第38話 招待状

「ただいま帰りました」


「ただいま~! もうお腹ぺこぺこ~!」


「おかえりなさい、エル、クロムちゃん。今日も大変だったでしょう?」


 花の加工作業を終えた夜。

 俺とエルが家に帰ると、食卓にはすでにエルの母のレイナさんが作った夕食が並べられていた。


 どの皿もカラフルな食用花エディブル・フラワーで彩られ、サラダやヨーグルトには、採れたての生蜂蜜や花粉団子ビーポーレンがたっぷりかかっている。

 これは春のアルマナの郷土料理みたいなものだ。

 疲れた体には、その甘さが染みわたる。


「ふぅ……書類仕事って、なんでこんなに疲れるんだろうなぁ。剣ならいくら振っても疲れないのに」


 エルの父のシリウスさんも珍しくぐったりしていた。

 この町の領主でもあるシリウスさんは、この時期はとくに忙しくなるようだ。


 そんなこんなで、和やかに夕食をとっていたところで。


「そうそう、クロムちゃん、今日も大活躍だったみたいね?」


「え?」


 ふと、レイナさんが茶化すように言ってきた。


「噂になってるわよ。今年の作業はクロムちゃんがいるから、進みがすごく早いって」


「ああ、それなら僕も聞いてるよ。どの作業にクロムを割り当てるかって、今まさに争奪戦になってるしね」


「クロムくんもすっかり、町のみんなに頼られる立場になったねー」


「そ、そうかな……?」


 頼られる立場、か。

 本来、この時代では考えられなかったことだ。

 魔術が使えなかった当時の俺は、“落ちこぼれのクロム”と呼ばれて、いつも肩身の狭い思いをしていたからな……。

 このたった10日間で、ずいぶん状況が変わったものだと改めて思う。


「でも……そうなると、明日からが大変ねぇ。エルとクロムちゃん、明日には王都に行っちゃうし」


 というレイナさんの言葉で、シリウスさんも灰色の髪をくしゃくしゃかく。


「ああ、そうか。もう明日なのか」


 そう……明日から俺とエルは、しばらく王都に滞在することになっていた。

 事の発端は、5日前にさかのぼる。

 1週間前、俺は魔術士協会にさらわれた幼馴染のラビリスを助けたのだが……ぜひそのお礼にと、ラビリスの実家であるスカーレット家から屋敷への招待状が届いたのだ。


 スカーレット家は、このヒストリア王国の四大名家の1つ。

 よほどのことがなければ、誘いは断れない。

 そもそも王都までは近いし、アルマナも平和だしで、とくに断る理由もない。

 というわけで、エルと2人で招待を受けることにしたわけだが……。


「旅の準備はできてるのかい?」


「はい。といっても、王都なんてすぐそこですが」


「もう、心配しすぎだよ、お父さん」


 そんな会話をにこやかに交わしながら、俺は少しほっとする。


(……うまく王都に行くという流れに持っていけたな)


 実のところ、今回のスカーレット家からの招待は、まったくの偶然ではない。

 1週間前、ラビリス救出のあとのことだ。


『……クロムはこれからも魔術士協会と戦うのよね? 私もクロムと一緒に戦いたい……戦闘じゃまだ足手まといかもしれないけど、それ以外でなら力になれるかもしれないし』


 そう申し出てきたラビリスに対して、俺はこう答えた。


『それじゃあ、今度ラビリスの家に泊まりに行ってもいいかな? あとラビリスのお父さんにもぜひ会わせてほしい』


『……っ!? な、なななんで、そういう話に――』


 それから、2日後。

 ラビリスが速攻で父親にとりなしてくれたらしく、すぐに招待状が届いたというわけだ。


(……ちょうど、王都には行きたかったからな)


 ――ヒストリア王国・王都エンデ。


 前回の人生では、9日前――4月11日に滅んでいた都だが……。

 今回は俺が魔王を倒したことで、その未来を変えた。

 そのおかげで、前回の人生では入れなかった“4月11日以降の王都”に入れるようになったというわけだ。


 前回の人生では入ることができなかった地。

 未来では失われてしまった人物や資料も、まだ残っているはずだ。


 とくに王都エンデは、なにかときな臭い場所でもある。

 魔王化の研究がすぐ近くでおこなわれていただけあり、未来の資料には、十二賢者がひそかに出入りしていたという記録も残っていた。

 それに、今の王都にはがいるはずだ。


 ――魔術士協会・十二賢者。


 世界最強クラスの12人にして、未来を破滅に導いた元凶の12人。

 そのうちの――2人が。


(……すでに種はまいてある)


 未来が破滅した原因は、“天災”ではなく“人災”だった。

 だから、ここから俺がすべきなのは、未来で起こった事件をただ回避することではなく……未来を破滅に導いた重要人物キーパーソンを、先手を打って潰すことだ。

 そのための布石なら、1週間前に魔術士協会とやり合ったとき、すでにまいてある。


「……? クロムくんどうかしたの? また難しい顔してるけど」


「え?」


 ふと気づけば、エルが顔をのぞき込んできていた。

 どうやら、真面目な顔で黙っていたせいで、心配させてしまったらしい。

 俺は取りつくろうように笑ってみせた。


「いや、旅行先でなにしようか考えててさ」


「そう? でも、たしかに旅行なんて久しぶりだもんね。楽しみだねー」


 エルが無邪気に笑う。

 この笑顔を守りたい。守らなければならない。


 地位も、名誉も、富も……なにもいらない。

 ただ、もうこの平和な日常を失いたくない。

 誰も救えなかった未来に、戻りたくない。


 ――


 そのために、俺はこの時代に戻ってきたのだから――。

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