第41話 反逆開始


「……ようやく化けの皮を剥がしたな、人喰山脈の魔物――ミミック!」


 千面万化――千の顔を持ち、万の物に化ける魔物。

 隠れるためではなく、獲物の欲望を刺激するために擬態する捕食者。


(ただ、わかっていたとはいえ……でかいな)


 擬態が剥がれて現れたのは、生肉の山をくり抜いて作ったかのような広大な空間だった。

 赤黒くなめらかな凹凸ひだのある生肉の壁、生肉の天井、生肉の床……。

 おそらく、ここはミミックの腹の中なんだろう。


(なるほど……たしかに人喰いの山脈だ)


 ――この山に足を踏み入れた者は、山に食われる。


 なんのことはない。俺たちは難しく考えすぎていた。

 言い伝えのままで正しかったのだ。


 なぜなら……人喰山脈こそが1匹の魔物ミミックなのだから。

 この宝箱のような“山”は、全てミミックの擬態した姿だったわけだ。


 ここまでの大きさのミミックは見たことがないが、おそらくはダンジョンに擬態するミミックの上位種――ラビリンスミミックか。



『うれシイね!』『幸せダね!』『あリガトう!』



 壁や天井に現れた牙だらけの口たちが、笑いながら幸せな言葉をつむぎ出す。



『笑顔ガ素敵ダよ!』『楽しイね!』『こんニチハ!』『君のぉカげダよ!』『頑張ろゥね!』『努力は裏切ラなィよ!』『大丈夫ダよ!』『夢は叶ウよ!』『君を愛しテる!』『大好キ!』『ワクワクすルね!』『おはよウ!』『面白イね!』『ドキドキしテきタね!』『ボクたちは自由ダ!』『また次があルよ!』『君に出会えてヨかった!』『世界は綺麗ダ!』『世界が平和デありまスよウに!』『君を守りたイんだ!』『可能性は無限ダよ!』『自信ヲ持とう!』『自分を信じルんだ!』『前向キに生きヨうね!』『いイネ!』『君には才能がアる!』『こノ子になんテ名前をつケようかシら!』『まタ明日!』『僕ラは家族ダよ!』『生キてルって素晴らしイね!』



 まるで、幸せな夢の続きをしようとしてるかのように。

 おびただしいほどの口たちが、笑う。


 ――笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う……。


 まんまと騙された人間を――嘲笑う。



『夢は叶ウよ!』『楽しイネ!』『笑顔が素敵ダよ!』



「……っ!」


 がば――ッ! と。

 周囲の地面から開いた口から、舌べらが一斉に襲いかかってきた。


 発する言葉とは対照的な、殺意しかない攻撃。

 べろべろと触手のように伸ばされる舌が、全方位から赤い波となって押し寄せ――。


「――物質強化ミ・ベルク!」


 俺は両手の剣で、遅いかかる舌の波に連撃を叩き込む。

 波に負けない勢いで剣を閃かせ、その舌の勢いを押し留めるが……。

 気づけば、剣がぼろぼろになっていた。


(……! 歯舌か!)


 歯舌――貝系の魔物に見られるヤスリのような舌。

 歯の代わりに獲物をすり潰すための舌だ。


 このミミックの歯舌にいたっては、ただなめるだけで金属をも削ぎ落とす力があるらしい。

 さらに強力な消化液もまとっているのか、舌を斬るたびに剣がじわじわと削がれ、溶かされていく。

 せっかくの新品の剣が、もう見る影もない。


(保護魔法がかかってる剣でこれか……)


 まともに剣を舌に触れさせるわけにはいかないが。

 かといって、体で受ければ肉を根こそぎ持っていかれるだろう。

 ならば……。


「――風王剣フゥゼ・ハルテ!」


 俺は身を回転させながら魔風の刃を放った。

 鋭利な風が、刃の渦となって周りの舌をまとめて蹴散らす。


『……!』『……!?』『……!』『……ッ!?』


 ミミックの目玉が一瞬だけ驚愕に見開かれる。

 だが――すぐに、にたりと笑い直す。



『素敵ダね!』『頑張ろウね!』『元気が一番ダよ!』



「……っ!? ――風王脚フゥゼ・デルタ!」


 舌に対処できたと思ったのもつかの間。

 悪寒を覚えて空中へ飛び上がると、一瞬前まで立っていた地面に大穴が開いていた。

 いや、それは穴ではない――。


『君ガ大切なンだ!』『世界が輝いテ見えルよ!』『生キてルって素晴らしイね!』


 ――巨大な口だ。

 地面だった場所が、今やびっしりと口で埋め尽くされていた。

 その口たちが、幸せな言葉をつむぎながら、俺を食いちぎろうと牙をむく。

 

「……ちっ」


 さらには、空中にいる俺に向けて、壁や天井から黄色い液体が噴射される。

 おそらくは消化液だろう。


「次から次へと……! ――風王結界フゥゼ・ルベーレ!」


 消化液の雨を、風でまとめて吹き飛ばす。

 そうして、地面に着地したところで――。


『あきラめちゃダメだよ!』『努力は裏切ラなイ!』『希望は捨テなイで!』


 今度はまた舌攻撃だ。

 その舌攻撃の1つ1つが高威力だとは考えたくもない。


(……1匹の魔物を相手にしてる感覚じゃないな)


 まるで、連携の取れた何万もの魔物を相手にしているような感覚だ。

 敵はこの人喰山脈というフィールドそのもの。

 全ての空間が敵の間合いの内側であり、この場にある全てのものが敵の武器として襲いかかってくる。


(だが……惑わされるな)


 あくまで敵は1匹だ。

 1匹だからこそやっかいなように、1匹だからこその弱点もある。

 俺は迫りくる舌たちではなく、地面の肉に剣を突き立てた。



「――雷手ヴォルテ!」



 ばりばりばりばりィィ――ッ! と。

 手からほとばしった青い稲妻が、剣をつたって地面の肉へと流れ込む。

 そのまま、空間全体に雷光が駆けめぐり――。



『『『――――ィィイッ!!』』』



 ミミックが絶叫し、俺に迫っていた舌たちが痙攣する。

 この体内空間が、ごごごごご……と大きく揺れる。


 肉体が全てつながっているがゆえの弱点。

 一か八かだったが、効果はあったらしい。


「はは……どうだ、腹の中から雷を流し込まれる感想は? 楽しいか? うれしいか?」


『……!』『…………!』『――!?』『…………!』『……!』『…………!』『――!?』『…………!』『……!』『…………!』『――!?』『…………!』


 全ての目玉が驚愕したように見開かれる。

 このミミックの巨体からしたら、人間なんて1匹の虫けらにすぎない。そんな小さな相手にここまでの反撃をされるとは、夢にも見ていなかったのだろう。

 ミミックはどこか焦ったように、さらに大量の舌を伸ばして襲いかかってくる。


(……ワンパターン戦法だな。やっぱり、まともな戦闘経験はないか)


 これまでは、罠にはめた獲物をじわじわ溶かして食っているだけでよかったはずだ。

 自分の擬態を破られ、正面から戦いを挑まれる――。

 それは、おそらくミミックにとって初めての経験なのだろう。


(とはいえ……やっぱり、きりがないな)


 相手は文字通り、山サイズの巨体なのだ。

 雷魔法もダメージは大きいだろうが致命打にはならない。

 ちまちま攻撃したところで、相手からしたらかすり傷みたいなもの。

 相手の肉体を削り切るより先に、こちらの体力と魔力が底をついてしまう。


(……1人じゃ手が足りないか)


 ちょうど、そう考えたときだった。


「…………は?」


 突然、ずががががが――ッ! と。

 頭上から、無数の火球が降り注いできた。

 まるで流星群のごとく、俺もろともに辺り一帯を呑み込んでいく炎塊。

 とっさに剣で斬り払いつつ顔を上げると、炎に揺らめく人影を見つけた。



『――ちょっと、なにわたし抜きで楽しそうなこと始めてるのよ?』



 どこかすねたような少女の声。

 その声の主の正体は、確かめるまでもなくわかる。

 俺は思わず、ふっと笑った。


「遅いぞ、フィーコ」


『なに、もしかして寂しくなっちゃったの?』


「死ね」


『……ふぇ?』


「なんだ、その顔?」


『ああ……うん! やっぱり、テオはそういう感じよね!』


「はぁ?」


 なにやら、1人でうんうんと頷いているフィーコ。


『それより、ここはどこかしら? 玉座の間を爆破して遊んでたら、いつの間にかここにいたんだけど……わたしのかわいい愛玩人間ペットたちはどこ?』


「なるほど。お前がどういう騙され方をしたのか、だいたいわかった」


 こんなしょうもない騙され方したやつのために、俺はわざわざ洞窟に入ってきたのか。やるせない。


「とりあえず、ここはミミックの腹の中だ」


『ミミック? っていうと、あの宝箱とかに化けてるやつよね?』


「ああ。つまりは、人喰山脈が1匹のミミックだったってことだ」


『なるほどね、わかったわ――なんて言うと思ったら、大間違いよ』


「だろうな」


『ま、でも……』


 フィーコが両手に炎をまといながら、襲いかかってきた舌たちを迎え撃つ。


『さっきの場所より、こっちのほうが面白そう……ってことはわかったわ』


「奇遇だな。それは同感だ」


 まるで天地そのものを相手にしているような巨大な魔物。

 それに対して、俺たちは2人、小さな背中を合わせて構えを取る。


『ま、とにかく……暴れればいいのよね?』


「ああ、わかってるじゃないか。さすがは俺の共犯者」


 俺たちは顔を見合わせ、にぃぃっと不敵に笑い合ってから。

 ふたたび、ミミックと向き直った。



「それじゃあ――――反逆開始だ」

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