第46話 白い少女


「クロムくーんっ!」


 俺たちを狙っていた魔術士を倒したあと。

 倍速を解除して、何事もなかったようにエルのもとへ戻ると。

 エルは俺を見て、ぱたぱたと駆け寄ってきた。


「見て見て、お花のアイスだって! アイスをお花の形にしてあるんだよ。この赤いのはね、アルマナのお花のジャム漬けだってー」


「へぇ、面白いな」


「はい、これクロムくんの分ね」


「ありがとう」


 俺は微笑みながら、エルからアイスを受け取る。

 そんな俺たちの背後では、ちょっとした騒ぎが起きていた。


「おい、誰か倒れたぞ!?」「うわっ、なんだこの蝿の死骸!?」「こ、こいつ、血のついたナイフを持ってる!」「闇市場の抗争かなんかか……?」「だ、誰か衛兵を――っ!?」


 ばたばたと走り回る人々。


「……んぅ? なにかあったのかな?」


「さあ? でも、王都はアルマナより治安が悪いから、俺たちも気をつけないとな」


「だねー」


 俺は適当にはぐらかしつつ、背後をふり返る。


(さて、こちらに向けられている視線は、もう1つあるが……)


 視線のほうに目を向けると、しゅばっと建物の陰に引っ込む人影が見えた。

 隠密行動をしているつもりなのだろうが、周りの人たちが何事かと彼女に視線を向けている。

 まあ、誰なのかだいたい検討がついた。


(……隠密行動が苦手なんだな)


 とりあえず、あっちは危険性はなさそうだし放置で大丈夫そうか。

 そう思ったところで――。


 ――ぽすんっ、と。


 正面から来た少女とぶつかった。


「…………」


「あっ、すいません」


 慌てて頭を下げる。

 でも……おかしいな。よそ見をしていたとはいえ、ぶつかるような場所には誰もいないと思ってたんだけど。


「大丈夫ですか?」


「…………ん」


「あ、これ」


 少女が落とした本を拾ってわたしながら、改めてぶつかった相手を見て――。


「…………え?」


 思わず、声が漏れた。


 ――白い。


 それが少女に抱いた第一印象だった。

 まっさらな白紙のように白い髪。白い服。白い肌――まだあどけなさの残る顔は、人形のようになんの感情も読み取れない。


 白くて、透明で、はかなくて……。

 本にはさまれた白紙のページのように、すぐに忘れてしまいそうな少女だった。

 そのはずなのに――。


(あれ? この顔、どこかで……?)


 なにかが、記憶に引っかかる。

 目頭がじわりと熱くなる。自分でも理由の知らない感情がわいてくる。


(俺はこの子を……知っている?)


 どうしてか、そんな気がした。

 ここよりも遠い未来で、この少女と出会っていた気がする。

 それも、とても大事な人だった気がする。


 それなのに――思い出せない。

 思い出さなければいけない。

 そんな焦燥感だけがあるのに、記憶は白くもやがかっている。


「…………見える、の?」


 白い少女は、感情のない真っ白な声で尋ねてくる。


「見えるって、なにが……?」


「…………」


 少女は答えない。

 そのまま、何事もなかったかのように歩きだそうとし――。


「ま、待って……!」


 俺は思わず、白い少女へと手を伸ばし――その手をつかんでいた。


「……?」


 白い少女は無表情のまま、不思議そうに首をかしげる。


「クロムくん、どうしたの?」


 エルも戸惑ったように顔をのぞき込んでくる。

 正直、俺自身も戸惑っていた。

 なんで、いきなり手をつかんだのか自分でもわからない。


 でも、どうしてか、そうしないといけない気がして。

 そうしないと、目の前の少女が消えてしまう気がして……。


『――誰、なの?』


 頭の奥底で、白くもやがかった声が響く。


『――わたしを――殺してくれるの?』


 これは目の前の少女が発している声ではない。

 しかし――目の前の少女と同じ声だった。


『――何度忘れても――そのたびに君を思い出すから――何度でも君を見つけてみせるから』

『だから――俺と一緒に――』


 これは、俺の記憶なのか?

 でも、俺はこんな記憶は知らない。


『――これ以上の魔王細胞は――危険です』

『俺は――もっと、強くならないと――もうなにも失わないように――もう誰も泣かないように――』


 俺の知らない俺の記憶の断片が、頭の中に流れ込んでくる。


『過去に行くなら2人で――』

『――ダメですよ。過去には1人しか――』

『だったら、この時間をずっと――』


 千々に散らばったパズルのピースのような記憶。

 わずかな断片だけ見えるが、1つの絵にはならない。

 そして――。




 ――――




「……っ」


 ずきり、と頭に激痛が走った。

 俺は思わず少女から手を離して、頭を押さえた。


「ど、どうしたの、クロムくん?」


 エルが心配そうに声をかけてくる。


「大丈夫? 頭痛いの?」


「い、いや、大丈夫だ。なんでもない」


 そう言いながら、辺りを見回す。


「それより、エル……今、俺とぶつかった白い髪の女の子がいただろ? どこに行ったかわかるか?」


「……白い髪の女の子?」


 エルがきょとんとしたように首をかしげた。



「――そんな子、いなかったよ?」



「…………え?」


 改めて辺りを見るが――見当たらない。

 白い少女の姿は、幻のようにかき消えていた。

 体も小さかったし、すぐに王都の雑踏にまぎれ込んでしまったのだろうか。

 それとも……ただの幻、だったのか?


(……いや、そんなはずはない)


 空気中の魔力の流れはあきらかに乱れている。

 だとすれば、彼女は――。


(いや……ここで気にしても仕方がないか)


 もしも、俺の想像する相手なら、今から追いかけても捕まえられないだろう。

 それよりも、今はエルに心配をかけさせないことが先決だ。


「悪い、もう大丈夫だよ。アイスを慌てて食べたせいで頭が痛くなったみたいだ」


「本当に?」


「ああ。それじゃあ、改めてスカーレット家の屋敷に行こうか」


 そうして、俺たちはふたたび歩きだす。


「…………」


 途中、こっそりふり返ってみるが……。

 やはり白い少女の姿は、どこにも見えなかった。

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