第16話 王様をゲームオーバーにしてみた
プリモと合流した日の夜――俺は怪盗になっていた。
夜空の中、【透明化】したグラシャラボラスの上に立ち、風魔法でマントをたなびかせる。
俺の眼下には、混乱しているスネール王。
ゲームでは正義ヅラして革命軍の味方をしていたやつだが、少し調べてみたら普通に小悪党だった。それも、魔帝メナスやノア帝国を理由にして、いろいろとやりたい放題やっていたらしい。
ずいぶんと生意気なやつである。
だから、泣かすことにした。
「か、怪盗だと……!? いったい、なにが目的だ!?」
「くくく……そんなの決まってるだろう?」
睨みつけてくるスネール王に、薄笑いを返してやる。
「怪盗がやって来る理由は、ただ1つ……そこに財宝があるからだ」
「ざ、財宝?」
「聞くところによれば……この城には、ずいぶんと金貨がため込まれているらしいな」
そう、戦争には莫大な金が必要だ。
金がなければなにもできない。金がなければ、金を充分に借りることさえできない。
つまり、『金を奪って、戦争を止めさせる』というのが俺の計画なわけだ。
まあ……今はそれより、こいつを泣かせることのほうが重要だが。
「くくく……」
「金貨が狙いとは……まさか、貴様!」
スネール王が、ぎりっと歯噛みする。
「ノア帝国の城から大金貨を奪ったやつだな!」
「…………え?」
「くそっ! 我が国もノア帝国と同じように破産させる気なのか!」
「……ん……んん?」
一瞬、なんのことかわからなかったが。
ふと、思い出す。
――大金貨!? お、お客様、困ります!
――む……足りなかったか? ならば、倍でどうだ。
そういえば、旅の資金として、万魔城にあった
あとで聞くところによれば、それは大金貨という高額貨幣だったわけで……。
……あれ? 俺、ノア帝国をゲームオーバーにしてた?
思わず、放心してしまった。
その間に、がんがんと城の警鐘が鳴り響き……。
スネール王の周囲に、わらわらと兵士が集まってきた。
「ふんっ……怪盗だかなんだか知らんが、残念だったな。こんなこともあろうかと、この城には高レベルの近衛兵がつめているのだ!」
スネール王は自分が優勢だと判断したのか、一気に得意げになる。
「――近衛兵! あのこそ泥を、殺せ!」
号令とともに、近衛兵たちが一斉に魔法名を唱えた。
さまざまな色の魔法陣が輝き、ひゅんひゅんと魔弾が飛来してくる。
魔法のレベルは2や3のものばかりか。たしかに革命軍よりは強い。俺はともかく、下にいるグラシャラボラスにはけっこうダメージが入るかもしれない。
だが……消してしまえば、どうということはない。
「闇魔法Lv8――【ゼロスペル】」
こちらも魔法名を唱えると、俺に迫っていた全ての魔法が……ふっ、と一瞬で消滅した。
魔法を阻害するフィールドを作る魔法だ。魔法無効化効果は自分にも適用されるが、しばらく魔法を使わなければ問題はない。
とはいえ、【ゼロスペル】の効果を知らないと、さすがに混乱するだろう。
「ま、魔法が消滅しただと!? ならば、もう一度だ!」
「へ、陛下! 魔法が発動しません!」
「ば、バカな……!? やつはなにをしたんだ!?」
「くくく、残念だったな……」
俺はニヒルに笑ってみせる。
「怪盗には、魔法が効かないんだ」
「怪盗すごい!?」
スネール王が、じりっと後ずさる。
「だ、だが、それがどうした! 奇妙なスキルを持っているようだが……たった一人のこそ泥に、なにができる!」
虚勢を張るように、声を荒らげる。
なるほど。弱い犬ほどよく吠える、とはよく言ったものだ。
だが、こいつは一つ、大きな勘違いをしているな。
「なあ……いつ、俺が一人だと言った?」
「…………へ?」
俺がそう告げた瞬間――。
――ごごごごごご……っ!
と、城全体が激しく揺れだした。
なにが起こっているのかは明白だった。音の発生源を探すまでもない。
きらびやかだったスネール城が、どろどろとバターのように溶け始めたのだ。
「わ、わしの城が!? いったい、なにが……!?」
「――陛下!」
血相を変えた兵士が、スネール王のもとに飛び込んできた。
「城に謎のメイドが襲来! 城壁が消滅し、宝物庫が破壊されました!」
「…………は?」
スネール王が、完全にフリーズする。【止眼】で止めたような、見事なフリーズっぷりだ。混沌とした情報の洪水で、頭がパンクしたのかもしれない。
しかし、俺の計画はこんなものでは終わらない。
次の瞬間――ばごんっ! と。
スネール王の部屋が爆発する。
「うわあああっ!?」「今度はなんだ!?」「なにが起こってる!?」
近衛兵が散り散りに吹き飛ばされ、部屋にもうもうと煙が立ち込める。
その煙の中から現れたのは――メイドだった。
しかし、ただのメイドではない。その顔には俺と同じ仮面|(とてもかっこいい)をつけ、その肩にはサンタクロースさんもびっくりな巨大な袋をかついでいる。
「――ふーっふっふ! 怪盗メイド仮面、参上です!」
「また、変なの出てきた!」
スネール王は、もう涙目だった。
一人でも手に余る怪盗が、もう一人。
完全にキャパオーバーといったところか。
メイド仮面――もといプリモは、とてとてとバルコニーまでやって来ると、肩にかついでいた巨大な水色の袋をぶんぶんと掲げた。
「主様ぁ! 宝物庫にあったもの、ちゃんと全部奪ってきましたよー! 大きいのは運べないので食べちゃいましたけど……」
「いや、それでいい。大義であった」
「えへへー」
プリモがうれしそうに、ふにゃりと顔をとろけさせる。
「ほ、宝物庫のものを……全部……? まさか、その袋の中身は……!?」
スネール王がはっとしたように、袋に飛びついた。
「か、返せ! それは、わしの金だ!」
「え……あ、あの、危ないので離れたほうが……」
「知るか!」
プリモがスネール王を振り落とそうとするが、彼は目を血走らせ、死にものぐるいで袋にしがみつく。
「返せ! 返せぇ!」
「ほぅ、返してほしいのか?」
「当たり前だろ! これは全部、わしのものだ!」
「では……返してやろう」
「……へ?」
スネール王がぽかんと動きを止める。
よほど予想外の返答だったのだろう。袋から手を離し、俺のほうへ身を乗り出してくる。
「ほ、本当か!? 返してくれるのか!?」
「ああ。だから、返してやると言っているだろう?」
俺はにやりと笑いかけてやる。
しかし、それは安心させるための慈悲の笑みなどではない。
相手を絶望させるための――悪役笑いだ。
「ただし――元の持ち主のもとへな」
指をぱちんと鳴らす。
あらかじめ、プリモと決めていた合図だ。
プリモはこくりと頷くと、かついでいた袋をぶん回し――。
「てーい!」
ハンマー投げの要領で、袋を空へ向かって投擲した。
袋といっても、宝物庫の中身がほとんど入っているのだから巨岩サイズだ。そんな巨大な袋が、ぴゅーんっと冗談みたいに空へ飛んでいく。プリモの怪力があってこそなせる技だろう。
やがて、街の上空で、袋が破けたらしい。
袋の中身が、ぱんっと爆ぜるように空に飛び散った。
――夜空からきらきらと降り注ぐ、金貨の雨。
金貨は淡い月光を弾きながら、くるくると地上に舞い降り……暗闇に沈んでいた夜の街が、またたく間に金色に輝きだした。
「わ、わしの……金が……」
スネール王が唇を震わせながら、呆然としたように黄金の雨を見つめる。
そんな彼の眼下では、都の市民たちが我先にと金貨に群がりだしていた。城にいた近衛兵や役人たちも、スネール王を放置して金貨のもとへ走りだす。
もはや、回収は不可能だろう。
「……あ……ぁあ……」
ぐにゃぐにゃと溶け落ちていく城の中――。
スネール王はただ一人、その場に立ち尽くしていた。
まるで、過去の栄光から離れられないというように……。
聞くところによれば、このスネール王は、ずいぶんと国民から税をしぼり取っていたらしい。そして、民衆に反抗されないように、金にあかせて立派な城と兵士をそろえ、身を守っていたとのこと。
その城が崩れ落ち、兵士たちにも裏切られた今……彼がどうなるのかは、また別のお話。
それでは、今回はこれにて――。
「――――ゲームオーバーだ」
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