第19話 家事妖精を作ってみた


「【作成】――シルキー」


 足元の影から、小柄なメイド少女が現れる。

 家事妖精としておなじみのシルキーだ。

 なかなか気難しい魔物で、家主が気に入らないと暴れたりもするお茶目さんではあるが、家事の腕前なら魔物界でも随一だろう。


「シルキー、朝食を作れ」


「……」


 シルキーは、こくりと一つ頷くと。

 さわさわと衣擦れの音を立てて、台所へと向かっていった。


「あ、主様……」


 プリモが涙目でぷるぷると震えだす。


「ひ、ひどいです……わたし以外にメイドを作るなんて。わたしには飽きてしまったんですか……?」


「いや、お前をメイドだと思ったことは一度もない」


「がーん!?」


「そもそも、なんでお前、メイド服着てるんだ?」


「いえ……需要あるかなー、と」


「なるほど。その認識は正しい」


 そんな中身のない会話を交わしていると、すぐにシルキーが戻ってきた。料理の載った皿を【ポルターガイスト】スキルを使って手際よく並べていく。

 献立は、パンとオムレツとサラダか。

 いきなり文明人らしい朝食になったな。


「ふむ……」


 一口、食べてみる。


「うまい」


 普通にうまい。

 メニュー自体はシンプルだが、口に入れてみると、思ったよりも高クオリティで驚く。思わず服がはだけるようなレベルではないが……なかなかいいじゃないか。朝食はこういうのでいいんだよ、こういうので。


「合格だ。今日からお前が、我が家の食事係だ」


「…………」


 ぺこりとお辞儀するシルキー。


「むぅぅ……」


「ふんぐ、ぬぬぬ……!」


 プリモとユフィールが歯噛みしながら、シルキーをびしっと指をさした。



「「――これで勝ったと思うなよ!」」




   ◇




 さて、朝食も無事にとり終え、暖炉の前でくつろいでいると。


「……む」


 突然、ユフィールがぴくっと顔を上げた。


「失礼いたします、我が君。本日はこのまま巡回へと向かいます」


「なにかあったのか?」


「……妖精国の方面から異変が。森の悲鳴が聞こえてきました」


 ユフィールが、ふと、考え込むような顔をする。


「ここのところ、森の蛇たちの様子もおかしい……なにやら不穏なものを感じま……」


「ああ、それはニーズヘッグの仕業だな」


「……へ?」


 妖精国+蛇といったら、“竜王ニーズヘッグ”の襲撃イベントしか考えられない。

 たしか、そのイベントでは……。


「封印から解けたニーズヘッグが、妖精国に攻め入って、世界樹を破壊しようと目論んでるんだ。目的は『人類への復讐』とか『世界樹の力を吸収して神になる』とか、そんなくだらないものだったな」


「な、なるほど……さすがは、我が君。すでに異変の元凶まで突き止めていらっしゃいましたか。それも、そこまで詳細に……」


「くくく……俺がここ最近、ただ遊んでいただけだと思ったか?」


「……っ! すでに水面下で動いていらっしゃったのですね。やはり、我が君のなさることには、全て深い意味が……」


 ユフィールがきらきらした眼差しを向けてくる。

 まあ、本当はただ遊んでるだけだったが……。

 とりあえず、尊敬の眼差しを向けられるのは気分がいいので、誤解はとかないでおく。


「しかし……世界樹の破壊が目的ですか。やっかいですね」


「ああ。世界樹がやられたら、俺たちも死にかねないしな」


 妖精国の中心にそびえ立つ世界樹。

 その世界樹が枯れたとき――この星の生物は滅ぶ。

 それは誇張でもなんでもない。世界樹は、世界の瘴気を吸い取り、生命エネルギーのもとである魔素を世界に放出しているのだ。魔素がなければ生物は生きられない。だからこそ、ゲームの中の“魔帝メナス”も、どれだけ暴走しても世界樹にだけは手を出さなかった。

 とはいえ、ニーズヘッグが出てくるのはゲームでは終盤だったし、すぐになにかあるとは思えないが……。


「一応、ニーズヘッグの動きを監視しておけ。なにかあると面倒だからな」


「はっ」


 ユフィールが短く敬礼して、しゅるりと姿を消した。

 さっそく監視に向かったらしい。


「さて、俺もそろそろ仕事に行くか」


 時計|(クロックスネーク)を見ると、いつの間にか、けっこういい時間になっていた。

 そろそろ町へ向かうとしよう。今日も朝からミコりんとの冒険者研修がある。


 いつもの冒険者用の服に着替えて、弁当や水筒をマントの影に宿らせたシャドウハンドにわたす。他に必要なものは、常にシャドウハンドに収納させているので、これで準備は万端だ。


「主様、忘れ物はありませんか?」


「くくく……安心しろ。ハンカチもちゃんと持った」


「あっ、襟が曲がってますよ。寝癖もついてます」


「…………」


 プリモがせっせと俺の身だしなみを整える。


「はい、OKですよー」


「そうか。では、行ってくる。留守は任せたぞ」


「らじゃーです」


 びしっ、と敬礼するプリモ。

 俺は彼女に背を向けて、グラシャラボラスに乗り込もうとし――。


 ――えへへー。楽しかったですねー、怪盗。


 ふと、昨日の彼女の様子を思い出した。

 そういえば……プリモにもずっと仕事ばかりさせていたな。

 何気なく振り返ると、こちらに手を振っているプリモと目が合った。その顔には、どこか寂しそうな影が宿っている気がして……。


「……むぅ」


 わしゃわしゃと後頭部をかく。


「……一緒に来るか?」


「はい!」



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