第45話 追っ手襲来


 人喰山脈に化けていたミミック――。

 もとい、ミミスケが旅に同行することになった日の夜。


 ――ミミスケが死んだ。



『――きゃああぁあああッ!!』



「……っ!」


 闇夜に響くフィーコの悲鳴。

 岩にもたれて寝ていた俺はばっと目を開け、とっさに剣を抜いた。

 すぐに空気に血の匂いが混じっていることに気づく。


「……どうした、フィーコ?」


『ミミスケが……ミミスケが死んでる! かわいい!』


「かわいい?」


 たしかに見てみれば、地面にできた血溜まり――。

 その中で、ミミスケがぐったりと倒れ伏していた。


「……なにがあった?」


『ふふふ……謎よ』


「使えねぇ」


 しかし、レベル65のミミスケが簡単に殺されるとは思えない。

 なにかしらの襲撃があったのは確かだ。


『これは……名探偵フィフィ様の出番というわけね……』


「帰れ」


『事件当時、ここにはわたしとテオしかいなかったわ。でも、テオが寝床から一歩も動かなかったのはわたしが見ている。つまり………………わたしが犯人だった……?』


「落ち着け、アホインコ」


 俺はそう言うとともに、背後にばっと手をかざした。

 そのまま、“風操フゥゼ”の魔法を発動すると。

 どこからともなく飛来してきた石弾の雨が、ぴたりと空中で停止した。



「これは――ただの襲撃だ」



『ふぇ?』


 空中に静止させた石たちを、そのまま風を操作して射出する。

 ひゅん――ッ! と。

 風切り音とともに、石弾は飛んできた方向へと帰っていき――。



「ぎゃああッ!?」「な、なにッ!?」「あ、ぐわぁあ……ッ!」



 岩陰から悲鳴と血飛沫が上がった。


「こっちの居場所がバレた!?」「こうなったら……正面から狩るぞ!」


 夜闇の中、ぽつぽつと小さな赤い光が灯っていく。

 前方だけではない。右も、左も、後ろも、そして――上も。

 赤く光る魔物の目が、夜闇を埋め尽くす。

 その数――100以上。


「……おい、何百匹いるんだよ」


『これは……すごいわね』


 襲撃されることは想定していたが。

 さすがにこれは、予想よりも数が多い。あきらかに異常な数だ。


「……追っ手、か」


『まあ、追っ手ね』


 背中合わせで身構えつつ、フィーコも頷く。


『ま、一直線に進んで、派手に暴れまくってれば、さすがに居場所の見当はつけられるでしょうしね。いきなりこれだけの数が動いたっていうのは、ちょっと意外だったけど』


「ミミスケが狙われたのは、人間だと思われたからか」


 そういえば、ミミスケは今、完璧に人間に擬態していた。

 レベル1の刻印も含めて、だ。

 そりゃ、真っ先に狙われるに決まっている。


「いつもなら襲撃を歓迎したいところだが……よりにもよって、面倒なタイミングに来たな」


 これだけの数を相手にするのは、万全の状態でも骨が折れるというのに。

 今はミミスケ戦で使い尽くした魔力が、まだ回復しきっていない。



「――ぬぅ? “脱走者”は仕留めたと思ったが……剣を使うということは、まさか貴様が本物の“脱走者”か?」



 と、魔物の群れの中から、リーダー格らしき鎧をまとった巨人が進み出てきた。

 人間の5倍ほどもあろうかという巨体。

 その全身は重厚な黒鎧にがちがちに固められ、その背には巨大な剣が鈍く輝いている。そして、兜の隙間からぎらりと光る1つ目には――レベル61の刻印。


『……独眼巨人サイクロプスね』


 フィーコが呟く。

 その魔物については、俺も知っている。

 この世界でもっとも鍛冶に長けた魔物だ。


 コボルドのような質のいい量産品を作るのではなく、サイクロプスが作る武具はどれもが世界随一の性能を誇る。この世界の強力な魔道具はほとんどがこのサイクロプスによって作られているとも言われているほどだ。

 それよりも。


「……“脱走者”って、なんだ?」


「ぬ、知らないのか? 下級霊をつれた人間といえば、世界中にお触れが回ってるだろうに」


 サイクロプスが手配書のようなものを見せてくる。

 遠目からでも、そこに書かれているものは見て取れた。


 俺とフィーコらしき人相書きと――でかでかと書かれた『殺処分』の文字。

 もうそこまで情報が回っているということは、おそらくコボルドかハーピィを討ち漏らしたのだろう。


『な、なによ、この手配書……!』


 フィーコが憤慨したようにサイクロプスを睨みつける。


『わたしの美しさがこれっぽっちも表現できてないじゃない! ちょっとポーズ取るから、今から描き直しなさいよ!』


「くくく……よかろう」


「後にしろ」


 それはともかく。


「にしても……よく、俺たちがここにいるってわかったな」


 なにか、人探しに適した天恵持ちがついていると考えるべきか。

 そう思っていたが。


「ここにいるのがわかった? いいや、わかってなどいないとも」


「は?」


「くくく……まだ理解していないのか? いいか、貴様は魔物を敵に回したのだ。この世界の全ての魔物が、今――貴様を探し出そうと血眼になっている。我らはその一部にすぎん」


『なるほど……しらみつぶしってわけね』


 つまりは、これほどの規模の魔物の大軍が、あらゆるところに派遣されているというわけだ。

 ――魔物を敵に回すということは、世界を敵に回すということ。

 フィーコが以前に言っていたことを、改めて実感させられる。


「しかし、割のいい仕事だ。人間を見つけて殺すだけで、一生遊べるような大金をもらえるのだからな」


『……一生遊べるような大金?』


「特別な名誉も与えられるし、今後数百年は仕事も免除されるそうだ」


『…………』


 フィーコが、すいーっと無言でサイクロプスの横に並んだ。



『――テオ、あなたのことは忘れないわ』



「こいつ、迷いがない……」


「ぬははははッ! 滑稽! 実に滑稽! 仲間にも裏切られ! 貴様は1匹惨めに死ぬのだ!」


「もともと、仲間なんかじゃないが」


 俺は溜息をつきながら、剣に手をかけた。

 魔力は消耗しているが、やるしかないだろう。


「では、そろそろ余興も終わりだ。脱走者の確認も取れたところで、さっそく……」


 サイクロプスが手をこちらへと向ける。



「――殺処分だ」



 その指示とともに、魔物(+フィーコ)が一斉に襲いかかろうとした――その瞬間だった。


「……な、なに!?」「落とし穴!?」「うわぁあ――ッ!?」


 突然、魔物たちの足元に大穴が開いた。

 いや、それは穴ではない――巨大な口だ。


 足を踏み外した魔物たちが、舌べらに巻き取られ、牙に足を砕かれ、ぐっちゅぐっちゅと咀嚼され、口の中へと呑み込まれていく。


「ひ、ひぃっ!?」「山が……! 山に食われるッ!」「これは、まさか……人喰山脈の魔物!?」


 魔物たちが混乱する。

 人喰山脈の魔物というのは、やはり魔物たちにとっては恐怖の対象のようだ。


「な、なんで、“人喰山脈の魔物”が人間の味方をするんだ!?」「まさか、人間が従えたのか……!?」「こんなの聞いてないぞ!? 人間を狩るだけって話だろ!?」


 そんな魔物たちの様子を嘲笑うように、周囲の岩から目玉がぎょろりと浮かび上がり、無数の口からは、けたけたと笑い声がわき起こる。

 さらに追い打ちをかけるように――。


「お前、攻撃しやがったな!」「は、はぁ……? ち、ちがっ、オレじゃな……!」「そいつは偽物だ! 殺せ!」「おい、同士討ちしてる場合――ぐああッ!?」


 おそらく、ミミスケが魔物たちに擬態したのだろう。

 口の攻撃から逃れた魔物たちが同士討ちを始める。


 俺たちとの戦いでは不発に終わった戦法だが、うまくはまると強力なようだ。

 もはや、ここはミミスケの独壇場だった。

 いつの間にか立ち上がっていたミミスケが、ぺろりと唇をなめる。


「うーん……味気ないのです。“タレ”が欲しいのです」


「やっぱり、死んだふりだったか」


 そもそも、相手のリーダーがレベル61のサイクロプスなのだ。

 レベル65のミミスケが簡単に負けるはずもない。

 ミミックらしく、今まで死んだふりをして反撃する機会を狙っていたのだろう。


「か、勘違いするなです、人間。ボクはボクの安全と平和と保身のために動いただけなのです」


「いや、それでいい。俺のためだとか考えなくていい」


「……ふへ?」


「俺たちは敵だ。仲間なんかじゃない。裏切り合い、憎しみ合い、敵対し合いながら、互いの欲と利害のために同じ敵を倒す。これは……そういう同盟だ」


「ふん……人間のくせに、えらそうにするなです」


 俺とミミスケはそう言いながら身構えた。



「それじゃあ――反逆開始だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る