第28話 ゲームスタートしてみた
「圧倒的な力の前では全てが無意味、か……いい言葉じゃないか。俺にも使わせてくれよ」
『ぐ……』
スライムを吐き出したニーズヘッグが、うめきながら俺を睨みつけてきた。
『な、なんだ、貴様は……』
「俺か? 俺は通りすがりの元ラスボスだ」
『……らす、ぼす?』
「つまり、俺がこの世界で一番強くてすごいということだ」
『い、意味がわからんが……まあよい』
ニーズヘッグがふたたび大口を開ける。
『――消し去ってしまえば、全ては無意味だ!』
大きく息を吸い込みだす。先ほどより力強い呼吸だ。強烈な風が辺りに吹き荒れ、周囲にあるものがニーズヘッグの口へと流れ込んでいく。
ニーズヘッグの胸がみるみる膨れ上がり、そして――。
「息が臭い」
『……がふッ!?』
ふたたびスライムを【作成】すると、ニーズヘッグの口内が爆発した。【終焉の炎】を直前でキャンセルしたら体内で暴発したらしい。
ニーズヘッグが黒煙と血を吐きながら、苦しげに咆哮する。
「お口のニオイ対策を怠った報いだ」
『ぐ……なんだ、その面妖なスキルは……』
ニーズヘッグが空中でよろけながら、こちらを睨んでくる。しかし、先ほどまでの覇気はない。いつの間にか、得体の知れないものを見る表情になっていた。
『くっ、無駄なあがきを……どのみち、貴様らの敗北は決まっているというのに』
ニーズヘッグは悪態をつきながらも、どうやら分が悪いと判断したらしい。その場で力強く羽ばたきだした。
『いいだろう、貴様らには特等席から見せてやる! この世界樹の終わりを……そして、この世界の終わりをな!』
ニーズヘッグが高笑いしながら頭上へと飛び去っていった。
あとに残されたのは、満身創痍のエルフたちだけだった。
戸惑ったような沈黙が辺りに漂う。
「……どうやら、命拾いしたようですね」
ミステリア女王がうめき混じりに呟き、それから、ごほっと血の混じった咳を吐いた。ミコりんがとっさにミステリア女王を抱きかかえる。
「ママ、しゃべっちゃダメ!」
「……ミコリス、どうして来てしまったのですか? どうして、家出したままでいてくれなかったのですか?」
「だって……ママを守りたかったから」
「……愚かですね……本当に、私に似て」
「え?」
「……私も、あなたを守りたかった……あなたには、普通の女の子のように生きてほしかった……優しくて、お花が大好きな、どこにでもいる女の子のように……」
ミステリア女王が、愛おしそうにミコりんの頬を撫でる。
その表情は安らかで、慈愛に満ちていた。
「しかし、ダメでした……ニーズヘッグと対峙して全てを理解しました」
ミステリア女王がすっと目を閉じる。
「――人は、竜には勝てない」
その声には、悔しさも苦しさもこもっていなかった。
ただ、あきらめの色だけが滲んでいた。
「ミコリス……あなただけでも、逃げて……」
「ママ……?」
「どうか、生きて……少しでも長く……私の愛しい娘……」
「ママ……死んじゃやだよ!」
「……マティーさん、と言いましたね」
ミステリア女王が最後の力を振りしぼったように、こちらに顔を向けてくる。彼女がまともに俺を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。
か細くも力強い声で、彼女は告げる。
「どうか、ミコリスをつれて逃げてください……娘を、よろしくお願いしま……」
「――え、嫌だが」
即答すると、ぽかんとしたような沈黙が降りた。
「え……は……?」
「せっかくのボス戦だぞ? 逃げるなんて、そんな面白くないこと、俺がするわけないだろ」
「な、なにを……」
「というか……どいつもこいつも、たかが竜1匹で、なにバッドエンド感出してるんだ。俺に断りもなく勝手にエンディングを決めるな」
懐から
なんかいきなり親子の感動シーンみたいなのが始まったせいで、
「これで、お前の怪我は完治だ」
「……え?」
ミステリア女王が自分の体を見下ろして、目を丸く見開く。
彼女の怪我は、もはや痕跡すら見つからない。
むしろ、最初に出会ったときより、肌ツヤがよくなってるぐらいだ。肌年齢が10歳ぐらいは若返った気がする。さすが、ユフィール印の
「さて、これで鬱エンドは回避できたな」
ミステリア女王は死なず、他のエルフたちも満身創痍ではあるが、命に別条があるというほどでもない。
「しかし、私がここで生き残ったところで……どうにもなりませんよ」
ミステリア女王は怪我が治っても、立ち上がろうとしなかった。戦意はすでにないのだろう。全身を脱力させ、空を飛び回っている黒竜を虚ろな目で眺めている。
「長年の準備も、努力も、戦術も……全て、あっさりと打ち砕かれました。もはや、私たちがどうあがいても勝ち目はありません。この世界はもう……終わりです」
「ああ、そうだな。まったくもって、その通りだ」
くくく、と嘲笑ってやる。
「お前たちにはどうすることもできない。お前たちがどうあがいたところで、ニーズヘッグには勝ち目がない。このままでは、世界は終わるだろう」
この世界のキャラたちは、まだ弱いままだ。
そして、世界を救ってくれる主人公は、ここにはやって来ない。
だから……。
「――だから、面白いんだろ」
「え……?」
「世界が滅ぶ? 誰にも勝てない敵? くくく……最高に面白いゲームではないか」
主人公がいない今、このゲームのプレイヤーは俺だ。
このゲームを攻略するのも、俺だ。
俺は誰にも邪魔されずに、この最高のゲームを自由に遊び尽くすことができるのだ。
気分が昂ぶらないはずがない。
わくわくしないはずがない。
「まさか、竜と戦う気!? さすがに無茶よ!」
ミコりんがなにかを察したのか、慌てて止めに入ってくる。
「さすがのあんたでも、あんなの倒せるわけないわ! もう、他に戦える人もいないのよ!」
「それに……たとえ、竜を追い払うことができたとしても、地上の蛇までは……」
と、ミステリア女王も顔を伏せる。
「蛇? ああ、そんなのもいたな」
ただのザコだから忘れかけていたが。
眼下にひしめいている蛇の軍団に目を向ける。
ニーズヘッグの眷属たちだ。人類最強クラスのミステリア女王をもってしても、1体倒すのに苦戦するようなレベルの魔物――それが、軍勢となり、波となり、妖精国へと押し寄せていた。
蛇たちの速度が遅かったこともあり、今はまだ都の市壁のところで抑えられているが……長くはもたないだろう。
しかし、この程度の大群など、俺たちにとっては経験値が稼げるボーナスステージでしかない。
「ちょうど頃合いだな。プリモ、合図を出せ」
「らじゃーです!」
プリモがすかさずミニプリモを取り出した。
そして。
「ユフィさん! やっちゃってください!」
そう合図を出すと、すぐにミニプリモから返事がきた。
『――全ては、我が君の御心のままに』
その言葉の直後。
地上から侵攻してきていた蛇の軍勢が――。
――ぶしゃっ、と一斉に破裂した。
「…………え?」
唖然とするエルフたちの眼下で、なにかが蛇たちの体を内側から突き破る。
それは――木だった。
木はめきめきと蛇を喰らって成長していく。
そして、数秒後には……蛇たちのいた場所には、ただ無数の木だけが残されていた。
「くくく……見ろ、蛇がゴミのようだ」
これはユフィールの【
生物に種を植えつけ、木の苗床にする。
広範囲の敵を殲滅することができるユフィールの必殺技の1つ。
今回はゲーム知識のおかげで蛇の侵攻ルートがわかっていたから、侵攻ルート上に種をばらまいておくだけで、蛇の体に種をつけることができた。
やはり、ザコは全体攻撃で蹴散らすのが一番気持ちいいな。
ニーズヘッグはどうやら頑張って戦術を考えてきたようだが……圧倒的な力の前では、全てが無意味だ。
「で……蛇が、なんだって?」
「え……? いえ……」
唖然としたように固まるミステリア女王。なにが起こったのか理解が追いついていないのかもしれない。
まあいい。蛇も倒したことだし、地上にはもうイベントはないだろう。
「さて、残るはボス戦だけだな」
視線を空へと向ける。
ニーズへッグは先ほど俺にやられた憂さ晴らしか、世界樹に対する攻撃をさらに苛烈にしていた。炎はさらに膨らみ、空から降ってくる火の粉の量も増えている。
……世界樹が、破壊されていく。
誰かがが大切に守ってきたものが破壊される光景。
誰かの大切なものが奪われる光景。
そんなものを見たからだろうか。
ふと、思い出す……幼い日のことを。
あの日、血溜まりに倒れた少女の前で――。
――俺は、魔帝メナスになった。
それからは、二度と“俺のもの”を奪われてたまるかと、そんなことばかり考えて生きてきた。必死に強くあろうとし、優しさを弱さだと切り捨て、他人を踏みにじり、奪われないために奪い続けた。
……俺はきっと、物語の主人公にはなれないだろう。
優しい人になることも、正義の味方になることもできそうにない。
普通の人としてやっていくことすら、なにかが欠けている俺には難しい。
だが――
暴虐さも、邪悪さも、傲慢さも、欲深さも……。
全部、あの竜よりも、俺のほうが上だ。
なぜなら、俺は正義の味方でも、主人公でもなく……。
……ラスボスなのだから。
「――――さあ、ゲームスタートだ」
楽しい、楽しい、ゲームを始めよう――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます