


 答えをはぐらかして、相手の出方をうかがうと。


「それはもちろん……」


 ルークと呼ばれた青年騎士が、ふっと笑い――。



「――歓迎いたします!」



 ばっと両腕を広げた。


「……は?」『ふぇ?』「……ふへ?」


 俺たちが唖然としているうちに、ルークが話を進めていく。


「みんな、彼は人間だ。魔物の支配から抜け出し、魔物に反逆している“脱走者”だ」


「そ、そんな人間がいるんですか……?」「少なくとも、あの男のほうは魔物らしいですが……」「あちらの少女も、人間を食べるとか言ってましたよ?」


 兵士たちから反論も出るが。


「人間かどうかは、結界を通らせればわかるだろ? この都市結界は魔物を通さない。もしも結界を通れないようなら、彼らが人間ではなかった――それだけのことだ」


「……たしかに、そうですね」


 兵士たちは、それで納得したらしい。

 しばらくして、じゃらじゃらじゃら……と重い鎖で吊られていた城門が開かれる。


「どうぞ、お入りください」


「あ、ああ……」


 なんだか、よくわからないうちに話が進んでしまったが

 とりあえず、結界の端――白い半透明の障壁を抜けて、城門へと足を踏み入れると、ぴりっとした感触があった。

 氷の貯蔵庫に入ったときのような、違う空気の層に入り込んだ感覚だ。


『ふーん……体が重くなるけど、それだけね』


 続けて、フィーコやミミスケも普通に入ってきた。


「いや、お前らも入れるのかよ。けっこうガバガバな結界だけどいいのか……?」


『ま、思ったよりも高性能な結界よ。レベル40ぐらいの魔物は入れないんじゃないかしら? わたしたちはレベルが高いから余裕なだけで』


「ぜ、ぜひゅぅ……こひゅぅ……に、人間、ボクをおんぶしてくれてもいいのですよ?」


「めっちゃ余裕ないやつがいるが」


『ミミスケはただ気力とスタミナがないだけよ』


「まあ、野良の魔物ぐらいなら防げるってことか」


 そんな話をしながら、壁内の通路をくぐり抜けていくと。

 やがて、ぱぁっと光が弾けるように視界がひらけた。



「おお……」『へぇ……』「……わ」



 そうして俺たちの前に現れたのは、壮麗な青白い町並みだ。

 白いガラスのドームを思わせる結界の下、人間たちが平和に暮らしている。

 その光景に、俺たちの口から感嘆の吐息が漏れた。


『ふぅん……? 人間の町にしてはまあまあ美しいわね。これは滅ぼしがいがありそうだわ』


「お前を先に滅ぼしてやろうか?」


『やってみなさいよ』


「フィフィさま、助太刀します」


 そんなこんなで、フィーコたちとむぐぐと睨み合っていると。



「――ようこそ、結界都市シーリアへ。“脱走者”様」



 しばらくして、先ほどの青年騎士ルークがやって来た。

 にこやかに俺へと手を差し出す。


「僕はこの結界都市シーリアの守護をしている、結界騎士団長のルーク・ラディウスです。まだ若いですが、この都市の代表だと思ってください」


「あ、ああ……」


 思いのほか歓迎されて戸惑いつつも、俺は握手に応じる。


「俺は冒険者のテオだ」


「冒険者?」


『そして、わたしはテオの飼い主のフィフィ・リ・バースデイよ。こっちはペットのミミスケ』


「ど、どういう人間関係で……?」


「あのふよふよしてる生き物は気にしないでくれ」


「は、はい。それで……脱走者というからには、外の世界を旅しているのですよね? なにかと入り用でしょうし、必要なものがあったらなんでも言ってください。できるかぎり用意しますので」


『ん、今なんでもって言った……?』


「言ってないから死ね」


『ぶー』


「ただ、補給させてもらうのはありがたいが……そんな物資に余裕があるのか? こんな閉鎖空間じゃ、食料をまかなうだけでも厳しいと思うが」


「それは……お気になさらず」


 ルークはにこやかに微笑む。


「――僕たちは、脱走者あなたを待っていたのですから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る