時魔術士の強くてニューゲーム ~過去に戻って世界最強からやり直す~(Web版)

坂木持丸

第1章 始まりの日

第1話 過去に戻ってみた


 ――夢を、見ていた。



 ……『わたし、クロムくんのことが――』……『な、なんだよ、これ――』……『助けに行かないと――』……『だ、ダメだ――エル――』……『シリウスさん――レイナさん――?』……『誰か――返事を、してくれ――』…………。



 見たことのない景色、見たことのない人々、見たこともない未来――。



 ……『――俺に、力をください』……『あなたは弱い――英雄にはなれない』……『もしも、あのときの俺に力があれば――こんな未来には――』……『この先にあるのは――修羅の道』……『――それでも、戦うというの?』…………。



 これはきっと、知らない誰かの記憶だ。

 そのはずなのに、他人事とは思えなくて。



 ……『新たな〝魔王〟の誕生を確認――』……『魔王スカーレット――彼女はもう――』……『もしも過去をやり直せるなら――俺たちは違う関係になれたのかな』……『せめて、俺が君を終わらせよう――ラビリス』…………。



 彼は誰よりも弱いくせに、強くなろうとたくさん努力をして。

 たくさん涙を流して、たくさん血を吐いて、たくさん禁忌を犯して。

 それでも、誰も救えなくて。



 ……『紹介しよう。十二賢者の新たな第1席――時の賢者クロム・クロノゲート』……『おめでとう――あなたは世界最強のへと成り上がった』…………。



 だから、おれは決めたのだ――。



 ……『――ついに、ここまでたどり着いた』……『全てを取り戻すんだ、〝あの日〟から――』……『いつかどこかで、また私と出会ったら、そのときは――』……『――けっして忘れない。この地獄のような100年間を』……『次こそは、きっと救ってみせる――』…………。







『――では――良い旅を、クロム様――――』








「ぅ……あぁああぁあああ――ッ!?」


 俺は思わずベッドから跳ね起きた。

 頭がひどく痛い。寝間着のシャツが汗でべったりと貼りついている。

それでも、俺はそこにいるはずの誰かに手を伸ばそうとして――。

 その手の先に、誰もいないことに気づいた。


「……はぁ……はぁ……っ」


 俺はしばらく荒い呼吸をくり返してから。

 やがて、ぼんやりと呟く。


「…………夢、か」


 なんだか、果てしなく長い悪夢を見ていた気がする。

 そのせいか、まだ記憶が混乱しているらしい。


「ここは……」


 辺りを見回してみると、すでに朝日はのぼっているようだった。

 カーテンの隙間から差し込む白光に、俺の寝ていた部屋が照らし出され――。


「……いや、待て」


 なにか、おかしい。

 その違和感の正体は、あきらかだった。


「……どこだ、ここは?」


 知らない部屋だった。

 ぱっと見の印象では、騎士見習いの少年の部屋といったところか。壁には使い古された訓練用の剣が立てかけられ、書見机には魔術の指南書らしき本が山と積んである。


 どこか懐かしさを感じさせる素朴な部屋だ。

 遠い昔に見たことがある気がするけど、すぐには思い出せない。


(監禁されてるわけじゃなさそうだが……)


 念のため敵襲や魔術罠トラップを警戒しながら、カーテンを開けて窓の外を見ると。


「…………え?」


 窓の外に広がっていたのは、花畑に囲まれた小さな町だった。

 家々の窓辺には色とりどりの春の花が飾られ、ふわふわと蝶や花びらが風に舞っている。

 その中で、町民たちがあくび混じりに朝の挨拶を交わしている。

 まるで、……。


「こ、この町は……」


 やっぱり、まだ夢を見ているのだろうか。

 そう呆然と立ち尽くしてから、ふと気づく。

 窓ガラスに映っている――自分の顔に。


「あれ……俺、こんな顔だったっけ? あれ、なんだこれ……?」


 ガラスに映った自分の頬に、一筋の雫がつたっていた。

 思わず、頬を押さえて戸惑う。


「なんで……俺、泣いてるんだ?」


 涙を抑えられない。

 ぬぐっても、ぬぐっても、あふれ出てくる。

 変な夢のせいで、まだ頭が混乱しているのだろうか。

 今がいつなのか、ここがどこなのか、俺が誰なのか――全ての記憶が曖昧だった。



 ――



 ただ、その言葉だけが、暗示のように脳内に反響し続ける。

 と、そのとき。


「~~♪」


 部屋の外から、ととと……と鼻歌混じりの足音が聞こえてきた。

 俺はびくっと体を反転させ、すかさず臨戦態勢を取る。


 聞こえてくる足音からするに、おそらく相手は素人。

 ここは捕らえて尋問するべきか……。

 そう考えてるうちにも、足音はこの部屋へと近づき、そして――。



「――クロムくん! 16歳の誕生日おめでとう!」



 ばんっ! と。

 金髪の少女が、扉を元気よく開けて入ってきた。


「…………え?」


「え?」


 俺は思わず放心して、少女をじっと見つめる。

 敵という感じはしない。

 どこか陽だまりを思わせる、純粋無垢そうな少女だ。

 年齢は15歳ほどだろうか。身分はそれなりにいいのか、手入れされた髪からは金色の光の粒子が振りまかれ、その服は素朴ながらも質のよさと清潔さを感じさせる。

 しかし、そんなことよりも――。



「……あ、あれ? なにその反応……? って、泣いてるの、クロムくん……?」


 俺の名を呼び、心配そうに顔をのぞき込んでくる少女。


「大丈夫? 怖い夢でも見たの?」


「…………………」


「……? クロムくん?」


 言葉が、出てこない。

 その少女の顔に、俺はしばし呆然としてしまう。



「…………エル、なのか?」



 彼女がいるはずはない。だって、彼女はもう――。

 でも、目の前にいる少女を、改めて見る。

 きっとどれだけの時間が経とうとも、俺がその顔を見間違えることはないだろう。


 ――勇者エルルーナ・ムーンハート


 が、今……。

 生前と変わらない姿で、そこに立っていた。


(ああ、そうか……)


 頭の中で今、かちりと歯車が噛み合った感覚があった。

 ――2つの記憶が重なり合い、はっきりと像を結びだす。

 俺はそこで、ようやく思い出した。



(…………俺は少年時代に、過去戻りタイムリープしてきたんだ)


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