第27話 竜王に反撃してみた
『――我が名は、竜王ニーズヘッグ! これより、世界の破壊を開始する!』
妖精国に攻め入った竜王ニーズヘッグは、そう宣言すると。
自らに飛んでくる魔矢の雨を物ともせずに、大きく息を吸い込み――世界樹に向けて火炎を吐いた。
葉についた火は爆発するように燃え広がり、瞬く間に樹全体が炎上しだす。
「……そ、そんな」
炎で真っ赤に染まった空の下、ミコりんがへなへなとへたり込んだ。
ミコりんの目の前で、ニーズヘッグは何度も何度も、執拗に世界樹に炎を浴びせかける。世界樹の息の根を完全に止めようとしているのだろう。
燃えさかる花びらが散り、炎の雨のように地上へと降り注ぐ。
さらに、ニーズヘッグの攻撃はこれで終わらない。
『我が眷属たちよ! 進軍せよ!』
その命令とともに――。
地上からは蛇の軍勢が、どどどどどっ! と洪水のように押し寄せてきた。
その全てがBランク以上の魔物。この世界の人間では、1体ですら手も足も出ない魔物が、妖精国の周りをびっしりと埋め尽くす。
空と地上からの同時攻撃。
そして、この世界の人間には、どちらか片方を抑える力すらない。
「……あ……ぁぁ……」
ミコりんの顔が絶望で染まる。
たしかに、これはオーバーキルもいいところだ。
本当に、この世の終わりのような光景だ。
そして、この地には今、主人公はいない。このままでは本当に、世界樹が破壊され――世界が終わりかねない。
だからこそ……。
「では、行くぞ」
ミコりんの手を引く。
「い、行くって……?」
「決まってるだろ? ニーズヘッグと戦いにいくんだ」
「む、無理よ。あんなの勝ってこない。あたしは弱いし……あたしがいないほうが勝率も上がるわ」
「ふむ」
たしかに、その判断は正しい。
このイベントの適正レベルは50以上だが、今のミコりんはレベル12だ。戦闘に参加するにはステータスが足りなすぎる。誰かが守らなければすぐに死ぬだろう。
「なんで、あたしなんかにかまうのよ……戦うなら、あんただけで行きなさいよ。あんたは強いから、あの竜とだって戦えるかもしれないわ。でも、あたしは……足手まといになるだけだから」
「そうだな、お前は弱い」
「なら……」
「だが、お前が足手まといかどうかを決めるのは俺だ。お前が勝手に決めるな」
「……え?」
この世界は、俺の
ゆえに、戦闘メンバーを選ぶのは俺だ。
そもそも、ミコりんには戦闘に参加してもらわなければ困る。そうしないと、俺のせっかくの計画が台無しになるからな。
「ちっ……面倒だ」
やはり、説得とか励ましとか、そういうのは苦手だな。まどろっこしくて、やってられん。
俺は、俺のやり方でやらせてもらおう。
「いいか、これは命令だ」
ミコりんの手を強引に引いて、告げる。
「――ついて来い。お前の夢を叶えにいくぞ」
◇
グラシャラボラスに乗って、急いで城に戻る。
城の屋上へと降り立つと、そこにはエルフの魔術師たちが集まっていた。すでにニーズヘッグとの戦闘が始まっているようだ。
プリモも城の防衛のためか、さりげなく一緒にいた。
「あっ、主様!」
プリモはこちらに気づくと、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「主様に言われた通り、ちゃんとお城を守りましたよ!」
「ふむ、大義だった」
よく見れば、城全体にうっすらとスライムの膜が張られている。世界樹の火が城にまで回っていないのは、このおかげだろう。
とはいえ、守られているのはあくまで城だけであるため、エルフたちはむき出しのままだったが……。
見たところ、まだ犠牲者はいないようだな。
「光魔法Lv5――【フラッシュボム】!」
「「「魔弓術Lv2――【フリーズアロー】!」」」
ミステリア女王が先頭に立ち、魔法を放つ。
エルフの魔術師たちも、一斉に魔矢で弾幕を張るが……。
『脆い!』
「……くっ!?」
ニーズヘッグの火炎で、エルフたちの魔矢があっさりと消滅する。さらに火炎の余波で、エルフたちがこちらに吹き飛ばされてきた。
「ま、ママ!」
ミコりんが慌てて、ミステリア女王に駆け寄る。
「……ミコ、リス?」
ミステリア女王が唖然としたように呟いた。それから、気丈に立ち上がろうとしたようだが、ふらついてミコりんにもたれかかる。
この短時間で、ずいぶん激戦があったのだろう。ミステリア女王の白かったドレスは、今やぼろぼろに焦げていた。武器の魔術杖も、いたるところに亀裂が走っている。
ニーズヘッグの前に展開していた部隊も散り散りに飛ばされ、その多くが立ち上がる余力すら残っていないように見えた。
『――なんたる脆弱! なんたる貧弱! 弱い! 弱すぎるぞ! 人間!』
炎光で赤く揺らめく空に、ニーズヘッグの高笑いが響きわたる。
眼下には、黒波のように国の市壁へと迫りくる蛇の魔物たち。
勝負は、ニーズヘッグの圧倒的優勢といったところか。
いや、もはや勝負にすらなっていないな……。
これは、一方的な虐殺だ。
「どうして、来てしまったの……? 来てはいけないと……」
「だって、あたしは……」
「いえ、それよりも……ニーズヘッグの力を見誤りました……あなただけでも、逃げなさい……」
ミステリア女王が苦しげにうめく。呼吸するたびに、口から生命が漏れていくような音がした。その弱々しい姿は、今すぐにでも死んでしまいそうに見える。
『ほぅ……素晴らしい親子愛ではないか』
ニーズヘッグが、にたぁぁ、と凄惨な笑みを浮かべる。
『だが……無意味! 圧倒的な力の前では、全てが無意味! 愛も、正義も、夢も! いかなる覚悟や努力や戦術さえも! 我が力の前では、全てが無に帰すのだ!』
ニーズヘッグの迫力に、エルフたちの戦意がみるみる喪失していくのがわかった。
勝ち目のない敵。頑張って戦っても苦しいだけ。
それならば、いっそ楽に死んでしまったほうがいいのかもしれない……そんなことでも考えたのか、エルフたちが終わりを受け入れたように表情から力を抜いていく。
『――我が力の前に、消え去るがいい!』
ニーズヘッグが口を大きく開き、息を吸い込んだ。
これは、ニーズヘッグの必殺技前のモーションか。
おそらく、次のターンに【終焉の炎】が来るだろう。
炎耐性をつけていなければ、レベル100の人間でも即死する大技。少なくとも、ここにいるエルフたちは全滅するはずだ。
だが、行動パターンがわかっていれば、対処は容易い。
「【作成】――スライム×50」
『……ぐ……がッ!?』
ニーズヘッグの口内に、直接スライムを【作成】する。ニーズヘッグはスライムを思いっきり吸い込み、喉をつまらせたらしい。ぼわっと口から煙を吐きながら、空中で苦しげにもがきだす。
これは、【魔物創造】スキルの応用だ。俺は視界内にある任意の影から、魔物を【作成】することができる。影の大きさによって作れる魔物が限定されるため、いつもはシャドウハンドに足元の影を広げさせてから【作成】しているが……【作成】する場所によっては、【作成】そのものを攻撃手段にすることもできるわけだ。
なにはともあれ、これで【終焉の炎】はキャンセルだ。
「圧倒的な力の前では、全てが無意味……か」
ニーズヘッグの前に進み出ながら、何気なく呟いてみる。
「――いい言葉じゃないか。俺にも使わせてくれよ」
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