4章 ピンクハート妖精国
第18話 七魔王と朝ご飯を食べてみた
「――主様、朝ですよー。起きてくださーい」
……心地のいいまどろみの中。
ゆさゆさと体が揺り動かされる感覚がした。
「主様ー」
「う……」
敵襲かと思って、うっすら目蓋を開けると、視界に入ってきたのは、窓から差し込んでくる朝日だ。カーテンが風になびくのに合わせて、光も波打つように強さを変える。
そんな白光を背に立っていたのは、水色髪のメイド少女。
七魔王・第4席――破壊王プリモだった。
「……ああ」
そういえば、最近、家につれてきたんだったな……。
七魔王との連絡係として、プリモは俺の側に置いておくことになったのだ。
朝からこうして起こしに来たのは、プリモの趣味みたいなものだろう。メイド姿をしているだけあり、俺の世話を焼くのが好きらしい。
とはいえ……まだ眠い。
昨日は、万魔城に大金貨を返すために帝都のほうまで出張していたのだ。帰ってきたのは夜遅くだったし、プリモには悪いが、もう少し寝させてもらおう。
心の中でそんな言い訳をしつつ、俺はごろんと寝返りを打つ
「もう、起きてくださいよー。仕事、遅刻しちゃいますよー」
「…………」
「うむむ……これでダメとなると、もう【破壊光線】しか……」
「……それはやめろ」
「あ、起きました」
プリモが、ぱっと顔を輝かせる。
「ではでは、着替えたら早く食堂に降りてきてくださいね。朝ご飯できてますので」
「……ああ」
ぱたぱたと去っていくプリモ。
その背を見送りながら、俺はベッドから立ち上がる。
まだ眠気はあるが、なんとなく二度寝する気もなくなった。
「……んん」
伸びをしつつ、窓を開け放つ。
窓からは、我が家の庭を一望することができた。
ここは食人森の奥地にある一角だ。
この前、
町まで遠くなるから、グラシャラボラス通勤になってしまうが、それ以外はとくに不便はない。
屋敷|(ミミックマンション)の周りの庭は、ユフィールが引越し祝いに作ってくれた花系の魔物たちで彩られており、その奥にある牧草地には、ティートレントやシュガーマッシュを初め、ミノタウロスマザー(ミルク用)、キラービー(蜂蜜用)、コカトリス(卵用)などが放し飼いにされている。魔物牧場みたいなのどかな光景だ。
「うむ、やはり我が家が一番だ」
すぅぅっ、と全身を使って深呼吸。
清々しい朝の空気を肺いっぱいに取り込んでから、俺は屋敷の食堂へと向かった。
「――おはようございます! 我が君!」
食堂に入ると……なんかいた。
清々しい朝を台無しにしてくれたのは、エプロンをつけた半身トレントの男。
七魔王・第5席――樹王ユフィールだ。
ユフィールは植物系の魔物に指示を出して、食卓に料理の皿を並べている。
「む? てっきり、プリモが朝食を作るものかと……」
そう言いつつ食堂を見回すと、プリモはすでに席につき、皿に置いたスライムをもちゃもちゃと食していた。共食いかな?
「本日の朝食は、このユフィールがお作りしました! やはり、我が君の栄養管理をするのは、このユフィールの務め! 安心安全の魔物素材100%にこだわり、一皿一皿丁寧に作らせていただきましたよ! 至極の朝食を、ぜひご堪能ください!」
「……朝っぱらからテンションが高いな」
いや、朝だからか。ユフィールは植物らしく、日の出とともにテンションが上り、日の入りとともにテンションが下がるような仕様になっている。
夜型で朝が弱い俺とは、見事に対照的だ。
俺としては朝ぐらい静かに過ごしたいのだが、まあいい。
それより、今は朝食だ。
とりあえず椅子に座り、料理を眺めてみる。
今日の献立は――生野菜と、生野菜と、生野菜か。
……ウサギの餌かな?
「ユフィール」
「なんでしょうか?」
「実は、お前……俺のこと草食動物だと思ってる?」
「いえ、そんなことは……」
しかも、よく見ると……どの野菜にも目玉や口がついてるんだけど。みんな苦悶の表情をしてるんだけど。これを食べろと……?
「そもそも、俺……野菜は好きじゃないんだが」
「いけませんよ、我が君! 野菜は最強のソリューションです!」
「ちょっと意味がわからない」
「やはり、健康といえば野菜です。野菜を食べれば病気知らず。しかし、それだけではありません。『年齢とともに肌荒れが気になりだした』『最近、頭がぼおっとすることが多い』『ちょっとしたストレスでも気分が落ち込んでしまう』……そんなお悩みも、野菜があれば全て解決! 野菜には体内の炎症を鎮める力がありますので、美容・知能・メンタルなど、身体に関わるあらゆる分野の不調にも効くのです!」
「お前、野菜産業の回し者なの?」
「栄養バランスについても問題ありません。野菜の他にも、フルーツ・ナッツ・豆類などをバランスよく組み合わせており……いえ、ごたくはいいですね」
「本当だよ」
「まずは、一口どうぞ」
「ふむ……」
とりあえず、目についたニンジンを手に取ってみる。
切なそうな顔のまま絶命しているニンジン。
なんだか申し訳ないが食べさせてもらおう。
「…………」
がりっ、がりっ、がりっ……。
「お味はどうですか?」
「素材の味がする」
「味が薄いようでしたら、私の樹液をおかけしましょうか?」
「なんか気持ち悪いから嫌だ」
いや、ただの樹液なんだけど。
まごうことなき、純度100%の樹液なんだけど。
字面がキモすぎる。
「ふわぁ~、もっちもち~」
一方、プリモはスライムを頬張りながら、幸せそうに顔をとろけさせていた。うらやましいことこの上ない。
と、そこで、ユフィールもプリモの食事内容に気づいたらしい。
「おい、第4席! また、そんなスライムばかり食べて! 野菜もしっかり食べなさい!」
「あっ、わたしのスライム!」
「スライムは1日1つまで!」
お母さんかな?
「いいか、七魔王のモットーは健康第一だ! 健康であることが七魔王の務め! 健康でない七魔王など、もはや七魔王ではないわ!」
衝撃の事実だ。
「そもそも、日頃からちゃんと健康管理をしているのか! 野菜は!? 野菜は食べているのか!?」
「1日3食、スライムです」
「野菜を……食べろォォッ!」
ユフィールの長髪が、怒りのパワーでぶわっと逆立った。
スーパー野菜人かな?
「……むぅぅ」
プリモがむくれたように頬を膨らめる。
たしかに、これは鬱陶しいな。着信設定をミュートにしたくなるのもわかる。
「ともかく、私が食事係になったからには、七魔王の食事の量や時間まで徹底的に管理するから、覚悟するように……」
「おい、ユフィール」
「はっ」
「お前、食事係クビな」
「……!?」
ユフィールが、ががーん、と雷にでも打たれたような顔をする。
「そ、そんな!? なぜですか! 私のなにがいけなかったと……!」
「主に、野菜への愛」
「……ぐ、ぐぅぅぅ! 我が君の栄養管理ができない私に、なんの存在価値が……ッ!」
「そこまで落ち込むとは思わなかった」
まあいいか。
「プリモ、お前、朝食作れるか」
「バカにしないでください。ユフィさんじゃあるまいし」
「ほぅ、なかなかの自信だな」
「まあ、見ててくださいよ」
プリモがむふんと胸を張ってから、ぱたぱたと台所へ向かった。
と、思ったら、すぐに戻ってきた。
食卓に皿をことりと置く。
「これは……」
「スライムです」
プリモがなぜかドヤ顔で答える。
「なるほど」
改めて皿の上を見るが、まごうことなきスライムだ。
水ゼリーのでかいバージョンみたいな塊が、皿の上にでんっと鎮座している。この世界にSNSとかがあれば、そっち方面の需要もあったのだろうが……。
「プリモ」
「はい、プリモです。なんでしょう?」
「人類はこれを、料理とは呼ばない」
「……!? ……!?」
「そこまで驚愕されるとは思わなかった」
まあ、そもそも七魔王に料理の腕を求めたのが間違いだったか。というか、料理なら料理ができる者を作ればいいだけの話だったな。
というわけで……。
俺はフォークとナイフを食卓に置き、立ち上がった。
「【作成】――シルキー」
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